第40話 昔と今
ぶつかりあった俺の掌底とレンの横蹴りの脛。相変わらずの体が浮く威力。前まで重心の取り方が分からずに吹っ飛ばされて受け身をとっていたが、今なら何とか受け止められる。
「次、打相百手」
立ち上がり、同じことを段々速度を上げて100回。その後は技の練習、合わせの練習、最後に解き組手。今回の組手は俺が勝った…というよりレンに攻め込む隙があった。これは後で、合わせの時にでも調整していかないと…
「すごかったじゃん、ナナシ~!やっぱ応援パワーかな~」
「ん?…あぁ、ありがとう」
汗を拭いていると、隣からガラグハの金色の目が覗き込んでくる。
「そうだ、ナナシってハンバーガー好きだったよね?」
「うん」
「ママとよく行くお店あるんだけどさ、連れてってあげるよ。今日勝ったから」
「え、お祝いしてくれるってこと?」
もらえるならとても嬉しい。そう聞き返してすぐだった。左側の温度が少し高くなったような気がした。
「…ナナシが好きなのは唐揚げだ」
声で正体がレンだと分かったが、その低さと力み具合に悪い予感がした。見ると、高く影を作ったレンがこちらを威圧するように見下ろしている。
どちらも好きだけど…なんで怒りながらそんなこと主張するのかが分からない。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ今度、私作ってあげるよ」
鈍感なガラグハが楽しそうに話す。
「子供が揚げ物するのは危ないと思う」
「え〜心配してくれんの?優しいじゃ~ん」
「そう…か?」
…
これ以上、レンの機嫌が悪くなるのは不味い。こっそり抜け出して、隣にあるレイルさんの家に水を飲みにいく。
ずっと開いている広い玄関から中に入る。泥棒が来るんじゃないかと最初心配したが、周りに住んでいる人が全員知り合いで誰かしらがいるから、よそ者が怪しいことをしているとすぐに分かるらしく、盗まれて困るような物もないと、レイルさんは高笑いしていた。
小さな黒い足跡があちこちにある廊下を通ってキッチンへ。逆さのコップを一つ取って水を飲んでいると、家がガタガタと揺れて、小窓に突風が叩きつけられる。向かいのトンネルから列車が飛び出して通り過ぎていった。
遮られていた景色に沈んでいく夕日が、遠くの建物に触れる瞬間が映る。
「…」
どうしてかこの時、とても変な気持ちになった。婆の家のキッチンでも、こんな風に夕日を見ていたのを思い出す。あの時は水を飲むのにも踏み台が必要だった。そう考えると、俺の身長はちゃんと伸びているんだな。
しばらく意味もなく思い出が繰り返される。
…なんでだろう。
「ナッシ~!うぇぇ~」
手が伸びてきて、俺の両脇腹をワシャワシャと掴まれる。くすぐったい。声からリオンだと分かる。
「なっ、なんでくすぐる」
攻撃以外で、人が人を触るのはスキンシップというらしいが、これもそうなんだろうか。応え方に困る。後ろを覗くと、リオンが引きつった笑顔で固まっていた。
「あっ…あは、いやぁナッシーの笑ったとこ見てみたくてさ」
振り返って、減るものでもないから笑顔を見せてやると「こわっ」と予想外の感想と、言葉とは逆の反応が返ってくる。
「くすぐると皆、笑うのか?」
「みんな笑うよ。ここの奴らとは大体これで仲良くなったぞ。ガーグは怒ったけど」
「そうなのか」
「へっ? うぇっひひひはぁはははは~やめてぇ~」
試しにくすぐってみると、体をひねって涙を流しながら笑いだした。これは良い。仲良くなれるらしいし、やっている俺も意外と面白い。
「はぁ…参ったってもう……」
「あぁ、ごめん」
リオンは膝に手をついて息を整える。
「んー…どうしたんだ、こんなとこで夕日なんか見て」
そして俺と向き合うでもなく、隣にきて遠くの夕日を見ながらそう言った。
さっきまで疑問に思っていた自分の状態。リオンは何かしら異変に気づいたのだろうか…少し考えすぎかな。
「ガラグハといると、レンが怒るから離れてる」
「ひひっ、極さんヤキモチやばそうだからな」
俺に向かって少し馬鹿にしたようにニヤリと笑う。
ヤキモチは関心が自分以外に移るのを見て、不機嫌になることだ。移す様子なんて見せていないつもりだったけど、リオンからもそう見えていたってことは、その可能性が高いのかな。解決法が分からなくて一番面倒くさそうだから、違うと良かったんだけどな…
「いや……あぁ、だからかな」
また課題が増えて、重くなったような感覚がした時、疑問の答えかもしれないものに気づいた。
「んぇ?」
「今が上手くいってないから、違う時のことを思い出してた」
「どゆことだ?」
今までも上手くいかないことは沢山あっても、簡単に試せたり、少しずつ良くなったり、後回しにしたりできていた。それが学校に通うようになって、一つでも間違えれば、状況はどんどん悪くなるし、間違えなくても問題は起こってくる。すぐにでも解決法が必要なのに何もいい案がない。
「確かにナッシーは、ハマらない人にはハマらないかもなぁ~俺も学校では結構、気ぃ張ってるから気持ち分かる」
リオンに話してみると、いつもニカっとしている口を横線にして頷いていた。本当かは分からないが、俺に寄り添って考えてくれている。学校にいる他の子と、どうしてここまで違いがあるのだろう。
「どうしてガラグハとリオンは、俺にハマってくれたんだ?」
「ハマっ…そりゃナッシーが面白くて良い奴だからだろ」
「面白い?良い奴?」
あんまりされたことのない評価だ。いや、前にもあったかな…
「俺っちは知ってるけど、学校の人たちはまだ分かんないんだよ」
知り合って俺を判断する期間は、両方そんなに変わりない。気遣いでそう言っているのか、本当だとして差を生んだ原因は…やっぱり酒口さんに嫌われたことが大きいのだろうか。
「どうやったらいいんだろう」
コートに戻る途中、戸の手前で相談してみた。
学校の皆は、俺のことが嫌いなわけではなくて、ただ俺一人を気にすることが出来ないのだという。人は集まると、言葉を出すのが重くなってしまう。だから一対一で話せば、皆、分かってくれるはず。
そう穏やかに答えをもらって、初めてリオンには年上の余裕があるのだと感じられた。
学校の成績上位の中に必ず名前があって、たまに俺のクラスでも尊敬や関心を持つ人が多かったくらいにリオンは凄いのだが、普段の砕けた態度のせいで実感がなかった。
きっと周りの気を多く引いているに違いない。それでも上手く振る舞う方法をちゃんと知っていて、良い状況に自分を置けている。俺は見て試して失敗しての繰り返しのせいで悪い状況なのに。どうやって、嫌われずに多くを知れたのだろうか。レンや酒口さんみたいに、特別な何かがあるのだろうか。
運がいいことにリオンとはここで何度も会うことが出来る。じっくり探らせてもらおう。
「ガーグが言ってたぞ。ナッシーはゾクッとさせられるって」
「ゾク?」
「最初に戦ったときとか、見られてると、吸い込まれそうになるんだと。そういうの知ってるか、魔性っていうんだぜ?」
「それって良いことなのか?」
戸を開けて、コートに入った途端「あー、リオンいたー!」と小さい子たちがわらわらと集まってくる。
「リオン!俺のシュート見てくれるって言ったじゃん」
「違うよね、私が先だったよね?」
「いいから早くやろうよ~」
リオンは宥めながらも笑って、「ちょっと行ってくる。また後でな」と周りの子たちに引っ張られて行ってしまった。まだ話したいことはあったのだけど、しょうがない。俺も練習に戻ろう。
いつも使わせてもらっている隅っこの赤枠にレンを見つける。壁に背中をくっつけて膝を抱えていた。ブツブツ何か言っていて…まだ機嫌が悪い。まだそうかは分からないが、先に『ヤキモチ』の対処法を聞いておけばよかった。
「…」
そうだ、早速試してみるか。
気づかれないように…は危ないな。
「ごめん、リオンと話してて遅くなった。続きやろう」
「…何話してたんだ?」
不満そうな目は伏せられたまま、言葉に怒りが感じられる。
「学校のことで少し相談してた」
「…なら己に聞けばいいじゃねぇかよ」
これは思っているよりも相当かもしれない。静かに横に座り、こっそりレンの腰の辺りに手を回して脇腹を押さえる。
「えっなん…ゔっへはははははっ、ちょっ、だっひゃひゃひゃっひゃ…」
本当にレンも笑いが止まらなくなった。これで何とか機嫌を誤魔化せたりもできないかと、暴れる体をくすぐり続けている。すると、聞き慣れた風を切る音が耳元を通り過ぎた。危険を感じて全身に鳥肌が立つ。
[ギュン!]
急いで頭を下げると、後ろで凄い音が鳴った。見ると暴れ回っていたレンの拳が鉄の柱を変形させている。顔に当たっていたら大変なことになっていた。
楽しそうにボールで遊んでいた子たちも一斉にこちらを見る。真っ赤になったレンが柱を片手で元に戻しながら、必死に俺のせいであることを言ってくる。
謝って説明して「楽しかったか」と聞いたら、息が出来ないくらいにやり返された。あれこれ言っていたが、楽しそうに見えたからリオンの言っていたことは合っていたということか。
学校の人とも仲良くなるために試そうかと、レンに相談してみたら絶対にするなと止められた。確かにやっている人はいなかったな。効果はあったけど、理由が分かるまでは控えるか。
[バックボーン・ダアイリ―] 半畳いだてん @makisima129
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