【アフリカン・クリスマス(2/3)】

◇――――◇――――◇


 <シークエンス全行程ノ満了:覚醒状態ヲ意地>

 <排出準備:人工胎盤摘出:補助循環器ハ正常>

 <減圧開始;羊水暫時排泄:廃熱冷却ニ異常無>


◇――――◇――――◇


 人工胎からたたき起こされたとき、ただならぬ異臭に次女は眉を歪めた。

 ある種屈辱的な扱いにも思えた。化学的とも有機的ともとれる謎の粘液に浸された暗闇から、有無を言わせずズルズルと排出されるサマは、まるで工業製品かなにかのようなぞんざいな扱われ方に思えたからだ。


『おはよう、昨日はお楽しみでしたね?』


 半球いもうとはせせら笑いながらそう問いかけた。接続器や交換機が増えたせいか、最後に見たときより二回りほど大きく見える。


「昨日どころじゃないでしょう、もう何週間も前よ」

 声帯がマトモに使えるかは不安だったが、せながらもちゃんと声が出た。

『残念、ほんの数日分さ――正確には七十二時間と十三分六秒だ』

「――随分と早く終わったのね」

 目が開くのには時間が掛かるが、各種サポートのおかげか足腰はすんなりと通った。

 わずかな立ち眩みすら感じられない。副視界オルタナに内臓機器が減圧調整でせわしく動いている状況をつぶさに教えてくれる。体機能の大半は小脳に増設された媒介野のサブエンジンによって適切なパワーサポート指示を受け、震えながらも力強く立つ生まれたての子鹿のような挙動を実現させた。


『なにせ拉致監禁と人体改造については達人スペシャリストがいるからな、死神博士マッドサイエンティストも真っ青さ』

「地獄からお呼ばれされてる心地よ」

『姉御ぉ~、そこは使使をつけにゃぁ』

「――詳しくないのよ、二〇世紀文化って」


 おしゃべりに興じている間も、体機関は次々と機能を立ち上げてゆく。

 眼窩が蠢き、純正ナノマテリアルでできあがった特注の眼球が紫色の輪光を放つ。宇宙開発用に設計された、多機能かつ高性能、高耐圧、自己修復機能付きでドライアイの心配も無い優れもの。焦点補正が終わる頃には機能ミュートしていたが、どうやら斜視視界カメレオン・アイズが出来るらしい。

 最大斜角は二七〇℃。次女が試運転している最中、魚類まで退化した視界の端に補正アラートが表示される。


 無数のガラクタからより分けられた、今回の仕事道具アンティークたち。

 動力付きのパルスレーザー銃、折りたたみ式バズーカ砲に威力重視の炸裂弾頭。

 小型のハープーンミサイル、可愛いサイズのサブマシンガンと無数のマガジン。

 解錠済みの認証式拳銃スマートガン、自動追尾手裏剣、炸薬付きスペナッズナイフ。

 電撃メリケンサックに鎖鎌、果ては年代物の打ち刀ニンジャソード


 視線を合わせる毎に、視界には事細かな説明書セールスポイントが羅列される。一番最後の打ち刀は美術鑑定書のようですらあった。凝り性の長女らしい、やたらと装飾後の多い文章で読む気が失せた。


 次女は呆れながらもコンソールに問いかける。

「――これ全部、アイツが集めたの?」

 いえーす、と誇らしく三女は帰した。

『閉店セールだよ――大出血大サービスだ、嬉しいかい?』

「全然、むしろ趣味が悪い。 KATANAなんて、今どきどう使うのよ」

『アレアレぇ? その割には目が泳いでるぜぇ? 言ってやればサンタさんも大喜びだろうに』


「――マシーンにプレゼントだなんて、クリスマスもしょぼくれたわね」

 嫌みったらしく次女は呟いた。あー、とこぼして三女は黙った。


 今の彼女は、純正の生体兵器。

 シナプスドリップとニューロブースターで脳の機能は極限まで向上した。心臓も八個増設され、肺容量は四倍、腎機能も強化され、肝臓はナノ技術の粋を結集して作られたフルドーピングマシン。鎧脊メタルスパインの重量は膨れ上がり、積載耐久性はそれ以上の倍率。肋骨と胸骨、腰骨の一部は外部に露出しており、動作干渉しない程度に残る体幹を包み込んでいる。


 何よりあれほど弾んでいたは見る影も無く、腿もヒップも極限まで鍛え上げられたスマートなフォルムに仕上がっている。力を込めると四肢は束ねたハリガネのように細かく隆起し、眼下に広がる平坦な地平線の先には細いつま先が見える。


 事前にいったとおり、と半球は切り出す。

『貴重なだったからなあ、再生成リビルディングに使うより他なかった――誠に遺憾ながら、ご自慢のビボーとヒンセーは諦めてもらったぜ』

「いいわ――その分この力が手に入るなら、安いモノよ」

『オレらにゃあ、高く付いたンだがねェ』


 次女は鼻で笑って見せ、手にした缶詰をひねり潰した。

 小指と親指のみで。

「あら、以外と難しいモノね」

 したたり落ちる流動食を舐めながら次女はほくそ笑んだ。

「引金が壊れやしないか不安だけど――――最っ高だわ」


◇――――◇――――◇


 補助人工筋肉サポートマッスルの開発は人類にとって急務だったが、普及には難航を極めた。

 技術開発には成功しても、市場流通に見合うだけのコストパフォーマンスを獲得できなかった。実体経済活動最終期歴史の終焉期においては、高齢者をターゲットとした基礎代謝向上を目的とする医療器具として開発が見込まれたが、抗体適合手術の必要性が壁となって一般に日の目を浴びることはなかった。

 それらが今、上気した薄桃色の肌の下で、激しくのたうち回る。

 

『姉御は今後食事の必要がない。 今やってる点滴が最後の晩餐になる――味気ないだろうが我慢してくれ』

内臓イラナイモノ全部落としたものね、打倒じゃないかしら」

 朗らかな笑顔で次女はステップを刻んだ。せわしくせわしく明滅する足下のパネルが光るよりも早く、スコアを稼ぎ続けた。汗は殆ど出ないので、熱効率のために全裸で興じた。それは殆ど踊りと言うより、演舞に近い。

 の最中、腕に付けた点滴ベルトが何度も弾けては床に転がった。

 成分表には単糖類、インスリン、保存料等の添加物、ナノマシン。


「でもこれで、体重を気にしなくて済むわ」

 得意気にうそぶく次女へ、コンソールと直結した三女が返した。

『それ一本で血糖濃度は危険域ハザードマックス、フツーの人間に使えば糖尿病の末期状態だ。 インスリンと代替ナノマシンが機能停止した途端にぶっ潰れるから気をつけるんだね』

「――高く付いたわね」

『その分戦闘時はブーストが掛かる』

 コンソールは過去のデモテープを映し出す。

 赤茶けたミミズのような繊維質が、ナノマテリアルを滴り落とした瞬間に一気に縮み上がり、括り付けられたスチール線を平然と引きちぎった。

 次いで、それらが束ねられた人工筋肉。通常密度の鎧脊が、負荷に耐えられずへし折れ、被験者の肉体がはじけ飛ぶ。内臓を突き破ってうごめく『なにか』は、二〇世紀後半に粗製乱造されたB級映画のようでもある。


『改めてみるとグロいよなぁ』

 何を今さら――次女は呟いた。


「これが私たちの正体じゃない、一皮剥けばご同類よ」

 言い聞かせるように吐き捨てた発言に、か細く三女は返す。

『その“一皮”が――大事だったんじゃ無いのかねぇ』


◇――――◇――――◇


 武器や調度、各種備品を詰め込んだ高速貨客船はインド洋を巡航していた。擬装通信を介してアンリアルから傍受した情報が正しければ、あと数時間もせずに軌道エレベーターの地上基地へとたどり着く。

 頂上には王冠状の宇宙施設がある。悪の帝国の本拠地だ。

 揚陸艇のシャワーでその時を待ちながら、次女はダメ押しのレクチャーを受けていた。

 

『人工筋肉にはシナプスドリップとの同位同期機能がある。 媒介野の戦闘モジュールが覚醒した途端、姉御は血も涙もない鋼の戦闘マシーンだ。 ブーストした思考がラグなしでダイレクトに行動に出る――〝考えるよりも早く手が出る〟って状態だな』

 フレンドリーファイアに注意。レクチャーソフトが視界に指示する。

「自分独りしかいないだろうに、誰を撃つって言うのよ」


 水滴を拭き、ウェアを着込むために姿見の前に立つ。

 毛髪は特注の皮下組織を使用し、キレイに下の毛まで藤色になっていた。

「――別にここまでしなくても」

 案の定、そういった設計は長姉の仕事だった。

 三女がせせら笑いながら問いかける。

がよろしかったかい?』

「戻ってくる必然性もないのに、容姿を気に懸ける意味が無いって言ってるのよ」

 

 しばしの無言の末、次女の副視界に三女の姿が映った。姿見に重ねられた生前の三女が、至極真面目な表情で真っ直ぐ次女を見つめ返す。小麦色の肌、艶やかなブロンド、アーモンド状の大きな目。その厚く煽情的な唇が、なにかに耐えてるかのように振るえていた。


『――姉御よ』

「何?」

自棄ヤケっぱちはよくないぜ』


 沈黙を携えて、紫色の瞳が姿見から視線を逸らした。

『オレは蘇った――そりゃあたしかに、文字通り手も出ず足も出ず、ユーレイみたいに不確かで地獄のような歯がゆさだがね――それでも今、アンタとこうやって居られる間は幸せを感じている――棺桶ン中居たときだって、アンタと姉様が全身全霊愛してくれたから――』

 聞こえていないフリをして、次女はウェアを広げた。作戦に使用するシールドウェアは耐放射線に長けた作りで、反面衝撃は身体そのものでカバーする。密着率が高く、相変わらず着心地は悪そうだ。

『バックアップデータ、消したろ』


 次女は無言でへその下に手を当てる。

 そこは今、空洞になっている。

 思い出を感じる機能は、もう失われていた。


『――何してくれてんだよ』

「容量を増やしたいの、少しでも戦闘に役立てられるようにね」

『生体データの保存機能が失われたら、何かあったときに困るんだよ。 リスタートの手間を考えてくれ』

「リスタートなんてしないわ。 これで撃ちきり、デットエンドなの」

 次女は真っ直ぐ姿見を見返し、言い切った。


「この何もない世界で何百年と待った最大のチャンスよ? これで私たち、存在意義レゾンデートルが果たせるかもしれないのよ? 『たら』とか『れば』とか『もしも』とか、そういったにかまけてる隙は無いの。 だったら後腐れ無く、本来の目的を遂行させてもらうわ」


『死ぬ気か?』


 一瞬だけ姿見から目をそらすと、次女は顔色を変えずに浪々と言い張った。


「自らの意志で戦場に赴き、鉄火と憎悪に身を委ねることで、やっと私は

 この血肉と骨腑を打ち砕き、私は『私』という悪夢から解放される。

 それが、C.C.Cに運命を仕組まれた私たちにとって、残された唯一の希望なのよ」


 しばしの間、模倣物イミュテートたちはにらみ合った。

 戦うために作られた兵器にとって、自己の維持は戦闘終了まで保てばいい。よって、生物としての自己保存機能は極力切り捨てられる。故に次女は、戦闘モジュールとしての合理化の観点から様々なモノを排除した。消化器の大半、伴う排泄器、そして生殖機能すらもオミットされた。

 ヒトの形に留める必然性は何処にもない。よって定義としての『ヒト』を模倣し、それに似せて生きる必要も無く、それによって心を傷つける必要からも自由になる。

 それが、人道をなぞりながら外道を侵し続ける、二律背反アンビバレント至上命題アルゴリズムに対する次女なりの回答であった。


 脳裏に映る虚像オルタナの三女は、苛立つようで蔑むようで、しかしどこか諦めて納得しかけているような、至極複雑な表情を見せた。

「――大丈夫よ、失敗したら失敗したで、またC.C.Cがしてくれるわ」

『――姉様が悲しむな』

 いいのよ、と次女は目を閉じた。

「私が居ると、また姉さんを泣かせてしまうわ」


 三女があきれ果てたように天を仰ぐと、無言で少し前に屈み、虚像の中で唇を重ねた。

 感触は何も無かったが、それを契機に副視界の主導権は再び次女の意志に戻された。

『姉様からの伝言だ』

「いいわ、聞いてあげる」


『<帰還、復帰ヲ強ク望ム>』

 敢えて何も返さなかった。


『最後に一つ、オレからだ』

「ああもう、何?」

『メリークリスマス』


 

 ほんの一瞬だけ、シナプスドリップの反応波形が大きく揺らいだ。

 三人の旅路、見てきた景色、節操も際限もないおしゃべり。

 捨てたはずの思い出が、瞬く間に脳裏の隙間を駆け巡る。

 


 次女はそれらを押し殺し、己が姿ペルソナを見つめ返し、直接声で応えた。

「さようなら、夢を見に私行くわ」


◇――――◇――――◇

 止めないで、胸の火が誘うのよ。

◇――――◇――――◇

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