【アフリカン・クリスマス(1/3)】
◇――――◇――――◇
「――――それで、このバカみたいな形状のインターコネクタを付けろって言うの?」
藤色の短髪、
次女を構成する特徴の新たな要素として与えられたのは、カジノやハプニングバーでバニーガールが付けてそうなウサミミ状の拡張機材。
『
そう告げたのは、拡張端子に包まれたハリネズミの如き半球。
安いキャミソールと
「バカもほどほどにしないと、その壺ン中の
おおこわ、と吐いた
「
『石橋は打ち砕いて進むのが“オレら”のモットーだからな』
アイツ個人のでしょう、と言いかけて、あえて呑んだ。
「ならなんで今さらアンテナ増やして逆探リスクを上げるのよ、逆効果じゃない」
『
半球の各所が瞬き、正面に構えたメインコンソールが明転。
『相手はそんじょそこらの
画面いっぱいに映し出される戦闘記録の数々、その中央を
少年と呼ぶには愛らしい顔つき、そして少女と呼ぶにはやや屈強な体つき。
「危機的認識は同意ね、でも童顔すぎるわ」
狭く暗い室内で、機械音と女の声が応酬を繰り返す。時に冗談を交えて、両者とも明るく振る舞うが、言葉の裏には焦りがあった。
辺りを埋め尽くす電子機材、無数の半球、もつれ合った物理端子。壁を挟んだ向こう側からは謎の熱気と湿気が押し寄せ、部屋の隅に置かれたガラクタ同然の扇風機が原始的単純円軌道でファンを回す。
奥の部屋へと続く扉は、かなり前から閉じたまま。
何日と、何ヶ月と続いているような気がしていた。
◇――――◇――――◇
多かれ少なかれ、三人はそれぞれに痛手を食らった。
長女と三女は致命傷を食らい、当の次女自身も一歩間違えれば無事では済まなかったのだ。息も絶え絶え一命は取り留めた三者は、紆余曲折の末およそ一ヶ月後に再開、喜び抱き合う暇も無く追撃者達を
足並み揃わない中での逃走は簡単な事では無かった。
損耗は激しく、攻勢に出るには補給が必要だった。そんな最中に三人は、アフリカ大陸東岸に位置するこの
一ヶ月程が経過した頃だろうか。足として使い潰した高速艇を資材プラントの自動工場にぶち込み、逃走経路で拾い漁った各種
◇――――◇――――◇
『酷な話だぜ、全くよ』
基地の設備では容量が足りず、合成電子音はウェットに富んだ微妙な機微を再現しきれていない。光煌めく半球に収められた三女の意識はそれを補わんとして饒舌に拍車を掛ける。
『飛車角残った陣中に忍び込んで、
画面に映る衛星写真。真空を伝う天国への梯子、軌道エレベーター。
その頂上に幾重もの円環を築く、中央電脳処理施設、通称:クラウン。
無数の量子演算器が集うS.S.Sのメインサーバであり、あの人造人間達の生まれ故郷。
「アクセスポイントが判明したから電子戦は請け負うって、誰が苦労した結果だと思ってんのよ――お膳立てするならもうちょっと言い方考えて欲しいわよね」
『横っ腹ブッ刺してもまだ歩けるようなバケモン相手に、今度は丸腰同然で本丸カチコミに行けってよ――鉄砲玉にも使い所ってモンがあるだろうに』
まったくよね、と次女は溜息交じりに呟いた。
「オマケに補給は無し、必要物資は現地調達――いくら情報面で優位に立てたとして」
不意に、言葉が詰まった。何とか言い換えられない物かと思案を巡らせる次女を尻目に、電子音声が先を読む。
『――
次女は、この電子音声を聴く度に胸が苦しく思えた。
三女は、またも身を挺して退路を作った。
アクリルグラスに注がれたメチルアルコールを飲み干して、次女はコンソールに突っ伏した。液体が胸元を伝って床に滴ると、肌が焼けるように熱く感じた。
『――――泣くなって姉御、嬉しいけどさ』
「泣いてなんかないわ」
『バレてんだよ、カメラの死角取ってるつもりだろうけど』
「――黙って」
前だって五体満足とはいかなかった。それでも、血の通い熱を持つ肉体を保っていた。機棺の外に出ては汗を流し、キスをすれば笑みを浮かべ、食事を取れば用も足して、時折二人で姉に隠れて紫煙をくゆらせたりもした。だが、その魅力的な褐色肌も、色鮮やかな人工のブロンドも、意地悪い笑みも、全て炎の中で焼け落ちて今はこの半球だけとなった。今の彼女は、
『前と変わんねえさ、姉御達が大暴れできるように
「その役割を押しつけたのは――私たちなのよ」
『それを背負う必要は無い――少なくともオレはそう思ってる』
三女は健気だ。こんな姿になり果てても。
その分、こんな姿にしたのが自分たちだと考えると、怒りや憤りでこの身が焼ける思いだった。同時に、こんな姿を残してまで、酷使する
だから――――次は自分の番だ。
次女は、殆どそのように確信していた。
次女がその
『よしなって、まだ早い――どの道オレら、今は何も出来やしない』
「待たされるのは性に合わないの、どの道あのバカを説得しない限り、何も始まらないわ」
室内カメラの全てが死角になる場所で、次女は悔いるように呟く。
「鍵、開けられるでしょう?」
『―――だがよ』
「嫌なのよ――身内が、ジリジリと少しずつ死んでいく様を拝むなんて」
半球は、それ以上何も言い返せなかった。言い返すのを諦めて、自ら会話補助
「――開けて頂戴、話があるわ」
その時僅かに、重い扉が動いた。
◇――――◇――――◇
「――あ」
開いた口からか細い言葉が出るよりも早く、次女は扉の端に指をねじ込み、思い切り力を込めてこじ開けようとした。全身の血管に血が巡り、薄絹のような肌の下で筋肉がみるみる盛り上がる。力こぶで隆起した腕が震え、巨木の幹のような太い腿が偶然踏みつけてしまった何らかのコードを引きちぎる。両人の呻き声が数分続いた末に、どちらかが根負けした事が契機となって綱引きのバランスが崩れた。溜め込んだ力の反動で両者は弾き飛ばされ、ばんっ、と大気を叩くような音と供に、元来人力のみでは開くことの無かった扉が開いた。同時に、きゃあと言う情けない声を上げてその場に倒れこむ。
奥の部屋から僅かに埃が舞い込んでくる。向こう側は暗すぎてよく見えない。次女がARグラスを片手に乗り込もうとした矢先、両手を広げて目の前に仁王立ち、通せんぼする長女に阻まれた。電子戦特化使用のウェアは頭の上からつま先までナノマテリアルで濡れており、無数のモニター光に照らされた薄緑色の瞳は虚空を見つめてうっすら揺れている。
「――何のつもり?」
今すぐ
「――」
唇を最小限振わせて、長女が小さく返したが、次女は聞こえないフリをしてその場を振り切ろうとした。慌てて長女は進路に割り込み、振りほどこうとする次女と再びもつれ合っているうちにその場に倒れた。
「ちょ――最っ低、このバカ」
立ち上がろうとする次女と、覆い被さってそれを阻む長女。伝導ナノマテリアルはリクウシの神経組織を転用して生成される粘性の液体で、次女がつかみ合いに持ち込もうとしても滑って上手くいかない。何度か
「ああ、最低」
重い溜息と供に吐き捨てたその言葉を契機にして、次女は矛を収めて両手両足を放り出す。総合的に見れば姉妹の力量差は五分五分。抵抗しても拮抗するだけ。ばかばかしいと思った瞬間から、不思議と四肢から力が抜けた。
それを知ってか知らずか、長女のしなやかな手足が次女の身体に絡みつく。無抵抗の次女の脇を締め、股の合間に滑り込み、全身に塗りたくった粘液をなすりつけるように身を寄せた。
ああ、いけない
また、こうやってなし崩しに終わるのか。次女がそんな杞憂を抱いたとき、改めて長女は先の言葉を繰り返した。
「――まだ、早いよ」
寄せた頬に、肌に、ナノマテリアル以外の液体が流れ落ちるのを察したとき、仕方なしに長女の髪をやさしく撫でた。うっすらと、ネイビーブルーの有色反応を示していた。髪色が感情に反応する旧世紀の技術文化がここで僅かに役割を果たしていた。
「アンタ、いつもそうよね――」
延長した配線や断熱材で埋め尽くされた天上を見つめながら、次女は言葉を返す。
「まだそのジキじゃ無い、ドウグが足りない、ココロの準備が出来ない――そうやって、いい加減な理由付けては決断を反故にして逃げ回る。 やっていることと言えば、安い
「そんなんじゃ――」
「情勢は一番把握してるんでしょうに、自覚無いのね」
次女は、なるべく重たい言葉を選んだ。
世界地図は、この二週間で一色に染め上げられた。S.S.Sは三姉妹の襲撃を受けてその上辺だけ執り作った慈悲深い姿勢を正し、
それが何を示すのかを、彼女たちは知っていた。システムとしての他者の喪失、機械的で虚無に等しい奉公の精神、画一化されゆく多様性。行く末にあるのは緩やかな死だ。こんな独りよがりの欺瞞に充ちた世界に、ヒトの生きられる環境など生まれるはずがない。
しかし、反撃の狼煙を上げる担い手が、もはや二人しか残されていないのだ。
二人は見つめ合い、そして妹の方から口を開いた。
「――そろそろ年貢の納め時なのよ、私たち」
面をあげ、悲しみを眼の色に浮かべる長女。次女はそれをきっとした強い視線で返す。
慈しみは与えても、矛は収めない。そんなことを許しては、今までの行いが無に帰する。
流した血潮も、得難い経験も、三人で過ごした時間も、その果てに見る
妹の死も。
放心したように力の抜けた長女を起こし、自らも身を上げる。腰の上に乗った長姉の尻はまた一段と肉薄で、ここ数日の間ひとしきり潜り続けたことが分かった。
――分かっているはずなのに、白々しい。
幾度となく胸の内に抱いた感情に煽られて、次女が口を開く。言を続けねば、先へ進めねばと急いている。
「今回はC.C.Cが動いてくれるわ。 旧赤道同盟領まで行って物理的に接触できれば、後のお膳立ては向こうが勝手にしてくれる。 有史以来誰も使ったことが無い軌道エレベーターの初乗りチケットよ――アンタは私の言うこと聞いて、先方に欲しいものリスト叩きつけるだけでいいの」
きっと――心苦しいでしょうけど。
次女はその言葉を呑んだ。何故か分からないが、その先を言い出せなかった。
その間隙を突いて、今度は長女がたたみ掛ける。
「なら、バックアップ取らせて」
打って変わって次女が詰まった。
「ちょっと――」
「これが最後かもしれないのに、何のセーブデータもないなんて、あんまりだよ――戦って、死んで、何も残せないなんて――だったらせめてここに、思い出だけでも置いてってよ――」
そう言って長女は次女の手を取り、己のへその下へあてがった。
焼けるように熱く感じた。
「――でないと、でないとアタシ、またひとりぼっちに戻っちゃう」
だから、ねえ。くり返しせがむ長姉は、どこか矮小に見えた。
仕切り直すように得意気な笑みを作りつつ、次女は
「慣れっこでしょう?」
その指摘を受けたとき、長女はほろほろと泣き崩れ、次女の腕と胸に倒れかかった。
今度は振りほどける。だが敢えて、受け止めた。
「取り残されるのが、怖いのね――」
腕の中に収まった長姉の震えに、いま一度頬を寄せる。
この重さも震えも、きっと最後になるのだから。
◇――――◇――――◇
気がつくとモニターの光は消えていた。
相変わらず、気立てのいい妹だと次女は感心した。
◇――――◇――――◇
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