第26話 日和の八つ当たり
「今日はありがとうございました」
「いえいえー! とんでもない! またね、由奈ちゃん」
「はい、また」
コーヒーチェーン店を出て、日和は由奈と別れた。
由奈は、この後も一人でどこかふらふらとするらしい。
日和は由奈を見送ってから、改札口を抜けてホームへと向かう。
丁度ホームへの階段を登ると、大船方面の電車がホームに流れ込んできた。
タイミングよく電車に乗り込むと、車内は帰宅ラッシュの人で混雑していたが、私は何とかドアと座席の間のスペースを確保することが出来た。
ドアが閉まり、列車が走り出す。
電車の窓から横浜の夜の街並みを眺めつつ、ふっと息を吐く。
「ドライブ彼女か……」
車窓を眺めながらコーヒーショップでの由奈との会話を思い出す。
あれから、由奈と琢磨先輩がどういう経緯で出会ったのかなど色々と聞き出した。
由奈は偶然にも、琢磨と海ほたるPAで出会い、そこから金曜日のドライブを一緒に始めたという。
日和は、琢磨が金曜日の仕事終わりに、そもそも一人ドライブしていることすら知らなかった。
先輩は、本当に罪深い男である。
『私の教育が終わっていないから、一人前にするまでプロジェクトを離れるつもりはない』と豪語しながらも、ふたを開ければ、網香先輩と一緒の傍にいたいというための口実でしかなく、さらには、由奈の存在すら教えてくれなかった。
先輩の車で家まで送ってもらった雨の日。日和は由奈ちゃんが先輩の車から降りて出てくる一部始終を見ていた。
しかし、先輩は由奈ちゃんの存在を教えたくなかったのだろう。
由奈ちゃんが乗っていたことを黙っていた。
先輩にとって、日和はただの会社の後輩。
それ以外なんとも思われていないことが腹立たしくなってきた。
「ホント、先輩は罪深き男」
入社直後から、先輩は日和に一切の妥協を許さなかった。
仕事を少しでもサボろうものなら本気で叱ってくれたし、分からない事があれば快く教えてくれる。
仕事熱心で、曲がったことが嫌いな人なのだと、入社当時はそう思っていた。
次第に、日和は尊敬とはまた別の感情を抱き始める。
尊敬や憧れからいつの日にか目標へと変わり、先輩のように面倒見がよくて、自分の信念のようなものを持っている先輩のような人と付き合いたいと思い始めた。
しかし、実際の先輩は、仕事で成功することが目標ではなく、ただ憧れの先輩と一緒にいたいだけのどこにでもいる平凡な社員であることに、最近になって気づいたのだ。
それがわかっても、日和は不思議にも先輩を幻滅することはなく、むしろ悔しさがこみ上げてきた。先輩が日和の好意に全く気付いてくれないことに。
恐らく、先輩は日和のことを職場の後輩くらいにしか思ってくれていないのだろう。
それに加えて、先輩の界隈に由奈ちゃんというドライブ彼女が現れ、私は完全に理解してしまったのだ。自分が先輩に異性として全く意識されていないということに。
由奈ちゃんのことを教えてくれなかったのも、後輩としての信頼すら持たれていないのではないかと。ほんと、先輩と傍に入れて浮かれていた自分を殴りたい。
先輩にとって日和は、網香部長や由奈ちゃんよりも優先順位が低い存在。
琢磨の中に日和が付け入る隙は全く無いのだから。
「ホント、やってられない」
だから、日和は由奈を見つけた時、邪悪な心が働き、いかにも自分の方が先輩との関わり合いが多いことを態度で示してしまった。
僻みと言われればそれまでだ。
自分が惨めに思えて情けない。
「何やってるんだろう、私」
先輩の知らない所で、先輩の大切な人に八つ当たりして、日和は最低な女だ。
先輩の一番近くにいても、それが恋に発展するかどうかは別問題であることを改めて実感させられ、頭の中がぐちゃぐちゃになる日和であった。
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