第19話 ドライブデートの取り付け
上映が終わり、二人は劇場を後にして、歩きながら映画の内容に花を咲かせていた。
「いやぁー、久しぶりにいい映画だったわ」
「そうですね、主人公が父親に逃げられて多額の借金を抱え込んだ時には、どうなることかと思いましたけど」
「まさかのどんでん返しだったわね! いやぁ、終盤のクライマックスのシーンかっこよかったなぁー! 『ここで潰れてたまるものか。周りから何言われようと、絶対に成し遂げて見せる』って!」
網香先輩も興奮気味に映画の内容について感想を漏らしている。
そして、映画の話をしながらやってきたのは、劇場近くにあるイタリアンレストラン。
少し表通りから外れた隠れ家のようなお店で、オレンジ色の電飾で彩られた店内は、こじんまりとした印象ながらも、どこか落ち着いた印象を覚える。
二人は店内のテーブル席に案内され、向かい合って腰かけた。
網香先輩は手慣れた様子で、赤ワインとパスタを注文する。
店員さんが去っていったところで、琢磨は少し落ち着かない様子できょろきょろと店内を見渡した。
「こんなお店、良く知っていますね。俺初めて来ましたよ」
「ふふっ、どう? これくらい、私だってグルメには結構詳しいんだから!」
ドヤ顔で胸を張る網香先輩。
「いや、別に張り合う気はないですけど。むしろ、俺はこういう隠れ家的なお店に疎い方なので……」
「あら、そうなの? なんか意外かも。てっきり、夜ドライブを一人で満喫している琢磨君のことだから、もっと隠れ家的なお店とかは知っていると思っていたわ」
「ドライブは景色を見に行くだけなので、詳しいのはチェーンのコーヒーショップがどこにあるか把握しているだけですよ。スタバとか」
「あぁ、なるほどね。夜の運転でカフェイン摂取は基本だものね」
網香先輩はくすくすとおかしそうに笑う。
「でも、それだけスタバに詳しいなら、どこのスタバが一番洒落てるとか、落ち着いた雰囲気でコーヒーを嗜めるかとかは知っているんでしょ?」
「まあ、そうですね。個人的には葉山店が一番ですかね」
「そう……なら今度是非連れて行ってほしいものだわ」
「いいですよ。行きますか?」
琢磨は、ここで一歩踏み出してみることにした。
今まで誘えなかった網香先輩を、ドライブデートに誘ったのだ。
「へっ? いいの?」
どこか遠慮がちな視線を向けてくる網香先輩。
その身体を縮こまらせた上目遣いが、とても見目麗しく琢磨をゾクゾクとさせるには十分の破壊力だった。
「も、もちろん。前に何回も『いつ連れて行ってくれるのかしら?』って言われてましたからね」
「それじゃまるで、私が催促したみたいじゃない」
「いや、前に結構催促してましたよ。『ドライブに行きたいって』」
「そうだったっけ? うーん……」
網香先輩は右頬に手を置き、首を傾げて眉間を寄せて唸るように思い出しているようだ。
どうやら、言った覚えがないらしい。
流石自由人というか、天然というか。
うわべだけの誘い文句が得意な網香さんらしいなと思った。
「ははっ……そこまで覚えられてないとちょっとショックです」
「へ!? ちょっと待って、今思い出すから!」
「いいですよ、無理に思い出さなくても。網香さんらしいっちゃ網香さんらしいんで」
「なんか、あまりいい意味に聞こえないのだけれど、それ」
「そんなことないです。いい意味で褒めていますよ」
後輩社員を気配るため、プライベートの雑談にも耳を傾ける網香先輩。
けれど、後々蒸し返すと実際はあまり覚えていない。
好意を持ってもらいたいと願っている琢磨にとっては、ショック以外のなにものでもないけれど、琢磨はそれも、網香先輩の魅力の一つなのだと思ってしまうほどに毒されていた。
訝しむ視線を送ってくる網香先輩に、琢磨はにこやかな笑みで取り繕う。
「それで、いつにしますか? ドライブ」
「そうね、いつがいいかしら」
「網香先輩の好きな時でいいですよ」
「そう? それじゃあ……」
網香先輩はバッグの中からスケジュール帳を取り出して、予定を確認する。
「今週の金曜日なんてどうかしら?」
「き、金曜日ですか……」
琢磨は思わずバツの悪い表情を浮かべてしまう。
なぜなら、金曜日は由奈とのドライブの約束を取り付けているからだ。
「もしかして、都合悪かったかしら? もし悪いなら、別日に……」
「いえっ、大丈夫です! 行きましょう、金曜日に!」
「そう? なら今度の金曜日、杉本君とのドライブデートを楽しませてもらうわ」
由奈には申し訳ないが、こんな一世一代のチャンスを逃すわけにもいかない。
こうして琢磨は、網香先輩とドライブデートの約束を取り付けることに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。