閃光の先に

 一瞬にして10分の1の兵を失った。

 まわりに何もないこんな開けた場所で竜と戦うのはあまりにも不利で、攻撃を防ぐのがやっとだった。しかしグリプトの兵士たちにも意地があった。

ひるむな! われわれには竜の加護が付いているぞ!」

 フローレスは先頭に立って兵士たちを鼓舞し続けている。

 ルイ、ダレス、レイモン、そしてアイリたちの活躍は目を見張るばかりで、それに弓や槍などを持つ兵士たちの踏ん張りも相まって、防戦一方だったものがじりじりと竜の攻撃を押し返していた。

 竜を注意深く観察していると、いろいろなものがいることがわかってくる。ただ闇雲に向かってくるだけのもの、攻撃を仕掛けてすぐに逃げるもの、飛んでいるだけで何もしてこないもの。攻撃の方法にしてもそうだ。近くに来ないと攻撃を仕掛けてこないものも多く、遠くから炎を吐いてくるものは限られているようだった。兵士たちにも竜への対処の仕方が分かりつつあった。

『こちらの兵の被害は予想よりも少ない。炎さえ何とかすれば金色の竜あいつまでの道は間違いなく開けるだろう。厄介なのはそれだけだ。あとはただ竜の数が多いということを除けば…』

 竜の攻撃を避け反撃しながらも、フローレスの頭の中は常に冷静だった。

『それにしても、金色の竜あいつだけをうまくおびき寄せる方法はないものか…』

 フローレスがそう考えを巡らせているとき、起伏のある丘の上でいくつもの閃光が走った。轟音とともに空を飛んでいた竜たちの群れは乱れ、何匹かは地上へと落ちていき、攻撃を仕掛けてきていたものは踵を返して逃げ出した。

「どうしたんだ?」

「ここからじゃ何も見えません。少なくともわれわれの攻撃ではありません」

 近くの兵士が答えた。

「まあ、ちょうどいい。今のうちに態勢を整えるぞ。ケガをしているものは内側へ回れ! その他のものは次の攻撃に備えろ!」

 急に訪れた空白の時間。一瞬でも時間を無駄にしてはいけないと、兵士たちはそれぞれの役割を果たすべく、てきぱきと動き始めた。

 気が付くとあたりは煙や土ぼこりといったもので充満し、空はいつの間にやらどんよりとした雲に覆われていた。

 そんな時、バイオレットが突然いなないたかと思うと、アイリを乗せたまま走り出した。

「どうしたの、バイオレット! だめよ、止まりなさい! そっちへ行っちゃだめ! 言うこと聞いて!」

「アイリ、どこへ行くんだ! ここから抜け出してはだめだ!」

「わからないわ! この子に聞いて!」

「アイリ! 戻ってこい!」

 フローレスの呼びかけもむなしく、アイリとバイオレットは丘の向こうへと駆けていった。

「ルイ、ここは任せた!」

「追うのか」

「ああそうだ、まだ間に合うだろう。連れ戻してくる!」

 フローレスはそう言うとアイリの後を追い、ふたりの姿はすぐに小さくなっていった。


 *


「みんな準備はいいか!」

「はい!!!」

 兵士たちの正面には竜の群れが迫りつつあった。先ほどと変わらず整然と群れをなして飛んでくる。しかし戦いに慣れてきた彼らには少し余裕ができていた。

「いつでも来やがれ!」

 その時、また閃光が走った。今度は少し離れたところからだ。轟音とともにまた竜がばらばらと落ちていくのが見えた。竜の群れは二手に分かれ、ひとつはそのままこちらへ、ひとつは音のした方へ向かっていった。

「しめた!」

 ルイは好機到来とばかりに笑みを浮かべた。しかも正面の群れの中に金色に光るものが見えた。

「敵が見えたぞ! この好機を逃してはならぬ! ギリギリまで引き付けて一気に攻めるのが吉と見た!」


 *


 バイオレットは閃光の走った起伏のある丘を目指して全速力で走っていった。

「バイオレット、どこに行くの! そっちに何があるっていうの!」

 アイリはもう抵抗するのはあきらめて、バイオレットのなすがままに任せていた。

 やがてたどり着いた丘のくぼみには火薬のにおいが充満し、大きな筒がいくつか転がっていた。そして馬が一頭、所在なげに草をはんでいた。

「何なの、この大砲みたいのは…」

 アイリがバイオレットから降りて歩いていると、その陰でうごめく人影が見えた。

「ザハドさん!」

「アイリ、どうしてこんなところに…」

「これはいったい何なの?」

「バレちゃ仕方ないな…うっ…」

 傷が痛むのだろう、彼は苦悶の表情を浮かべながら言った。

「これは、オレたちの武器だ。これでグリプトを攻撃するはずだったんだが、いまさらこんなものがあったって、もうどうしようもない。せめて仲間のかたきをこれで…。あ、あぶない! 伏せろ!」

 真っ黒な竜が空から一直線に舞い降りてきた。それは足の爪を立てて地面すれすれまで降りてきたかと思うと、再び舞い上がった。アイリはその竜の動きを目で追っていると、遠くから竜の群れがこっちに向かってくるのに気付いた。

「ザハドさん、ここは危険だわ。早く逃げましょ!」

「もうオレに構うな。アイリだけ逃げろ!」

 その時、ザハドの死角になった斜め上空から、先ほどの真っ黒な竜が再び舞い降り、今にも炎を吐き出しそうな勢いで襲いかかってきた。

「あぶない!」

「くそっ!」

 ザハドが手にした火を近くの筒の方へ投げたかと思うと、まぶしい閃光と轟音とともにあたりは土煙に覆われた。

「……何が起きたの? バイオレット?」

 視界が開けてくるにつれて、真っ黒な竜の死体が転がっているのが見えてきた。開いた口の中はおぞましいほどに赤く、垂れた唾液が鋭い牙を鈍く光らせていた。また見開いた目からは透明な液体が流れ落ち、アイリにはそれが泣いているようにも見えた。

 そして地面にはまた、ぐったりとうつ伏せに横たわるザハドの姿があった。アイリは慌てて駆け寄り体を起こし上を向かせた。しかしその顔はもはや半分原型をとどめておらず、あまりの変わりようにアイリはとっさに目を背け底知れぬ恐怖を覚えた。全身の皮膚は黒く焼けただれ、さらに土で汚れ、いくつもの傷口はピンク色の口を開き、その奥には赤黒い血が覗いていた。右腕は肘から先がなくなり、その溶けたような切り口からは血液とも泥水ともつかないものがねっとりと滴り落ちていた。

「あぁ……ひどい傷………」

 アイリがそう言った時、ザハドはうっすらと唯一残った片目を開けた。

「マリ…アンナ、か…?」

「ザハドさんしっかりして、アイリよ!」

「マリアンナ、久しぶりだな…。元気だったか? どうしたんだそんな格好をして。今日はどこかに行くのか?」

 ザハドは焦点の合わないうつろな目をして、しかし少し笑みを浮かべながら、かすれた声でひとりごとを口にしだした。

「そうか、それはよかった。それじゃ今度兄さんも呼んで一緒にお祝いでもしてやらないとな…。楽しいパーティーにしような…。お前の好きな木いちごもたくさん取って、こよう…な……うっ…………ぐふっ………………」

 ザハドは血の塊を吐いたかと思うと、あえぐようだった呼吸は徐々にか細くなり、全身を繋ぐ糸がぷちりぷちりと音を立てて切れていくかのように脱力していった。

 このまま息絶えるのだと思われたその時、突如、彼は痙攣けいれんを起こしたように左手を突き上げると、その手に握りしめていたペンダントが音を立てて地面に落ちた。その拍子に中に入っていたマリアンナの似顔絵がはらりと風に乗り、そして空へ向かって舞い上がっていった。

「ザハドさん……」

 アイリはザハドをゆっくりと地面に寝かせると、顔をやさしくなでるように、うっすらと開いていたまぶたを閉じた。

「どうぞ安らかに…。妹さんもそれを願ってるわ」

 その表情を読み取ることはできず、死ぬ間際まで運命に翻弄されて無念でしかたなかったのではないか。せめて安らかに…。それがアイリの偽りのない気持ちだった。

 気が付くと馬に乗ったフローレスが近付いてきていた。

「アイリ、さっきのは大砲のようだったが、何があった? 大丈夫か。あ、ザハド……」

 アイリは黙って首を横に振った。

「そうか…」

 フローレスは馬を降り、ザハドに一礼して話しかけた。

「ザハド、これまで世話になった。わたしは今でもお前のことは仲間だと思っている。天国では仲良くやろうじゃないか。それまでしばらく待っていてくれ」

 フローレスはそう言うと、服を破り布切れをザハドの顔にかぶせた。

「アイリ、お前の馬、あっちにいたぞ」

「あ、バイオレット…」

 フローレスの馬の後ろを付いてきていたバイオレットは、アイリの姿を認めるなり顔を寄せて甘えてきた。その体のあちこちには焼けたような跡やすり傷があった。

「大丈夫よこんな傷、あなたならなんてことない…。でも無事でよかったわ」

 その傷跡をなでながら、アイリははっとしてザハドを振り返った。

「あなたとザハドさんがわたしを守ってくれたのね…」

 そうだと言わんばかりに、バイオレットはひと声大きくいなないた。

「ありがとう…」

「アイリ、みんなのところへ戻るぞ!」

「はい。行くわよ、バイオレット!」


 *


「10、20、30、40…」

「おいレイモン、何を数えてるんだ?」

「何って、勲章と報酬の数に決まってるだろ」

「それ、取らぬ狸の何とかってやつだな。聞いたオレが馬鹿だった…」

「ルイさん。ひょっとして、マウロが金色の竜に向かって放った弓。あれ、わざと当たらないようにしたんじゃないですか?」

 ダレスが迫りくる竜の群れを見ながら言った。

「わざとだと…? うむ、あり得るな。わざわざ竜から見えるように真正面から放ったのも今となってはあやしいな。だが竜とそんなに意思疎通が図れるのか?」

 ルイはあごをなでながら考える仕草をした。

「なんだっていいじゃねぇか。けどよ、そうだとしたら、オレたちにもまだ望みはあるってもんだ!」

 レイモンはにやりと笑い、竜の群れを眺めた。

「そうですね。今はそんなことを考えるより、あの雑魚ざこどもをさっさと片付けないといけませんからね」

「あっはっは! ダレスも言うようになったな! だが報酬は全部オレのもんだ。お先に失礼するぜ!」

 レイモンはそう言うと腰に差していた剣を抜いた。

 その時、竜の群れよりも早く、丘を駆け下ってくるアイリとフローレスの姿があった。

「みんな!」

「お、間に合ったか!」

「待たせたな。閃光の原因はザハドだ。あいつがちょうどおとりになってくれた。もう向こうには何もないが、うまく竜の群れがバラけてくれたようだな。それで今はどんな状況だ?」

「まあ相変わらずだが、正面の群れに金色の竜がいるのは間違いない。わしらにも少し希望が見えてきたってところだ。これからやつらをギリギリまで引き付けて、我々第4兵団が先頭から突っ込み金色の竜を目指す。そこから先は…まあ、なるようになるだろう。やつを攻撃すればまた状況も変わるだろうからな」

「了解した。後ろはわたしに任せろ。頼んだぞ!」

「ああ、わしも伊達に長生きはしておらん。我々を敵に回したのを後悔させてやる!」

「それで、あいつ…ザハドは?」

 レイモンが聞いた。

「ああ、死んだよ」

 フローレスは感情のこもっていない声で言った。

「そうか…」

「戦いに犠牲は付きもんだ。アイリ、団長の命令を…」

 ルイがアイリに向かって言った。

「うん…。第4兵団のみんな、お願いよ! 金色の竜を倒して! ほかの竜も全部倒しても構わないわ! そして…、そして、帰ったらパーティーでも開きましょ!」

「そいつはいいや! おい、お前ら! 勝って帰って祝勝パーティーだ!」

「うおおー!!!」

 兵士たちの間でどよめきが沸き起こった。竜の群れを前に恐れているものは誰一人いなかった。

「アイリ、これを持っていけ」

 騒ぎ立てる兵士たちをよそに、フローレスが一本の大きな剣を取り出した。

「この剣は?」

「王の愛用していた剣だ。古くから王家に伝わる剣だ。鉄の騎士王と呼ばれた王がこれで数々の竜と戦ってきた。竜の血を吸うたびに不思議とさらに輝きを増し、より頑丈に鍛え上げられてきた。ちょっとやそっとじゃ折れることはないだろう。刻み込まれた幾千もの戦いの記憶は、きっとお前を勝利に導くだろう」

 アイリがその体に不釣り合いなほど大きな剣を手にした瞬間、体の中が熱くなった。

「あ、熱い…!」

 そしてなぜかしら体中から力が湧いてくるのを感じ、それはアイリを覆う甲冑から光となってあふれ出てくるようで、彼女を見た誰もがその不思議な光景に言葉をなくした。

「この剣はアイリを待っていたようだな。生きて帰ってこい!」

「はい! みんな行くわよ! わたしたちに竜のご加護を!」

「竜のご加護を!!」

 竜の群れからけたたましい鳴き声がいっせいに響き、それは天を轟かせ、何本もの稲妻が走った。

 そして大地はそれに呼応するように大きく震え、安寧を破られたことに対する怒りをあらわにするかのように幾本もの裂け目ができた。

 アイリたちは、その竜のうめきとも怒りとも怨嗟えんさともつかない鳴き声を切り裂くように、また大地の怒りを物ともせず、竜の群れの中へと突き進んでいった。

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