ストーカーな幼馴染みに付きまとわれている

白羽鳥

読み切り短編

「お前って本当モテるよな」


 高校に入ってから何度目かの告白を受けた後、親友の湯下から溜息混じりに呟かれた。こいつが言うには好きになる女をみんな俺に取られているらしいが、別に奪ったりはしていない。


「あの子だって結構可愛いから狙ってたのに。あーあーイケメンは得だな」

「そう言うけど、俺だって別に好きでモテてるわけじゃない」

「かーっ、一度言ってみてぇよ。羨ましくて殺意湧くわ」


 恨みがましくそう吐き捨てられるが、湯下だって別に本気でそう言ってるわけじゃない。中学で仲良くなって以来、高校も同じところを選んでこうして親友を続けてくれるのだから。

 軽口にも苦笑いしか返せないのには、理由があった。今も、視線をビシビシ感じる。


「そりゃあ、好きになった相手に好かれるに越した事ないけど……そうじゃなければ迷惑なだけだ」

「ああ……例の彼女か?」


 視界を巡らせれば、通りすがりを装って幼馴染みの明日香がこちらに近寄ってきた。告白と言えば人気がない場所が定番なのに、偶然であってたまるか。


「湯下君、午後の授業で使う資料、先生から頼まれてたよね? 私一人じゃ重いから、手伝ってくれない?」

「やべっ、忘れてた。ごめんな?」

「いえいえ」


 あくまで湯下に話しかける体で、ちらりと視線が交差する。俺は敢えて無視した。



「元々、あいつん家とは近所でさ。親同士も友達だったんだ。だから幼稚園の頃からの付き合いと言うか……知り合いだった。特に仲良くしてるつもりはなかったけど、母親が異様に盛り上がって、子供同士で結婚とか何とか」

「ご近所あるあるだなー。で、彼女それを真に受けちゃったの?」

ってのを免罪符に、しょっちゅう一緒に帰ろうと誘われてきたな。友達と遊びたかったし面倒だから断ったけど。そしたらずっと後をついてくるようになってさー」


 その頃から、女の子から「あの子と付き合ってるの?」と事あるごとに聞かれるようになり、うんざりして距離を置くようになった。まあ家族同士の付き合いで無理やり食事やキャンプに付き合わされたけど。

 やがて小学生に上がり、告白された時に「彼女が出来ればもう付き合わなくていいのでは!?」と閃いた俺は、適当に可愛い子とデートするようになった……が、何故か誰とも長くは続かず、最高学年に上がる頃には諦めるようになった。


「『菅地君は、遠くから憧れてるだけでいいかなって』って何だよ!? 絶対明日香の奴がなんかしたに決まってる!!」

「もしくは加藤さんの方が親御さんに気に入られてて、そっちからの牽制って線は?」


 湯下の指摘に俺は頭を抱える。うわー、ありそう! いくら明日香はそういう対象じゃないって否定しても、照れてるだけだと取り合ってくれなかったし。初めて彼女連れて行った日には「あら、明日香ちゃんじゃないのね」だもんな。誤解を解くのに苦労したよ……


 その後、俺は中学で湯下と出会い、気の乗らない恋愛よりも友情を育む方向へシフトした。こいつは自分を冴えない人間だと思い込んでるが、気配りが出来てさっぱりした性格なので付き合ってて楽だ。そんな湯下をフッて見た目だけで俺を好きとか言う女は見る目がないし、仮に付き合ったところで明日香からの嫌がらせに遭うのが不憫でもある。


「明日香もなぁ……いっそ告白してくれればフッてお終いに出来るのに。じーっと見てくるだけじゃこっちも対処しようがない」

「お前的には、加藤さんは無しなの? 彼女だってすげー美人じゃん」

「実際、幼馴染みって異性には思えんし、無しだろ……まあ家は近いし親が聞いてもいない事喋ってくれるから情報は入って来るにせよ。志望校なんて、お袋騙し討ちにしてまで直前で変えたのに、ここ一本とかどんだけの嗅覚なんだよ最早ストーカーだろ!」


 そう、俺は明日香から逃げるためにギリギリまで悩むふりしてお袋を通じて明日香に志望校がバレないようにした。ついでに学生寮だから物理的にも距離が取れたと思ったんだけどな。


「あ、悪い。それ、俺がバラしたかもしんねー」

「はぁっ!? なんでお前からバレるんだよ」

「いや、加藤さんはお前の事なんて一言も言わなかったんだって。『湯下君は、どこの高校にするの?』って聞き方だったし」


 何たる策士……俺の交友関係を知っていれば、親友と同じ高校を選ぶのも想定内って事か。ダシにされた湯下が気の毒に思えてくる。


「ま、とにかくイケメンにはイケメンなりの苦労があるのは分かった。これからは妬み嫉みも控えて、生暖かく同情してやろうじゃないか」

「……面白がってるな?」

「わはは、まあ現状は実害もないんだし、そん時はそん時だろ」


 その通りだった。

 明日香に関して俺が弱っているのは母親同士で勝手に盛り上がってるのと、本人からの不可解な視線だけだ。もう言いたい事があるならさっさと言って、この居心地の悪さをいい加減終わらせてくれ。


 そんな俺の願いは、斜め上な形で叶えられた。


 冬休み明け、湯下から彼女が出来たと報告があった。実家に帰れば明日香と顔を合わせなきゃいけないので寮で寂しく年を越した俺には、青天の霹靂だった。聞けば終業式の日、靴箱に古典的手法でクリスマスイブの呼び出しがあり、悪戯を疑いつつもどうせ暇だからと指定された場所に向かったらしい。


 そしてカップルでごった返すクリスマスイルミネーションを前にして、湯下は告白された。


『初めて会った時から、ずっと好きでした。私と結婚を前提にお付き合いしてください!』


(いきなり重いな!?)


 湯下は最初、罰ゲームでもやらされてるのかと聞いたのだが、その気持ちは分かる。いや、決してこいつに魅力がないわけじゃない。湯下は良い奴だし彼女は間違いなく見る目があるんだろう。しかしどうしても信じられなくて、とりあえず寒いしカラオケでもと連れて行かれた先で激重ラブソングを延々聞かされ、正月の初詣も約束させられて気付けば付き合う事になっていたんだとか。


「そこまでするなら騙されてる可能性はなさそうだが……お前はそれでいいのか?」


 人生初彼女が出来たのは目出度い事だが、若干勢いに流された感もあるのが心配だ。だが、湯下はへらりと照れ臭そうに笑う。


「まあ確かに押しは強いよな……ただ色々誤解もあったんだけど、『私がずっと見ていたのはあなただけ』とか言われちゃったらな。お前にとっても知らない仲じゃないし」

「ん? 俺の知ってる子?」

「まあその辺の話も含めて、放課後に改めて紹介するよ」


 そして始業式が終わった教室で、俺は湯下に引き合わされた。


 ――俺の幼馴染みの、加藤明日香と。


「は? え、何の冗談だこれ?」

「ども、文君の彼女の明日香って言います……なんちゃって」


 ぺろりと舌を出しおどけてみせる明日香に、カッと頭に血が上る。こっちはどれだけお前から逃げようと必死になってきたと思ってんだ!


「ふざけんなよ、俺の気を引くためにそこまでするか!? こいつはな、お前の自分勝手な都合に利用されていい男じゃねーんだよ!!」

「お、落ち着けって菅地。まずそこが誤解なんだって!」

「文君から聞いて耳を疑っちゃったけど、マジで勘違いしてたんだね……まあ、お母さんたちがあれじゃ、仕方ないか」


 どういう事かと詰め寄ると、溜息と共に告げられた真実――明日香は俺と同じく、母親たちから勝手に結婚とか言われて迷惑していたのだそうだ。おまけに家族ぐるみで俺と親しいせいで周りの女子からの嫉妬が凄まじく、まともに友達も出来ない。帰り道に変質者が出ると聞き、うっとおしがられているのを分かっていて仕方なく一緒に帰ろうと誘っていたんだとか。


「けど、小学生の頃から俺の事じっと見てただろ」

「おばさんからよろしく頼まれてたし、愚直に言葉通り従ってただけ! それに凱君、すっごくモテてたでしょ? 幼馴染みってだけで女子のリーダーに睨まれるのに、彼女ともなれば嫌がらせも日常茶飯事だから、出来る範囲でフォローしてあげようと……気付いてなかったの?」


 知らなかった……嫌がらせはてっきり、明日香の仕業だと。俺はろくに彼女がどんな目に遭っているのか見ようともせず、幼馴染みを信じてもやれなかったのか。


「大体、ストーカーって何なのよ。情報ほぼ筒抜けになるぐらい近過ぎて、異性として見るのも有り得ないのに。モテモテなのは認めるけど、ちょっと自意識過剰なんじゃない?」

「いやっ、でも俺の志望校をわざわざ湯下から聞き出してたし……」


 俺の愚痴をバラしていた湯下を恨めしく思いつつ言い訳すると、明日香は今までに見せた事もない表情で目を逸らした。顔を真っ赤にしてもじもじしている。


「だからそれは……っ、好きな人と同じ高校に行きたかったからで……凱君じゃなくて文君の事だから、誤解しないでね!?」


 ツンデレのような台詞を言いつつ、あまりにも必死なので本心だと認めるしかない。そんな思いっきり否定しなくてもとは思うが、こちらも大概失礼な事をしてきたので御相子だ。


「そうか、湯下の事を……全然気付かなかったよ」

「みんな凱君を好きになっちゃうから、誤解はされるよねぇ。文君がいいなって思ってた子たちも全滅だし」

「し、知ってたの!?」

「そりゃあ、いつも見てますから……えへへ、私としてはラッキーだったけど」


 明日香の視線の先にいたのは、湯下だった。俺とは親友で、いつもいつもつるんでいたから当然だ。実際は俺が勘違いして、明日香は俺の事が好きで、ストーカーするぐらい執着していて、だから見つめてくるんだと勝手に思い込んでいただけだった……恥ずかし過ぎる!!


「くそっ、俺が無駄に悩んだ時間返せよ」

「何言ってんの、私を避けまくってろくに話もしてこなかったくせに。不満があるなら『俺に惚れても無駄だぞ』とか何とか遠慮なく言えば良かったじゃない、幼馴染みなんだから」

「言えるかっ!!」


 幼馴染みだからこそ、お前を意識してるような台詞なんて絶対言えなかったんだよ。


 その後、明日香は家にも湯下との交際を報告し、母親経由で俺の家にも伝わった。そしたら早速お袋から電話がかかってくる。


『もう、あんたがもたもたしてるから、明日香ちゃん取られちゃったじゃない! お嫁さんに来てくれるの楽しみにしてたのに』

「うるせー、なんで俺がフラれた事になってんだよ。最初からそんなんじゃないって何度も言ってるだろ? それに、あいつは俺なんかよりずっといい男だから、明日香の事は喜んで任せられるよ」

『はぁー、明日香ちゃんの結婚式でウェディングドレス姿見たかった……明日香ちゃんが産んだ赤ちゃん抱っこしたかった』


 気が早過ぎて我が母親ながら怖い。この執着から解放するためにも、俺もそろそろ新しい彼女作った方がいいかもな?


「おばさんに頼めば出来るんじゃないか? どっちにしろ俺たち、幼馴染みなんだから」



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストーカーな幼馴染みに付きまとわれている 白羽鳥 @shiraha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ