第四十話 玄人のクズの忠告

「はぁ!? どういうことよ!?」


 どことも知れぬ王都の闇で、ユリアナの素っ頓狂な声が木霊する。


「どうもこうもありませんや。キリハレーネ・グランディア公爵令嬢への暗殺は中止します。今日は頂いた前金をお返しするために来ていただきやした」

「だから、どうして中止なのよ!?」

「王都の闇ギルドの盟主である『鎖の蛇』が公爵令嬢の傘下に入ったんです。『鎖の蛇』はあたしら『ハーメルン』を切り捨てました。あたしも早く王都を脱出しないとならないんで、手早く済ませたいんですがね?」

「また! またキリハレーネ!」


 ユリアナは癇癪を起こして地団駄を踏む。そんなことをしても時間の無駄と分かってはいるが、喚かずにはいられない。


「なんで!? なんであの女ばっかりに人が集まるのよ!? なんであの女ばっかり幸運が転がり込んでくるのよ!?」

「は? いまさら何でそんな事を言うんで?」


 髪の毛を掻き毟るユリアナが睨むと、男は本気で呆れたような顔をしていた。


「あの女はあたしらとは違うんです。人を惹き付ける力があるから幸運も寄ってくる。当然のことじゃあありませんか」

「なに言ってるのよ? あたしとあの女となにが違うってわけ?」

「……ああ、なるほど。そこですか」


 呆れ顔だった男の表情が、段々と憐れむようなものへ変わっていく。


「……あんたは、自分が幸せになれるんだと思ってるんですね?」

「当たり前でしょ? わたしは幸せになるわ。幸せになれないわけがないわ。わたしはなにが自分の幸福なのか、はっきりと自覚しているんですから」

「はははははっ! こりゃとんだお笑い草だ! まさか! まさかあたしらみたいなクズが幸せになれると思ってるんで!?」


 ゲラゲラと、男が耳障りな笑い声を上げる。人を馬鹿にし嘲笑するのが楽しくて仕方がないという、まさに人間のクズの笑い声を。


「クズの先輩として忠告しやすがね……たとえ万が一、幸福になれたとしても、あたしらは幸福を幸福だと感じることなんて出来ませんよ。幸福を追い求めるのなんて止めましょうや」

「何を言って……」

「あたしもね、一時期幸福な人生ってやつを手に入れましたよ。心映えのいい綺麗な嫁、小奇麗な家、従順な子犬だって飼いましたね。絵に描いたような幸せな家庭を持って、多くの人間に羨ましがられもしました。けどね、少し経つと物足りなくなってくるんですわ。全部くだらないものに感じられてね。あたしが本当に幸福と感じられたのは、従順な子犬を蹴り殺して、小奇麗な家に火を点け、綺麗な嫁の苦しむ顔を眺めた時です。特に絶望に歪んだ嫁の顔を思い出すと、今でも幸福な気分に浸れますよ」


 男はうっとりと告白した。常人なら……いや、年季の入った悪党でも鼻を抓みたくなるような腐臭の漂う告白だった。

 人間のクズ、ゲスの所業だ。


「……それがなんだって言うの?」


 だが、ユリアナは首を傾げるだけだ。

 そこには疑問しかない。

 男を奪われた女の醜態が愉しい、自分の為に人生を捨てた男の狂態が愉しい、そんなユリアナにとって、男の告白は『いまさら何言ってんだこいつ?』という程度の感慨しか湧かないものだった。


「分かりませんか? あたしらは幸せを壊すことでしか幸福感を得られないクズです。幸福を求めてもしょうがないってことですよ。ただ目先の幸福感だけ求めてりゃいいんです。幸せなんて無駄なものに夢を見るのは止めなさいな」

「はっ! バカバカしい。それはあんたの手際が悪かっただけでしょ? わたしは幸せになるわ。なれない筈がないじゃない。王子だって何だってわたしの手駒に出来るのよ? わたしを幸せにしてくれる手駒なんていくらでも手に入るんだから」

「はぁ……まぁ、そう思うなら頑張りなさいな。一応キャンセルした迷惑料代わりに言っときますが、もうあの公爵令嬢の暗殺は無理ですよ? この王都で引き受けるやつなんてもういません。引き受けた馬鹿はヴィンゼンドが必ず潰しますからね。それじゃ、お元気で」


 男はユリアナに渡された前金を投げ渡すと、すっと気配を消してその場から離れた。

 すでに『鎖の蛇』が『ハーメルン』の構成員を狩り出している。男も今夜中に王都を逃げ出さねば補足されるだろう。

 なんせ『ハーメルン』は、食い詰めた貧民を食い物にしていたクズの集まりだ。闇ギルドも躊躇いはない。おまけにキリハレーネに惚れて兄弟になったヴィンゼンドが怒り狂っている。草の根分けても探し出されるだろう。


「ユリアナのお嬢さんもさっさと逃げりゃあイイものを、よりによってあんな女にこだわるなんてね……」


 男は嘲笑した。

 キリハレーネ・グランディアは、男やユリアナのようなクズにとっては天敵のような存在だ。自分で幸福を生み出せる人間に、幸福を壊すことしか出来ないクズが適うわけがない。

 自分のようなクズは同類でつるむことは出来ても、けして味方など作れはしないのだから。


「自分がクズって分かっていないユリアナのお嬢さんが破滅するのを眺めて愉しみたい気持ちもあるが……あたしまで巻き添えを食うのはゴメンだからな。さて、西と東のどっちに逃げるか……たしか西の帝国では、帝位継承のゴタゴタが起きていると聞いたな。なら、そっちに行けばまた愉しめるかな?」


 刹那的な幸福感しか得られないのなら、天敵のいる国から離れるのが一番だ。幸せを求めて一箇所に留まるなんて愚の骨頂である。

 クズが愉しめる場所は、この世界にいくらでもあるのだから。

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