第三十九話 花の慶◯的な『惚れた』
(いやはや、久しぶりだねぇ、こういう博打は)
パンツ一丁の勝者となったキリハは、久しぶりの博打に懐かしさを感じていた。
なんせ、キリハが組長となった聖組が躍進した切っ掛けは、当時施行されたばかりのカジノ法に乗っかった博打業だったのだ。
キリハにとって博打はまさに飯のタネだった。
『Boss。イカサマ博打で一番やっちゃいけないことは何か分かるかい?』
カジノの警備コンサルタントとして新規採用した、ラスベガスでやらかしすぎて逃げてきたというプロのイカサマ師は、当時の若すぎる組長にこう聞いてきた。
『イカサマ師にイカサマをするな、ってことかな?』
『Exactly! 理解あるBossで話が楽だ』
『古畑任◯郎が山城新伍ゲスト回で言ってたからね。マジシャン相手にマジックを見せるな、って』
『Meは『矛盾だらけの死体』が好きだけどね。それはさておき、イカサマを見つけたイカサマ師はイカサマを逆用してくる。だから一番注意しなきゃならないのは、素人のふりをしたイカサマ師だ。こいつらを効率よく見つけ出すことがカジノの最大の課題になる』
『何か見つけるコツはあるのか?』
『基本的に女性の客を注意することだね。女性は胸とか尻って武器がある。それだけで注意力の大部分を削ぐことが出来る。だから近頃のカジノは女性ディーラーが重宝されたりしてるね』
『ははあ、なるほどねぇ』
『だからBossにはイカサマ師になってもらうよ。相手のやり方が分かれば騙されにくくなる。なにより、Bossは魅力的な女性だからね。魅力的な女性は、一流のイカサマ師の才能がある』
そうしてキリハはイカサマ博打の稽古をさせられた。経営者がイカサマ師になってどうするのかと思ったが、結構いろいろと役に立ったのであのイカサマ師には感謝している。
実際、裏組織のボスと大金を賭けた勝負に何度も望んだ。そういう時、彼が教えてくれた『素人の振りをするイカサマ』は強力な武器になった。
女遊びのしすぎで患ったヘルニアの治療代も肩代わりしてやる気になるというものだ。
「くそがっ!」
「小娘が調子に乗るな!」
キリハが思い出に耽っていると、『鎖の蛇』の構成員たちがイキり出した。
ボスのヴィンゼンドの敗北を受け入れられないのだろう。おまけに相手は小娘と優男の執事の二人きり。暴力で結果を覆そうというのは彼らからすれば当然のやり方だろう。
「やめねぇか!」
「しかしボス! こんな小娘にバカにされたら『鎖の蛇』の名が廃ります!」
「竜騎士だかなんだか知らねぇが、裸同然の今が好機じゃありませんか!」
「タマァ獲ったる……!」
ヤクザたちがナイフや匕首に手を伸ばしてキリハに躙り寄ってくる。
ちょっとでも何かの切っ掛けがあればそのまま凶器を抜いて雪崩かかってくるだろう。
せっかく穏当な形で収めようと持ったのに結局こうなるのかと、キリハはやれやれと思いつつも反撃の心構えを固めた。
「……ぶっこ――」
――ドガァァアアアアアアンッ!!
今まさに男たちが一斉に飛びかかろうとした刹那、プレイルームの頑丈なドアがド派手な音を立てて吹き飛んだ。
部屋にいた者たちが驚愕の表情を貼り付けた顔を向けると、破壊された出入り口には一人の男が立っていた。
真っ白に染まった髪をオールバックにした、筋骨隆々の初老の男だった。老いを感じさせるものが散見されるが、その肉体とその立ち振舞は泰然としており、老いはともかく衰えは感じさせない。
「……ギルバート・スウィフナー……」
「久しぶりだな、ヴィンゼンド」
「おや? おっちゃんはこっちの旦那と顔見知りだったのか?」
「……キリハの嬢ちゃん、儂は仮にも王都冒険者ギルドのギルドマスターだぞ? 冒険者ギルドと闇ギルドは光と影、頭目同士が顔見知りなのは当然だ」
ギルバート・スウィフナー。元S級冒険者にして、現在は王都冒険者ギルドのギルドマスターを務める男である。
数々の逸話を持つ勇者であるが、キリハを見る目は苦々しさを隠しもしなかった。
まぁ、冒険者登録してからさんざん冒険者たちを巻き込んで騒ぎを起こしたキリハの、その後始末に走り回されたのはギルドマスターのギルバートその人だ。キリハという問題児に対する感情は複雑なるものがある。
「……その嬢ちゃんは王都の冒険者たちのアイドルでな。嬢ちゃんを見殺しにするようなことがあったら、儂が冒険者たちに袋叩きにされちまう。嬢ちゃんに手出しするなら、王都冒険者ギルドは『鎖の蛇』と戦争を始めることになる」
「――おやおや、坊やがいっちょ前の口を叩くようになったじゃないか? ちょっと前まで皮も剥けてない小僧っ子だったのにねぇ」
ギルバートの後ろからひょいと現れたのは、艶やかな服装をした美女だった。
胸元は大きく開き、スカートのスリットも際どい位置まで開いている。挑発的な格好をした、人外めいた美貌の美女。長い金髪が、尖った笹型の耳に引っかかっている。
彼女はエルフだった。
「こんばんは、ディアンヌ夫人」
「こんばんは、キリハちゃん。相変わらずやることが派手ね。まさか紅蓮竜にお使いをさせるなんて、さすがのわたしもびっくりしちゃったわ」
「そのヒエンは?」
「うちの娘たちとご飯を食べてるわ。何でか牛乳をがぶがぶ飲んでレモンをばくばく齧ってたんだけど、ドラゴンってあんなのが好物なの?」
「尿道結石の予防に余念のない、健康的なドラゴンなんで」
「最近はドラゴンも健康第一なのねぇ」
エルフの美女とにこやかに語り合うキリハ。
それとは逆に、ヴィンゼンドはエルフの美女の登場に盛大に顔を顰めていた。
「ディアンヌのババァまで……!」
「こんばんは、ヴィンゼンドの坊や。相変わらずの伊達男だけど、今晩はいささか男振りが陰ってるねぇ」
ディアンヌ夫人、と呼ばれるこのエルフ。ヴィンゼンドの『鎖の蛇』とは、王都の裏社会をある意味二分する勢力の纏め役であった。
彼女は、王都の娼婦ギルドの元締めなのだ。
女神めいた美貌を持つディアンヌが部屋を見回せば、さっきまで威勢の良かった『鎖の蛇』の構成員たちの顔が青褪める。
「あたしの娘たちも、キリハのお嬢ちゃんにはお世話になっていてね。お嬢ちゃんの敵になるなら、あたしたちもあんたらの敵になるよ? この王都の男たちの下半身を握ってるあたしたちが、ね?」
ディアンヌが意味深に微笑むと、何人かの男たちがぶるりと身体を震わせた。
いつの時代のどこの国でも、娼婦というのは情報屋の側面を持っている。どんな男も、女を口説こうとすれば口が軽くなる。中にはついつい社会的に死にかねない秘密を漏らしてしまった男もいるだろう。
そういった普段威張り腐ってる男たちの繊細な秘密を一手に握っているのが、娼婦たちの頂点に君臨するディアンヌ夫人なのだ。面子が何より重要な裏社会の男たちにとって、決して敵対してはならない人物第一位に燦然と輝く女性であった。
「……キリハレーネ・ヴィラ・グランディア。何故だ?」
「うん?」
「ギルバートとディアンヌを味方につけているんなら、なんで勝負なんかした?」
冒険者ギルドと娼婦ギルドに脅しを掛けられれば、いかに犯罪ギルドを束ねる『鎖の蛇』とて従わざるを得ない。
なのに、なんでこんな勝負をしたのか?
先程までいきり立っていたヴィンゼンドの部下たちも、自分たちのボスとキリハの対話に息を呑んで耳を澄ましている。
「わざわざ裸を晒す必要もなかっただろ。なのに、何故?」
「あんたがクズだったら、早々にギルバートのおっさんとディアンヌ夫人に出てきてもらっただろうけどね……あんたは悪党ではあるがクズじゃない。でなきゃ、部下からあんなに慕われるわきゃない。あんたは一端の『男』だ。なら、『男』に対する礼儀ってもんがあらぁな」
「…………くくっ……くははははっ!! ああ、畜生! くそっ、参ったな……」
ようするに、こちらに華を持たせてくれたのだ。
勝負もせずに要求を受け入れたら、ヴィンゼンドの面子は丸つぶれだ。だが曲がりなりにも勝負したとすれば、ヴィンゼンドにもそれなりの面子が保てる。
勝負せず降った者と、勝負して降った者。
同じ降伏でも、その差は天地ほどに差がある。
「……男の面目の為に一肌脱いだってわけか?」
「あんたも満足だろ? なんたってこんなにお高そうなお肌だ」
むき出しの胸を反らして笑うキリハに、ヴィンゼンドは「違いない!」と大笑いした。
「はは、は……ああ、畜生。くそっ、イイ女だなぁ……あんた、ほんとにイイ女だ」
「惚れたかい?」
「ああ、惚れた……惚れちまったから俺の負けだなぁ」
『ボス?』
「俺の負けだ。お前らだってもう分かってるだろ? この御方は俺たちを殺そうと思えば皆殺しに出来た。頭ごなしに言う事聞かすことも出来た。なのに俺と一対一の勝負を設けてくれた。俺たちは勝負に負けたんじゃねぇ、この御方の器に負けたのさ」
負けた、と言いながらも、ヴィンゼンドの胸に去来するのは言いようのない清々しさだった。
王都の闇を牛耳る『鎖の蛇』と言っても、所詮はスネに傷持つ裏街道の住人だ。どれほど粋がったところで後ろ指さされる立場なのに変わりはない。
そんなヴィンゼンドを、この少女は正面からまっすぐ見つめてくる。
浴びるように酒を飲んでも、どれだけの女を抱いても満たされなかったヴィンゼンドのちっぽけな自尊心が、いつの間にか充足している。
これほどの『イイ女』が、ヴィンゼンドを一端の『男』と認めてくれている……たったそれだけのことで!
「おい、お前ら! 俺はこの御方の器に惚れた! 俺はこのお嬢さん――いや、こちらの姐さんの傘下に入る! 文句ある奴ぁいるか!?」
「……オレたちはボスについて行きます」
「ボスの進む先が、オレたちの進むべき道です」
ヴィンゼンドの部下たちが頭を下げる。
ヴィンゼンドに心酔しているからこそ、彼らもまたキリハの言葉に狂喜していた。
親を褒められて、喜ばぬ子はいない。
「……キリハの姐御。俺を一端の『男』と認めてくれるなら、俺と兄弟の盃を交わして欲しい。俺は、あんたに惚れた!」
「勿論」
頭を垂れたヴィンゼンドの懇願に、キリハは笑って即答する。
「一世一代の『男』の覚悟を呑めなかったら、あたしの女が廃るってもんだ。これからよろしく頼むよ、ヴィンゼンドの兄弟?」
「応よ! これからよろしく頼む、キリハの姐御!」
『よろしくお願いしやす、キリハの姐御!!』
ヴィンゼンド以下『鎖の蛇』がキリハの傘下に入った瞬間である。
この歴史的な光景の立会人となった冒険者ギルドマスターと娼婦ギルドの元締めは、互いに正反対の表情で傍観していた。
「……とうとう犯罪ギルドまで手にするとは……ますます手が付けられなくなっちまったじゃねぇか……」
「あら、いいじゃない、ギルバートの坊や。キリハちゃんはイイ女だもの。イイ女は黙ってても男を惹き付けてしまうものよ」
「坊やって言うな、ディアンヌ……儂はもう五十七だ」
「あたしからすればまだまだ坊やよ。ねぇ、三十まで童貞だったギルバートの坊や?」
「言うなっ! くそっ、儂の周りの女ときたらどいつもこいつも……!」
ギルバートが胃を押さえる。厄介な女に振り回されて胃がキリキリして仕方がない。
「あのー、よろしければこちらの胃薬をどうぞ?」
「あ? ああ、すまないな……」
「いえいえ、近頃胃薬の調合が趣味でして」
「あんたも苦労人な顔してるからな……ああ~、効くなぁ、この胃薬」
「でしょう? ……ああ~、効くぅぅぅぅ……」
新たな胃薬仲間を得たジェラルドは、自分も勢いよく胃薬をキメる。
胃薬中毒者たちが現実逃避してる横で、キリハとジェラルドの兄弟の契りは粛々と進められるのであった。
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