林太郎はバカだね


僕が目を覚ますと、林太郎くんと乃愛先輩はすでに起きていたが、まだ寝ぼけてボケーっとしていた。

すると外から、スピーカーを通した大きな声が聞こえてきた。


「夜に降った雨の影響で土砂崩れ注意報が出ています。今から1時間以内に下山するようにお願いいたします」

「土砂崩れ注意報ですって」

「そんな雨降ったの?」

「結構激しく降ってました」

「片付けるかー」


片付けをしている途中、乃愛先輩の携帯が鳴った。


「もしもし結愛?」

「メッセージ見た?」

「え?見てない」

「もう心配させないでよ。みんな無事?」

「うん。ん?蓮、チビ瑠奈は?」

「トイレじゃないですか?」

「にしては長くないか?」


その時、釣竿が無いことに気づいた。


「......乃愛先輩」

「なに?」

「釣竿が1本ありません!バケツも!」

「ゆ、結愛!どうしよう!」

「今、雫の家の車で向かってるから大人しくしてて」

「なんで雫?」

「心配だったんだって」 

「心配なんてしないわよ。雑用が居なくなるのは困るだけ」

「とにかく危ないから瑠奈は探さないで、近くの大人に見てないか聞いてみて」

「分かった」


乃愛先輩は電話を切り、唯一の建物に走って行った。


「僕達も行こう」

「おう」


建物の中に入ると、乃愛先輩が瑠奈を見てないか必死に聞いていた。


「見てないですね」

「釣竿がなくなってたから、もしかして川に行ったのかも!」

「私達が見に行きますので、皆さんは川には近づかないでください」

「分かりました......」


建物の中で待機していると、雫先輩と結愛先輩がやってきた。


「雫先輩!」

「状況は?」

「瑠奈が川にいるかもしれないんです。それで今、キャンプ場の担当さんが見に行ってます」

「瑠奈さん、携帯を持って行ってないの?」

「テントにありました......」


その時、キャンプ場の担当さんが戻ってきた。


「階段を降りた付近には見当たらなかったです」

「林太郎くん‼︎」


林太郎くんは建物を飛び出して行き、僕達全員で林太郎くんを追いかけた。


「ちょっと君達!川はダメだよ!」


林太郎くんが冷静じゃない......このままじゃ、林太郎くんが怪我するかもしれない。


「待ちなさい!」


林太郎くんは雫先輩の声で立ち止まった。


「どこへ行くの」

「瑠奈を探しに行くんです」

「集団で行動しなさい。貴方まで行方が分からなくなったら大変だわ」

「分かりました」


みんなで瑠奈の名前を呼びながら川の見える道を歩いているが、瑠奈からの返事はない。

ただ、川はいつもより流れが早いだけで水量があからさまに増えているわけじゃない。

川に入ってなければ大丈夫だろうけど......もし足を滑らせて崖から落ちてたら......


「蓮?」

「は、はい」

「顔色悪いよ?」

「大丈夫です。探しましょう」


その時、崖に立つ木の根本に引っかかった釣竿を見つけた。


「林太郎くん!あの釣竿!」

「あぁ......滑り落ちた跡がある」


雫先輩は木に捕まり、崖の下を覗き込んだ。


「雫!危ないよ!」

「乃愛の言う通り、早く戻って」

「瑠奈さんが居るわ」

「本当ですか⁉︎」

「ここから見た感じだと、大きな怪我は無いみたいね。そんなに高い崖じゃない」

「蓮、お前が行け」

「ここは林太郎くんが行ってカッコいいところ見せなきゃ!」

「蓮が行ってやれ」

「貴方達まで怪我するわよ?レスキューを呼びましょう」


林太郎くんは雫先輩を不安そうな表情で見つめた。


「雫先輩なら分かってますよね。レスキューじゃ間に合わないって」

「林太郎くん、どういうこと?」

「見てみろ、川の流れがさっきより早くなってるし、水量も増してる。瑠奈が居る位置が分からないけど、奥の方は陸がもう半分も無い。蓮、行ってくれ」

「林太郎くん、チャンスなのに」

「......」

「林太郎くん、乃愛さん、結愛さん、テントに使う紐を沢山持ってきなさい。そして大人の人を出来るだけ沢山呼んで」

「はい!」

「分かった!」


三人は来た道を戻り、雫先輩は瑠奈の名前を呼んだ。


「瑠奈さーん!......ダメね」

「意識はあるんですか?」

「えぇ、座って俯いているわ。川の音で声が聞こえてないみたいね」 

「全員で呼べば聞こえるはずです!」

「そうね。それより蓮くん」 

「はい」

「死んだら許さないわよ」

「そんなこと言うなんて珍しいですね」

「この状況に絶対なんてことはないもの」

「不安なんですか?」

「雑用が減ったら嫌なのよ。学校での仕事が大変になるわ」

「あー!なるほど!っておい」

「おい?」

「ぽい」

「誤魔化しても無駄よ」 

「ずびばぜん」

「ちゃんと言いなさい」 

「やーだねー」 

「いい度胸ね」

「少しは気が紛れました?」

「え?」

「不安なら不安って言ったほうがいいですよ」

「......」


誰か......僕の不安も取り除いてくれないかな......


しばらくして大勢の人が駆けつけ、雫先輩は紐を長くなるように結びながら説明を始めた。


「この下に私の後輩がいます。今からその子を救出したいのですが、皆さんこの紐を持ってくれますか?」

「任せろ!」

「ありがとうございます」


雫先輩は紐を僕の体に巻いて結び、長く伸びた方をみんなに持たせた。


「今からこの人がここを降りるので、常に引っ張りながら、ゆっくり降りられるようにしてください」

「分かった!」


不安そうな乃愛先輩に笑顔を見せる余裕はあるけど、正直怖い。


「林太郎くん、本当に僕でいいの?」

「おう」

「それじゃ蓮くん、なるべく木に掴まりながらゆっくり行ってちょうだい」 

「はい」


木に掴まりながらゆっくり慎重に崖を下ると、しゃがみ込む瑠奈が見えた。


「瑠奈‼︎」

「......」

「瑠奈ー‼︎」


雫先輩が言った通り、川の音がうるさくて声が届かない。

それに地面がぐちゃぐちゃで、気を抜いたら転んでしまいそうだ。


半分以上下がったところで、もう一度「瑠奈‼︎」と大きな声で呼ぶと、瑠奈は少し泥のついた顔で僕の方を振り向いた。


「蓮!」

「そこで大人しくしてて‼︎」


そしてやっとの思いで瑠奈の元に辿り着き、すぐに雫先輩に電話をかけた。


「着きました!引っ張る力を緩めてください!」

「分かったわ」


電話を切り、すぐに瑠奈に駆け寄った。


「怪我は?」 

「擦り傷と、足挫いたぐらい」

「よかった......なんで一人で釣りなんて」

「私のせいで迷惑かけちゃったから、みんなの朝ごはん釣りたくて......」

「そんなのいいのに!とにかく上に戻ろう。立てる?」

「立とうとすると痛い」 

「そっか、ちょっと待ってね」


僕はもう一度雫先輩に電話をかけた。


「もしもし」

「状況は?」

「川の水位が上がってます」

「二人で登ってこれる?」

「崖の下は急斜面で、僕一人でもキツイです。多分ここからなら階段のある場所まで行けます」

「気をつけて」

「はい、紐を解くので、僕が三回引っ張ったら紐を回収してください」

「分かったわ」


体から紐を解いて三回引っ張ると、紐はすぐに上へ引っ張られた。


「瑠奈、僕の背中に掴まって」

「どうする気?」

「階段のある場所まで行く」

「危ないよ!」

「でも行かないと死んじゃう!」


瑠奈は不安そうに僕の背中にしがみつき、僕はゆっくり砂利の上を歩き始めた。


「ごめん......」

「大丈夫だよ」

「実はね、林太郎が来てくれると思ってた」

「一番最初に走り出したのは林太郎くんだったよ。でも、林太郎くんは僕が行けって」

「そっか......林太郎はバカだね」

「え?」

「林太郎が来てくれてたら、きっと惚れてた」


あーあ、だから言ったのに。


「林太郎くんと付き合わないの?」

「分からないの......」

「なにが?」

「私は蓮が好き」

「もうそういうのは無しって」

「分かってる、だからそうやって過ごしてたじゃん。もう私と蓮はそういう関係になれなくて、蓮と話すより、林太郎と話す時間が少しずつ増えていって、林太郎と付き合ったら幸せになれるのかなとかも考えた」

「考えた答えは?」

「林太郎は私を幸せにしてくれる」

「だったら」

「でも、私は林太郎を悲しませちゃう」

「どうしてそうなるのさ」

「私が蓮を諦め切れてない、いろんな感情を塞ぎ込んでる......林太郎は分かってた」


瑠奈の顔は見えないけど、泣いているような声をしていた。


「こんな中途半端な気持ちで林太郎にすがっちゃダメだよ......」


その時、林太郎くんの「真っ直ぐな瑠奈に惚れた」という言葉が頭をよぎった。


「......瑠奈は瑠奈のままでいい。真っ直ぐな瑠奈でいい」

「今更そんなこと言わないでよ」

「僕は自分勝手にやらせてもらう。だから、瑠奈の自分勝手も受け止める」

「それじゃ、ぶつかるだけじゃん......」

「お互い逃げないで、ぶつかる度に話せばいいよ。ぶつかるのは、僕達が自分勝手な代償」

「でも、前みたいに戻ったらさ」

「うん」

「蓮はまた私から逃げちゃう。今みたいに仲良くしてくれない」

「仲良くするよ。仲良くしたい」

「......」

「このキャンプだって楽しかったし」

「こんな話したのバレたら、乃愛先輩に怒られるよ?」

「バラさないでよ」

「嫌だ」

「え⁉︎」

「蓮は言った。自分勝手でいいって」

「言いましたけどねー......」

「私は蓮と付き合うー‼︎」

「付き合わなーい‼︎」

「付き合うのー‼︎」

「いやだー‼︎」


これで......よかったのか?


「冷たっ!ちょっと!水がお尻まで!」

「うん。実はかなりヤバイ状況」

「瑠奈ー‼︎」


林太郎くん達の声が聞こえて前を見ると、階段のある位置にみんなが居た。


「瑠奈さん!受け取りなさい!」


雫先輩は紐に石を付けて飛ばし、僕達の横に紐が落ちた。


「瑠奈、掴める?」

「いける!掴んだ!」

「体に巻きなさい!」


瑠奈は僕と自分の体に紐を巻き付け、手で大きな丸を作って見せた。


「このまま歩くよ!」

「うん!」


そしてなんとか陸に辿り着き、大人達が体を拭いてくれた。


「蓮くん、瑠奈さん、疲れてるだろうけど、急いで下山するわよ」

「はい」


下山している間、乃愛は列の後ろの方で、林太郎と二人で話をした。


「なんで蓮に行かせたの?蓮に聞いたけど、瑠奈のこと好きなんでしょ?」

「はい」

「自分が行けば良かったじゃん」

「蓮が行った方が瑠奈は喜びますから」

「私からしたら迷惑なんだけど」

「大丈夫ですよ。瑠奈には言えませんが、蓮の性格上、瑠奈と付き合うことはありません」

「そりゃ私と付き合ってるし」

「だから、俺はいつか瑠奈を惚れさせてみせます。でも今じゃないです!瑠奈には心の底から諦めてもらって、俺はそれから瑠奈に告白します」

「性格悪」

「それが俺の正義ですから」

「自分を正義とか勘違いしない方がいいよ、自分は間違ってないって思っちゃう人ほど人を傷つける」

「それでも俺は瑠奈が好きです」

「あっそ、応援してるよ」


その後、瑠奈は一度病院に運ばれたが、なんの問題もなく、脚に湿布を貼って自宅に帰り、それから数日が経って、あの場に居合わせたみんなが警察に感謝状を貰い、ただキャンプに行っただけなのに凄い経験になった。

そしてキャンプのあの日から、瑠奈は僕に対しての好き好き攻撃が激しく、乃愛先輩と頬を引っ張り合っているところをよく見るようになった。

そんな中、林太郎くんの気持ちが知りたくなって夜中に電話をかけた。


「どうした?」

「瑠奈が前みたいに戻っちゃったけど、どう思ってるのか気になって」

「これで良かったって思ってる」

「でもあの時、来たのが林太郎くんなら惚れてたって言ってたよ」

「ちょっとタイムマシンについて勉強するから切るわ」

「落ち着いて」

「おう」

「僕の選択は、またいつか瑠奈を大きく傷つけることになる」

「そうかもな」

「その時、また僕を殴ってもいいから......瑠奈を頼むよ」

「分かった。次は二発いかせてもらう」

「一発でお願い」

「てか、もう殴ることはないと思うぞ?」

「どうして?」

「今回は自分の意思がハッキリしてるみたいだしな。あの時は何もかも曖昧で、傷つけるだけ傷つけて逃げてたから殴ったんだ」

「そういうことね」

「とにかく約束だ。その日が来たら、瑠奈の心は俺が守る」

「ありがとう」

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