本当に私を


翌朝、学校に行くと廊下の壁中に雫先輩と美桜先輩の選挙ポスターが張り出されていた。

美桜先輩のポスターは綺麗な泉の上を白い鳥が飛んでいるイラストで、黒文字で(学校を楽園に)と書かれていた。


ポスターでの印象は結構大事だからなー......なのに雫先輩のポスターは.......


「なんだこりゃ」


小学生が描いたような虹の下に棒人間が描かれ(清き1票を)とだけ書いた、かなりシンプルなものだった。


イラスト、乃愛先輩が描いたのね.....


「どうかしら、私のポスター」

「わっ!雫先輩、心臓止まるかと思いましたよ」

「失礼ね。私を鬼かなんかだと思っているの?」

「思ってません!」

「ジョークだったのだけれど」

「わー、面白いですー」

「それで?ポスターは?」

「乃愛先輩らしいですね」

「乃愛先輩らしく幼稚なイラストですねと伝えておくわね」

「そんなこと言ってませんよね⁉︎それ、雫先輩の感想ですよね⁉︎」

「瑠奈さん、今日は休みだそうよ」

「え。てか、今話逸らしましたよね」


雫先輩は無言で、少し早歩きで二階に上がって行った。


「蓮!」

「あ、乃愛先輩おはようございます」

「ポスター見た?」

「見ました!素敵なイラストですね!」

「でしょ!」


乃愛先輩は嬉しそうにニコニコしているが、その後ろの方の下駄箱の影で、千華先輩が顔を半分出して僕を見ていた。


「こわ......」

「どうしたの?」

「いや、千華先輩が幽霊みたいに僕を見てくるんです」

「ふーん。ねぇ、今日は蓮が二階に運んで!」

「え⁉︎千華先輩に運んでもらうんじゃ」

「あんな奴無視していいよ。ね?蓮は私が好きなんだもんね!」


さりげなく周りを見ると、美桜先輩が靴を履き替えていた。


そういうことか......


「分かりました。行きましょう」


乃愛先輩を背負って二階に上がるのは苦痛じゃなかった。乃愛先輩は想像以上に軽くて、なんか......熱い?それに、また乃愛先輩の脚を触れるなんて!ツイてます!今日、ツイてます!


蓮が乃愛の脚を触ってウハウハしている時、乃愛は蓮の背中に密着した嬉しさと恥ずかしさで体温が上がっていた。


乃愛先輩を教室の椅子に座らせ、車椅子を取りに一階に降りると、千華先輩が車椅子を畳んでいた。


「あ、えっ、おはよう......」

「おはようございます。一緒に運びましょうか」

「う、うん!」


二人で車椅子を二階に運ぶ途中、千華先輩は小さな声で話しかけてきた。


「雫から聞いた。蓮がなにを考えて昨日私に冷たくしたのか」

「昨日はすみませんでした」

「本心じゃないんだよね?」

「はい」

「よかった......」

「演技に付き合います」


そして教室に車椅子を持って行くと、乃愛先輩と千華先輩は急に睨み合い、舌打ちをして目を逸らした。


演技でも怖いわ......

それに一番よく分からないのは結愛先輩だ。あまり話しかけてこないし、基本物静かで本当に僕のことが好きなのか分からない。


僕も自分の教室に戻ると、林太郎くんが呆れた様子で話しかけてきた。


「蓮、また瑠奈になんかしただろ」

「大嫌いって言った」

「それはヤバイだろー」

「分かってるけどさ」

「しばらく学校行かないって連絡来たぞ。瑠奈は喜怒哀楽激しんだから、あまりいじめるなよ」

「瑠奈がやっちゃいけないことしたんだよ」

「蓮が優しくしてやれば瑠奈はいい子なんだから、側に居てやれよ」

「林太郎くんが側に居てあげなよ」

「俺じゃダメなんだよ」

「まぁ、そのうち元気になって来るでしょ」

「まったく......電話ぐらいしてやれ」


林太郎くんに促され、その場で電話をかけた。


「もしもし」

「只今、電話に出られません。ピーという」

「留守番電話になったんだけど」

「蓮からの電話に出ないとか重傷だろ」

「そうだね......」


その日の昼休み、美桜先輩が僕達の教室にやってきた。


「生徒会長に立候補させていただいた花井美桜です。みんなが居心地の良い学校を目指して頑張りますので、清き一票をよろしくお願いします!」


選挙の挨拶回りか、雫先輩はやらないのかな。

そんなことを考えていると、美桜先輩と入れ違いで雫先輩が教室に入ってきた。


「音海雫です。清き一票をよろしくお願いします」


......それだけ?こんなんで本当に大丈夫なのかな......


雫先輩が教室から出て行くと、次は結愛先輩が教室に入ってきて、僕の膝の上にちょこんと座った。


「結愛先輩?」

「いただきます」


何故か僕の机に弁当を広げて、平然と弁当を食べ始めたのだ。


「あの......僕を椅子にしないでください」

「いい座り心地」

「蓮!」


千華先輩まで来ちゃった〜!


「は?結愛、なにしてんの?」

「蓮に座ってる」


千華先輩は結愛先輩を突き飛ばし、僕に跨ると、頭を押さえてキスしてきた。

驚きと恥ずかしさのあまり、教室に居た生徒達のざわめきが籠もって聞こえる。


「やめろ‼︎」

「うっ」


結愛先輩は千華先輩の肩を殴り、その衝撃で僕と千華先輩は抱きついたまま倒れてしまった。すると千華先輩は小さな声で言った。


「私を罵って」

「え、そういう趣味ですか」

「美桜が見てる」


そういうことか。


「ち、千華先輩‼︎なにするんですか‼︎」

「だって蓮は私が好きなんでしょ?キスできで嬉しいよね?」

「はい‼︎」

「え⁉︎♡」


間違えた〜‼︎‼︎‼︎


「ち、違くて!ふざけないでください!もう僕に近づかないでください‼︎」

「そんな......」

「早く出て行ってください!」

「......分かった」


本当にこれでいいの⁉︎なんかめっちゃ可哀想‼︎


「蓮はやっぱり私が好きなんだ」

「結愛先輩も出て行ってください」

「なんで?」

(私も......キスしていいのかな)

「迷惑なんです!」

「そっか......ごめん」


二人が教室から出て行くと、それを見ていた男子生徒達が僕を睨んできた。


「蓮って生意気じゃね?」

「モテるからって調子乗ってるよな」

「俺ならあんな美少女、喜んで付き合うぜ?」

「お前は無理だ」


なんか、僕悪者になってるし......


それを見た美桜先輩は満足そうに立ち去った。

(あとは乃愛と梨央奈。こんな上手くいくなんて......私って天才!)


その日から毎日、乃愛先輩の階段移動は僕が手伝い、乃愛先輩との距離が一気に縮まった。

これは僕の個人的な感情だけど、乃愛先輩の笑顔を見ると、演技だとしても傷つけることに躊躇してしまう。

瑠奈は全然学校に来ないし......演技でみんながバラバラになって、その先でなにをするつもりなのかも僕には分からない。

とにかく明日は生徒会選挙の演説がある......そこでなにか分かるかもしれない。


「蓮!毎日ありがとう!」

「あ、いえいえ。あの......」

「なに?」

「いつ乃愛先輩を嫌うふりをすれば......」

「......」

「乃愛先輩?」

「このまま、本当に私を好きになってよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る