第14話

 英彰ひであきがサッカーに戻ってきた理由は分からない。

 自分への想いに醒めたからかもしれないと悠栖ゆずは正直期待したのだが、サッカー部に入部することになった英彰自身からまず真っ先にその可能性を否定された。

 否定した後、縁を切ると言った言葉や悠栖を傷つけた諸々の言動を撤回させて欲しいと頭を下げてきた英彰。友人として付き合いを続けていきたい。と。

 悠栖はその申し出に、同じことがまた繰り返されるのでは? と不安を抱いたが、それでも『分かった』と頷いた。

 先の不安を理由に親友を失いたくなかったから。

 英彰と再び『友人』として付き合いが始まったのは、今から一週間程前の事。

 すぐに元通りに関係が修復されるとは思っていなかったが、一週間経過した今もギクシャクしてしまう悠栖。

 一方で、数日は同じ様子だった英彰は、自ら悠栖に話しかけることができるほど関係修復に前向きになっていた。

 現に今も『友人じゃなかった』期間があるとは思えない程昔と同じ調子で声を掛けてきた。

 悠栖は心の中で何度も『普通に普通に』と繰り返し、笑い顔を貼り付けて「どうした?」と声を返した。

「ああ、いや、ここじゃなんだし、歩きながら話せるか? 何処か行くところだったんだろ?」

「あー……っと、俺は購買に行くところだったけど……」

「俺『も』行くところだった」

 言い淀んでいれば唯哉いちかから訂正が入る。

 先程とは状況が変わってしまった事もあり、悠栖はこうなってしまったら不本意でも三人で購買に行くしかないかと肩を落とした。

 唯哉からは文句を言いたそうな視線が向けられ、悠栖はそれから逃げるように無理矢理明るい声で「行こうぜ!」と二人を促した。

 悠栖が先頭を歩き、二人がその後ろを追いかけるような形で一旦部室へと向かう。

 その道中、他の部員達から十分距離ができたところで英彰が口を開いた。

「なぁ、悠栖の飲み物、無くなってないか?」

「! 無くなってる! なんで知ってるんだ?」

 そもそも今購買に行く一番の原因がそれだ。

 悠栖は後ろを振り返り、飲み物がないから買いに行くんだと英彰に話した。

 唯哉からは「転ぶぞ」と注意を受け、英彰からは「やっぱり」と声を貰う。

「『やっぱり』?」

「休憩前に俺らが荷物置いてる場所に誰かいたんだよ。たぶん三、四人ぐらい。連中が誰かとかまでは分からないけど、その中の一人が悠栖のペットボトルを持ってた気がして『まさか』と思ってさ」

 やっぱりあいつら盗んでいったみたいだな。

 そう零した英彰は誰の目から見ても不機嫌だと分かる顔をしていた。

 そしてその隣で唯哉も眉を顰めて「また始まったか……」と不快感を露わにしていて……。

 悠栖は二人の様子に空笑いを浮かべ、「なんか、ごめん」と謝った。別に悠栖は何も悪くないのに。

 当然二人もそう思っているから悠栖の謝罪に声を合わせて謝るなと言ってくる。

 もしこれが初めての事なら二人の言葉通り自分は悪くないと思っていただろう。

 憤慨して犯人探しに躍起になったかもしれない。

 だが、残念ながら今回のようなことは初めてではなかった。

 初等部の頃から度々起こっていたことで、何度も繰り返されれば怒る気力もなくなるというものだ。

 それどころか、自分にも非があると考えてしまうようになってしまう。

「いや、でも、この時期はダメだって忘れてたのは俺だし」

「馬鹿。そもそも人のモノを盗む奴が悪いに決まってるだろうが」

「唯哉の言うとおりだぞ。これは『悪ふざけ』でも『若気の至り』でもなく『窃盗』だ。つまりただの『犯罪』なんだよ」

 二人の言っていることは本当にその通りだと思う。

 でも、昔からこういう事が起こる度に言われた『隙を見せたお前も悪い』という言葉がどうしても忘れられない。

 悠栖は長年、何をどう言い訳しようとも『相手が悠栖の意思を歪め捉えた』という真実が何故か『悠栖が勘違いを招いた』という責任転嫁にすり替えら、周囲から責められてきたのだ。

 こういったことが起こった時、悠栖に非は無かったと言ってくれるのは今目の前に居る二人と、同じ被害に何度も遭っている他の『姫』達だけ。

 他は『被害者』にも責任があると言ってきたものだ。

 悠栖は変わらない二人のスタンスに感動してちょっぴり泣きそうになってしまう。

 まぁ男子高校生が軽々しく泣くわけにはいかないから、我慢するのだが。

 だがそれでも感極まって二人に感謝を伝える悠栖。

 二人はそれに面食らった顔をするものの、すぐに礼を言われる事じゃないと苦笑を返してくれた。友達なんだから当然だろ? と。

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