第13話

(『あんまり残ってない』って量じゃなかったのに、マジでチカって良い奴過ぎだ。俺だったら絶対『遠慮なしかよ』とか言ってそうな所なのに)

 ペットボトルに残る氷を見れば溶けていた量はおおよそ見当がつく。

 そこから今自分が飲んだ量を引いたら、きっと唯哉いちかはまだ乾きが満たされていないはず。

 本当ならすべて自分が飲み干したかっただろうに、自分の飲み物を見失った友人のために喉の渇きを耐えて命の水を分け与えるなんて、唯哉の前世は天使かなにかだったに違いない。

 悠栖ゆずはそんな親友の為に購買の自販機まで飲み物を買いに行こうかと考える。

 一度部室に寄って財布を取りに行かなければならないから、飲み物を買って戻ってくる頃には休憩時間は数分残っていれば良い方だろう。

 しかし、休憩時間よりも親友の好意に少しでも恩返しする方が重要だと感じたから、悠栖は前を歩く唯哉を呼び止め、購買までひとっ走りしてくると伝えた。

「今から? なんで?」

「いや、休憩終わったら、走り込みだろ? 絶対汗だくになるだろうし、次の休憩入ってすぐに飲める物がないと辛いし」

「ああ、なるほど。確かに一理あるな」

「だろ? じゃ、そういうことだからひとっ走りしてくるな!」

 唯哉に気づかれないように小さな嘘を織り交ぜるのは、恩を売るような真似をしたくないから。

 それでも多く言葉を交わせば自分の嘘はすぐにばれてしまうだろう。

 だから急いでこの場を離れようとする悠栖。

 すると、思惑を知らない唯哉は『良い奴』っぷりをまたしても発揮してきた。

「待て待て、俺も行く」

「! え? なんで!?」

「『なんで』って、何驚いてるんだ? 俺も飲み物が欲しいからに決まってるだろ?」

 呼び止めてきた唯哉は「急ごう」と隣を通り過ぎる。休憩時間を少しでも節約しようと早足で。

 だから今度は悠栖がそんな唯哉を追いかけ、呼び止める。待て待て待て! と。

 親友を止めようと必死の形相で腕を掴む自分の行動は、唯哉から見れば不可解な言動にしか映っていないだろう。

 悠栖は、行動した後に不信感を与えてしまったと気づいた。

 慌てて手を放し、誤魔化そうと頭を働かせる。

 しかし、周囲から『悠栖を超える馬鹿正直はいない』と言われているぐらい嘘を吐くことが苦手な性格のせいで巧い言い訳は全く思い浮かばなかった。

「悠栖」

「あ、いや、ほら、あれだよ、あれ」

「どれだよ」

「えーっと、だからその……」

 不味い。頭が真っ白だ。

 唯哉の何か言いたげな顔を前に、『早く弁解しないと』と焦る悠栖。

 それは誰の目から見ても一目瞭然で、当然目の前にいる唯哉にも伝わっているだろう。

 しかし、唯哉が悠栖の挙動不審さに突っ込みを入れようとしたその時、予想外の人物から声がかけられた。

「悠栖、唯哉、ちょっといいか?」

「! お、おう! なんだ!? って、ひ、ヒデ……?」

 呼ばれた名前に、天の助けだと思ったのは一瞬だけ。

 何故なら今自分達を呼んだのが、元親友の英彰ひであきだったから。

 一週間の体験入部の後、正式にサッカー部に入部届を出した悠栖。

 その時、偶然英彰と職員室で鉢合わせた。

 英彰は帰宅部のはずだから悠栖とは別件で職員室を訪れたのだろうが、覚えた気まずさは半端なかった。

 縁を切られた時に『お互いのために以後声は掛けない』と言われていたわけだが、目が合ったのに無視するのも感じが悪いと思い、挨拶程度に声を掛けた。

 英彰は一瞬驚いたもののすぐに視線を逸らし、でも挨拶を返してくれた。

 いろんな感情を覚えたが、英彰が言葉を返してくれたことがめちゃくちゃ嬉しかったって事は今でもはっきり覚えてる。

 そして挨拶が返ってきた事よりも何よりも嬉しかったのが、英彰が手にしていた入部届の存在だ。

 はっきりと『サッカー部』と書かれていたそれに、一瞬で柵を全部忘れて喜んだものだ。

 英彰の想いには応えられない。でも、英彰はまだ自分にとってかけがえのない親友であり、よきライバルであり、そして目標でもあった。

 悠栖は同じポジションだからこそ知っていたのだ。英彰の才能のすばらしさを。

 だからこそ、自分との色恋のせいで英彰がサッカーを辞めてしまうのは耐えられなかった。

 唯哉や那鳥なとりのおかげで衝動的にサッカー部を辞めることはしなかったが、それでもこの三年間サッカーを続けることはないだろうと思っていた。

 だが、自分がサッカーを諦めるに至った理由がサッカー部への入部届を手にしている。

 それに悠栖が喜ばないわけがなかったのだ。

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