第三十七夜 富士坂警察 

 麻里奈は既に誰かによって車で攫われた。そう考えるより他なかった。


「双葉、落ち着いてきいてくれ。麻里奈を追ってたんだけど、麻里奈の足跡がお前の家から坂を200mくらい上がった所にゴミステーションがあるだろう? そこで途絶えていて、車のタイヤの跡があった。多分誰かに車で連れていかれたようだ」

 晴矢は双葉に電話越しにそう話した。


「なんだって⁉」

 そう言ったきり、双葉はしばらく絶句してしまった。


「分かった。もうこれはあの男の事を隠し通せる状況じゃないな。お前はそのまま警察に現場から電話をしてくれ」

 絶句したのではなく、双葉は部屋から外に出るために話せなかったようだ。さっきとは違って、声量は小さくはない。 


「分かった。警察沙汰にあちらがしてきたんだ。とにかく麻里奈を救わないと」


「俺は嫌だけど親父の伝手ツテで何かできないか探ってみる」

 そう言って双葉は電話を切った。

 電話越しでも、双葉の苦渋の顔が浮かぶようだった。


 麻里奈の小さめな靴の足跡も、おそらくは双葉の家から続いてたであろう車のタイヤの跡は、もう判然としないくらいに降り積もる雪が追いかぶさっていた。


「緊急電話110番です。事故ですか? 事件ですか?」


「友達が、友達が誰かに車で連れ去られたようなんです」

 晴矢はそう単刀直入に言った。


「今の事ですか? どこですか?」

 「はい、たった今です。富士坂三丁目の近くですが、ちょっと番地までは分かりません」


「近くに何が見えますか?」


「いいえ、これといった目印は。市議会議員の但馬一穂さんの家の前の道を、200メートルくらい坂の上の方に上がった所です」


「但馬一穂市議会議員自宅から200m坂上に登ったところですね?」


「はい」


「犯人を見ていますか?」


「いいえ」


「細かい状況が分かったら教えてください」


「但馬議員の家から、友達が走って出たので、俺が追いかけて言ったんです。そうしたら友達の雪の上の足跡がここで止まっていて、なにか乱れた感じでした。同じく車のタイヤの跡があって、友達を拉致してそのまま坂上の方向に走り去ったんだと思います。」

 そんなやり取りをしばらく行った後、5分と経たずに富士坂2丁目にある富士坂署から2台のパトカーがやって来た。

 一方で110番のオペレーターは走り去った車を網を掛けるために、検問を敷くと言っていた。


 そして間もなく双葉たちも、双葉の母と共に現場に現れた。

 

 雄二は暗くても顔面蒼白なのが分かるくらいで、香織と奈央は、完全に憔悴しきっている。


 その状況を見た警官の一人が、


「何があったのか、署に来て話してもらえるかな?」

 と言った。


 任意だろうが、晴矢たちに選択肢はない。麻里奈の命が最優先だ。


 しかし双葉の母は何のことだか当然のことながら状況を呑み込めない。


「双葉さん、一体、一体何が……」


「母さん、話は警察に行ったあとにするよ」

 そう言って双葉は話を切った。


「じゃあ、みんな後ろの座席に乗れるかな?」

 晴矢達7人に双葉の母を加えると定員オーバーだ。


「梶谷巡査と野呂巡査は徒歩でたのむ」

 晴矢たちに話しかけた警官は同行してきた二人の警官にそう告げて俺たちを2台に分乗させた。


 麻里奈を乗せた走り去った車の代わりに、パトカーの轍が雪の上につけられた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「この事件の担当をさせてもらう山岡です」

 ゴマ塩頭の50男がそう言って富士坂警察署のロビーで待っていた俺たちに声を掛けてきた。


「110番に電話をしてきたのは君かな?」


「はい、俺です」


「君は私と一緒に来てくれ。そのほかの子たちはこっちの富沢警部補が案内するから」

 晴矢が俺だけなんで? という顔をしていたら、察してくれたのか山岡という刑事は、


「この事件だけど、誘拐の案件だけじゃなさそうだってことで、君には誘拐の件を聞くよ。それから君たちは何かあったんだろう? その件を一人一人に話を聴くだけだから心配しなさんな」

 なるほど、そう言うことか、と晴矢は合点がいった。


 晴矢は山岡刑事について行って、取調室に通された。


 部屋は確かに刑事ドラマで見るようなレイアウトで、雰囲気まで同じだ。

 

「じゃあ、色々聞かなきゃいけないから、始めようか」

 そう山岡刑事に言われて晴矢の緊張は高まった。


「何がどうなったのか、時間を追って話してくれるかな」


「今日は俺たちで、双葉の、あ、いえ、但馬君の家でクリスマス会をやろうって集まってたんです」


「それが何時くらいだったの?」


「集まったのは4時過ぎくらいだったかと思います。その後、女子は但馬君のお母さんに付いて料理を、オレたちは三丁目の洋菓子屋にケーキを買いに行ったんです。それが5時すぎだったかな」

 山岡刑事は腕組みをしながら晴矢の話を聴いていた。

 違う刑事がノートを取っている。


「それで、食事が始まったのは6時半くらいでした。7時前にはみんな食べ終わったんで、買ってきたケーキを食べていたら但馬君のお母さんが少し拉致られた関さんに強く当たったので、関さんが雪の中に飛び出していきました。」


「なるほど。で、禎元くんが追いかけて行ったけど、あの現場で関さんの足跡が途絶えていたってことね」


「はい、そうです。」

 

「ちなみにさ、関さんの保護者に連絡したんだけど、まったく取り合ってくれないんだよ。君、彼女の家庭について何か知ってる?」

 山岡刑事とのやり取りについて、晴矢はなんだか嫌な感じがしていた。


 晴矢は麻里奈の母については事はあまり知らない。

 娘が拉致されたというのに、一体どうなっているんだろうかと不信が募った。

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月は君を見ていた Tohna @wako_tohna

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