第三十五夜 降誕祭

 今日は二学期の終業式だ。

 

 一昨日の地域リーグで一日二試合やったこともあり、昨日は完全にオフ、今日は疲れを抜くための簡単なアップのメニューをこなすよう自主練として課されていた。


 そして今日はクリスマスイブだ。


 いつものメンバー八人で、双葉の家に集まることになっていた。

 逆に八人が集まっても構わないような広い家なんて他にはない。


 なんでも、双葉のお母さんと、女子四人で何か作ってくれるらしい。


 来年の今頃は受験でそれどころじゃないだろうし、今年のことで言えば明日から冬休みだけど、どっちにしろサッカー漬けの毎日だろう。とにかく今夜を楽しもう、そうみんなで決めていた。


 思えば、この一ヶ月あまりの短い間に色々ありすぎたのに、それを話すために八人で集まることもなかなか出来なかった。


 台風があったし、試験があったし、サッカーの試合で柊と双葉だけじゃなく、雄二やオレまで活躍できた。


 それに、アイツがオレたちを探しにきている。


 嬉しいこと、ヤバくて怖いことがごちゃ混ぜになって気分が落ち着かない。そんな日々を過ごしてきて、みんなで馬鹿騒ぎをしたくなっていたのはオレだけじゃない。


 オレたち男子は、小遣いを出し合って、富士坂三丁目の洋菓子店「ル・コント」で一番大きな苺のショートだけどクリスマスケーキを買ってくることになっていた。


 双葉はそうでもないけど、柊と雄二は甘いものに目がない。


 オレも嫌いじゃないかな。


 双葉はもっとビターなチョコレートケーキがよかったのに渋々「ル・コント」に予約を入れてくれていた。


 わざわざ四人でケーキを取りに行く事にした。


 双葉の家にわざわざ自転車で一旦集まった男子四人は歩いて五分くらいの富士坂三丁目まで歩いて行くことにした。自転車には積めないし、振動で崩れてしまうかもしれないからだ。


 四人の共通の話題はやっぱり地域リーグということになる。


「第三節、四節は二十九日にどこでやるんだっけ?」

 柊はあまり細かいことを気にしない。ちょっとオレはイラっときてキツく言ってしまった。


「お前サッカーは好きなのに…ちゃんと山田さんの話聞いておけよ」


「悪ぃ、聞き流しちゃったんだよ。」

 すると雄二がフォローに回る。


「柊もあん時ゃお疲れだったろうし。そんな教えてやれば済むことじゃん?」


「まあそうだけどさ。松本だよ。遠征だな。」


「えー! マジか? で、松本ってどこ?」

 マジか、の意味は特になさそうだな。


「電車で二時間ちょっとかな」


「おお! なんか楽しみだな?」

 柊は本当に能天気な奴だよ。遠足に行くみたいに言ってやがる。


 「ル・コント」に着いた俺たちは、双葉に一人千円ずつ渡した。

 さすがに全部で四千円のケーキはそこそこの大きさで、これなら八人で食べても問題なさそうだ。


「今日は何を作ってくれるんだろうな?」

 雄二が何かを妄想してそうな顔をして言った。


「俺チキンがいいな!」

 と柊。


「双葉は何か知ってるんだろう?」

 俺は双葉のお母さんがあの四人を手伝ってくれるということだったので、聞いてみた。


「まさか。母さんは手伝うだけだって言ってたぜ」

 そんなことはないだろう……


 富士坂三丁目のスクランブル交差点を、斜めに横断しようと俺たちは信号待ちしていた。


 今日はクリスマスイブだ。かなりの人出だ。

 談笑していた俺たちはふと交差点の向こう側をみた。


 まったく無頓着に伸ばした髪の毛、カーキ色のロングミリタリージャケットを羽織り、表情は虚ろなあの男がこちらを見ていた。


 今日は、柊がいる。柊は俺たちがしたことを知らない。

 柊にバレるのは嫌だ。

 

 おそらく俺以外の二人も、同じことを考えていたのだろう、身構えている。


 俺たちの表情の変化を察知したのか、柊が


「おい、どうしたお前ら。急に黙っちまって」

 俺は慌てて取り繕う。


「いやさ、あいつらちゃんと料理なんてできるのかね? って思ってたんだよ」

 雄二も慌てて、


「そ、そうだよ。折角のクリスマスイブだからな」

 と答えには全然なっていない返し方をした。


 歩行者信号がついに青になった。

 もう、引き返せない。


 20m、15m、10m。


 男と俺たちは、相対的に近づいている。俺は視線を合わせないように、それでいて男の視線を確認しながら歩いている。

 

 男は、オレたちを間違いなく見ていた。


 これはヤバイ。後5m。回避するなら今しかない。俺たちには斜めに逸れて行く選択肢がまだあったのだ。

 

 しかし双葉は強行突破を選択した。

 俺たちの2mほど横を、男は通り過ぎて行った。顔はこちらをロックオンしているかの如く俺たちの方に向き続けていた。


 俺たちの誰も言葉を発することは出来なかったが、行違うことで少し安堵感が生まれたのは間違いなかった。しかし、オレたちもあの男を振り返りながら見続けていた。


「おい、お前ら一体何を見てるんだ?」


「い、いやなんかモッサいおっさんが居たな、と思ってね」

 そう柊の問いに応えたオレがもう一度視線をあの男に合わせた時、もう行違ってお互いにスクランブル交差点を反対側に渡り切っていた。


 そして俺たちが見たものは男の、


「み・つ・け・た」


 という四つの口の形と、なんとも形容しがたい、気色の悪い男の表情だった。 






 



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