第二十七夜 子羊たち
「さあ、みんないいかー? 自分の班の人は全員いるかー?」
五年生の時の担任の先生だった川嶋先生は、運動場に集められたクラスのみんなに「オリエンテーリング」を行うために班分けを行い発表した。
そして班に分かれたばかりのメンバーを確認する意味でそうやって声をかけた。
ここは、武蔵山市の中心街から20㎞ほど離れた山里にある「少年自然の家」だ。
武蔵山市の小学校では、五年生になると学校が順番でこの少年自然の家に寝泊まりをする「移動教室」を夏から秋にかけて行うことがカリキュラムになっていた。
少年自然の家は、施設の北はを森に囲まれていて、南側には大きな運動場があり、さらに向こうには赤笹川の本流である増尾川がゆっくりと流れている。
良く晴れた九月の最終週だったと思う。
バスに分乗してやってきた、俺たち
友達と一緒に外泊をする、という体験を通じて協調性だとか、協力をしあって何かを成し遂げることが目的だったのであろう。
様々なカリキュラムが組まれていたが、俺だけじゃないと思うけど、みんなとにかく楽しみにしていたし、カリキュラムについては上の空だった。
バスを降りると、各クラスの担任から六名ずつ施設の二階にある各部屋に割り振られた。
縦長の部屋は、入り口のドアを開けると対面にある窓に向って右側に作り付けの二段ベッドが三台並んでいた。
そして通路を挟んで左側には六人が並んで勉強ができる学習机が並んでいた。
俺の部屋は、当時のクラスメート五人と一緒で、その中には双葉と雄二はいなかった。
「俺、上の段!」
「俺も!」
「えー、俺上がいいよー!代わってよ!」
みんな口々に上の段を取りたがるのはなぜなんだろう。
「俺は下でいいぜ?」
と俺はみんなに言ってさっさと上の段を譲って下の段の真ん中のベッドに荷物を置いてしまった。
「じゃあ、じゃんけんな?」
俺以外は全員上のベッドがよかったみたいで、じゃんけんを始めた。
壁が薄いのか、隣の部屋でもほぼ同じような状況が生まれていることが手に取るように分かった。
壁に耳を当てなくとも、
「じゃん、けん、ぽーん!」
とみんなで大声でじゃんけんしているのが聞こえるからだ。
散会の前、荷物を置いたら一階にある大食堂に集まるように言われたいた俺たち生徒は、三々五々、大食堂に集まってお昼ご飯となった。
昼食は、カレーライスだった。定番と言えば定番か。
お代わりもして、すっかり腹が膨れたところで学年主任だった川嶋先生が、全員を前にカリキュラムの話をし始めた。
「今日は、午後にまず、班に分かれて『オリエンテーリング』だぞ。それが終わったら、夕ご飯を兼ねてみんなでキャンプファイヤーすることになっている」
校外学習のしおりを事前に配られていたので、『オリエンテーリング』が何を示すものかはもちろん知っていた。
でも、みんな実際にやったことはないのでどんなものなのか想像を巡らせていたんだ。
「ポスト」ってどんな大きさなんだろう。もしポストが見つからなかったらどうしよう、とかそんなことを口にしていた。
しかし、女子たちは少し男子たちとは違う雰囲気だった。
班分けに興味の中心が置かれていたようだ。女子たちのほうが精神的にませていて、誰々と一緒になりたいだの、なりたくないだの話しているのが聞こえてくる。
「但馬君と同じだといいよね?」
「うん!但馬君カッコいいし!」
その頃、俺と双葉はそれほど仲が良い、と言うほどでもなかった。
むしろそうやって当時から女子にちやほやされているのが目障りだったので、積極的にはかかわらないようにしていた覚えがある。
「あいつのお父さん、市会議員だろ?」
同部屋になった達也がそう話しかけてきた。
「市会議員って、どんな仕事してんだろうな?」
俺はウチの親父からそれとなく双葉の親父さんについては聞いていたから、
「武蔵山市の人たちが困っていることを聞いて、それを困らないようにするのが仕事だってお父さんが言ってたよ」
と答えると、達也は、
「へー、じゃあ偉いんだね?」
とちょっと目を輝かせていた。
川嶋先生が俺たちクラスの連中の前まで来ると、すかさず黒いバインダーを開いて、
「じゃあ班分けを発表するぞ!みんな仲良く短い時間でゴールに向かって頑張るんだ!」
「ポスト」のある位置が示された地図、ポストに書かれた文字を書き写す解答用紙とコンパスが配られた。
地図には習ったことのある畑、田んぼ、消防署などの記号が書かれている。
女子たちではないけど、先生が発表する段になると、流石に誰と一緒のチームになるかが興味の優先順位があがる。
俺は、男子はともかく、奈央が一緒だといいなと思っていた。
すると、「晴矢、同じ班になりたいんだけど何とかならないかな」
と、香織が声をかけてきた。
「そうだな、でも先生がもう決めちゃってるんだろう?他はは誰がいい?」
すでに香織と登下校を一緒にするように母さんから言われていたので、香織は俺には慣れている。
他にはそれほど仲の良い友達もいなさそうだったから香織は一緒のほうがいいと思っていた。
「じゃあ発表するぞー。1斑、佐々木、渡辺、横山、桜井、坂上、中村」
「えー、まじかよ!『ヨコチン』と一緒なんてやだなー」坂上ユリカが顔を歪めて言った。
名指しで拒否された《ヨコチン》こと横山謙一は真っ赤な顔をしている。
クラスのみんなの笑いとともに川嶋先生の怒号も飛んできた。
「おい、坂上。横山と仲良くやるんだ。わかったな?」
不承不承「はーい」とユリカは言ったが、ヨコチンは怒ったままだ。
でも、人間は不思議なものだと思う。この二人が二人きり仲睦まじくしているのを富士坂三丁目あたりで最近見かけた。きっとこれがきっかけだったんだろうな。
「最後、6班。但馬、禎元、荒巻、女子は三谷、緒沢、関の六人だ。以上。自分の班が分からない人いるかー?」
「晴矢、一緒の班に、なったね。アタシ、ちょっと祈ってたんだ」
と、香織。
ちょっとドッキリした。
でも、正直言うとオレは奈央と一緒になれた事にもっとドキドキしてた。
後はチャキチャキした関麻里奈、背が低くてうるせえ荒巻雄二、そして但馬双葉。
俺たち六人、放課後に自習室で集まるメンバーは、このオリエンテーリングの班で、初めて一緒になったんだ。
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