第二十夜 傷舐め合う二人

 双葉は、母を詰った後、決まりが悪くて外に出た。

 何も考えず家を飛び出したので、


「ボール持って来ればトレーニングできたのに」

 と後悔して溜息をついた。


 仕方なく、繁華街へ向かう。生活指導の教師が巡回しているとの噂だったが、お構いなしだ。


 昼食を買いに来た、とかなんとか言えば言い逃れできるだろう。


 双葉が三丁目の交差点をデパートに向かって渡ると、角にある「ムッシュドーナツ」に麻里奈が入って行くのが見えた。


 小走りに近づいて行って、


「おい、麻里奈!」

 と、店の中で少し虚な目をしてドーナツを選んでいる麻里奈に呼びかけた。


「麻里奈、聞こえないのか?」

 漸く麻里奈は双葉に気がついた。


 母親に外出を強制され、心はささくれだっていた。それ故に見るもの、触るもの実感がなく、双葉の声もまるで現実のものじゃない様に聞こえていたのだった。


「あ、双葉」

 次に継ぐ言葉が見つからない。


「どうした?元気ないじゃん。いつも元気な麻里奈らしくない……」

 と双葉が言いかけると、麻里奈の両眼からは玉のような涙が溢れてきた。


「ど、どうしたんだよ、こんな所で泣くなよ」

 店内は主婦や若い女性でほぼ満席だった。


 麻里奈は一目も憚らず声こそは上げなかったが泣き続けた。主婦のグループは、眉を潜めて双葉と麻里奈について何か言っているのが見える。


 双葉は居たたまれなくなって、


「とにかく外に出ようぜ?」

 と、促すと、麻里奈は無理に笑顔を作って、


「ゴメン……ね。双葉。迷惑かけて」

 と努めて明るく答えて、双葉に付いて店を後にした。


 二人はデパート「木下屋」の中に入り、エスカレーターを乗り継いで屋上までやって来た。


 木下屋の屋上には、簡単な児童用の遊戯施設と、観賞魚のショップがあった。まるで昭和にタイムスリップしたような昔ながらの風景だ。


 パンダと象と熊、そして猫の形をした百円で5分動く遊具の前に二人がけのベンチがあったのでそこに座る事にした。


 座るなり双葉は、


「麻里奈、どうしたんだよ。何かあったのか?」と訊いた。

 麻里奈は、


「ちょっとお母さんと喧嘩してさ」

 と短く答えた。


「俺も親と揉めちゃってさ。アニキもなんかニートのくせにオラついてて来やがって腹立つから家出てきた」

 自販機で買ってきたペットボトルの水に少し口をつけて双葉も家庭内の諍いについて話した。


「双葉んちはさあ、お父さんは偉い人だし、その……お金持ちだし、お母さん素敵な人でウチとは何もかも違うのに、なんでいつもそんなに喧嘩ばかりしてるのよ?」

 少し麻里奈は意地悪な質問をぶつけてきた。


「そもそも市議で金持ってるってなんか怪しいだろ。ウチは全て上辺だけのクソみたいな家族だよ」


 麻里奈は双葉の思いがけない答えに、驚き、一方では正直に言うと何か救われるような気持ちになった。


「エリート一家もいろいろあるんですなあ」

 いつもの様に少し意地悪な笑顔をして麻里奈は言った。


 双葉は笑って、

「こんな事話せるのは麻里奈しかいないんだからな。他のやつに言うなよ」

 と念のため麻里奈に口止めをした。


「へいへい、りょーかい」

 そう答える麻里奈に双葉は、


「なあ、このまま、俺たち何処か遠いところに行かねえか?」

「えっ、でも…」

「金ならある。悪い金も良い金も金には色はついてない。親父の財布からくすねてきたんだ」

 麻里奈が心配そうに言ったので双葉は安心させようとして金銭面の心配はないと言ったつもりだったのだが、


「そうじゃなくてさ、双葉、アタシと一緒にそんなことしたらアンタの評判落ちるよ? それになんでアタシなの? アタシは双葉の何なわけ?」

 麻里奈は毅然とそう答えた。


 密かに好きな双葉に思いがけない嬉しい提案を受けたものの自分には双葉との身分差のような引目を感じていたので双葉が軽々しく考えなしにそう言ったと思ったからだ。


 実際、双葉は単に家族に苛ついていただけだった。

 家族を困らせてやろう、それくらいの浅い考えの思いつきだ。


「麻里奈は俺にとって何、って改めて言われるとなんか答えにくいな。でもお前、そんなこと言うなよ。麻里奈と一緒にいたからって俺の評判なんて落ちねえって」

 双葉のそんな言葉も虚しく、麻里奈は劣等感の塊となっていた。


「双葉のような生まれ育ちしてたらアタシももっと自信持って生きていけると思う。双葉は贅沢だよ」

「何でそんな話になるんだよ」

 双葉がそう言うと、麻里奈はすくっと立ち上がって館内に向かって歩き出した。


「ちょっと待てよ!」

 麻里奈を追いかける双葉。


 すると、麻里奈の前に、男女二人が立ち塞がった。

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