49.戦えない勇者と戦いたい魔導士

 正子先生が釈明のような説明を続ける。


「まあ最初のうちはね、手っ取り早くマサオちゃんに任せて、ヒロインの座を奪い返してもらおうと、楽観的に考えていたの。様子見のつもりで、マサオちゃんにも情報を小出しにしてたわけよ。でもねえ、どうもうまく行きそうにないって、途中から、そんな感じがしてきたわ。それだけハギノちゃんの存在の力、というかキャラクターパワーが強いのよね。地味系女子なのに」

「おい猪野、言われてるぜ?」

「はい。わたくし地味ですわ」


 屈託のない笑顔を返す萩乃。

 やはり正男は突っ込まずにいられない。


「おいおい、あっさり認めんのかよ!」

「はい。大森くん」

「それなのよ。その素直さ、純粋さがね、あたしにはないの。ヒロイン向いてないのかなあ、あたし」

「だな、先生は三十路の悪役講師なんてのが、似合ってんじゃね?」

「言ってくれるわね? それと、あたしはまだ二十八歳よ!」

「あ、やっべぇ、アウトですか?」

「ぎりぎりセーフよ。でもその先を言えば、張り倒すわよ?」

「わかった……スマン」

「くすっ」


 正男と正子先生が繰り広げる「かけ合い漫才」みたいな会話に、萩乃は思わず吹き出しそうになるのだった。


「それでね、ハギノちゃんにさっさとベストエンドを迎えてもらって、マサオちゃんを成仏させて、そしてあたしがヒロインに返り咲く、なんてね。そういうふうに路線変更しようって思ったわけよ。だから今は脇役に徹しているの。どうよ、この健気な乙女心は?」

「誰が乙女だよ?」

「あたしよ」

「二十八歳のか?」

「そうよ」

「おば、あっ、やっべぇ、アウトですか?」

「アウト!」

「くすっ」


 また姉弟漫才が始まっている。萩乃も兄とは仲のよいほうだが、この姉と弟の軽快なコンビネーションは新鮮でもあり、少し羨ましくもある。


「ほらまた、清純派ヒロインのプライスレスお嬢様スマイルとでも呼べるような、その無垢な笑顔がねえ、あたしじゃとても太刀打ちできないのよ。ホント、若いって得よね~」

「いや、それは若さだけの問題じゃねえと思うけどなあ」

「あんた、あたしが性格悪いと言いたいわけ?」

「ヤー!」

「言ってくれるわね? まあ、あたしも自覚はしてるわよ。それで実際に脇役をやってみて、このポジションも楽でいいかもね、とか思っちゃって。だから、とりあえずはあんたたちに協力してあげるわ」

「ありがとうございます。大森先生」


 萩乃が正子先生に向かって丁寧にお辞儀をした。


「でもねえ、ハギノちゃん。あんたみたいな戦えない勇者だと、この先ゲームは進まないわよ?」

「はい。すみません……」


 ここへ正男が「オレの番だぜ!」とでも言いたげな表情で割り込んでくる。


「なあ先生、ここはいっそのこと、ジョブチェンジはどうだ? このオレが勇者マサオ様に、なってやろうじゃねえか!」

「ダメダメ!」

「なんでだよ?」

「ヒロインのハギノちゃんが主役なのよ。あんたは違うんだから。直接的に戦うんじゃなくて、後衛の魔導士としてフクソカンスウロンを詠唱してなきゃね」

「あれなあ、なんか頭がすっげぇ痛くなるんだ。どうにかなんねえ?」

「無理!」

「そこをなんとか、チート技みたいなの、使えねえのか?」

「そんなのできないに決まってるでしょ。どうあがいても、あたしたちは一介のゲームプレイヤーにすぎないのだから」

「そうか……」


 とても悔しそうな歯痒い渋面をする正男。いくら戦いたくても、前衛になることを認められない魔導士なのである。


「……う~ん、それならやっぱりオレが二刀流というか、左手に本を持って、右手に竹刀を持つというのはどうだ。それで猪野と、鬼を挟み撃ちで攻撃するとか?」

「ホント諦めの悪い男だわ。このハギノちゃんはね、高校女子日本ベストエイトの実力者なんだからね。で、そもそもあんた、剣道何段?」

「いやあ、オレやったことねえ」

「バカ! この世界はねえ、道場以外の場所で竹刀を持っていいのは、十段以上に限られてんの。ちゃんとそういう規則があるんだから」


 つまり銃刀法という法律のことである。


「マジ?」

「マジよ」

「じゃあ猪野は、剣道十段以上なのか?」

「はい。四十四段ですわ」

「はあ? この世界の剣道って何段まであるんだ!」

「百段ですわ」

「なんだそりゃ! というか、誰か百段のやついるのか??」

「現在は誰もおられませんわ。でも、かつて水戸の御老公様が百段でしてよ。ご存知なくって?」

「知らねえし……あ、そんじゃ剣豪、宮本みやもと武蔵むさしは?」

「四十三段でしたわ」

「おいおい、猪野って武蔵より一段上なのか!?」

「はい」

「すげぇーっ! じゃあ新陰流の柳生やぎゅう宗矩むねのりは?」

「四十五段でしたわ」

「高校女子日本優勝者は?」

「四十九段ですわ」

「わおぉ~ん!」


 まるで負け犬の遠吠えのように叫ぶ正男。

 今の日本で活躍している剣道ガールズのトップは、昔の剣豪たちよりもレベルが上なのだ。ましてや竹刀を一度も構えたことのない者などお呼びでない。

 それでも正男は悪あがきを試みる。


「けど、動きの鈍った鬼の頭をぶっ叩くくらいなら、オレでもできるよな? ちょっと訓練してみるぜ、どうよ?」

「物理的に叩いたところでダメなの。鬼祓いの技は熟練を要すんだから。あんたが今からがんばってみたところで、最低でも十年はかかるでしょうね」

「きゃい~ん!」


 やはり負け犬のように吠えることしかできない正男だった。

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