48.改元の日&緊急会議

 教壇に立った先生は、怪訝そうな表情で正男たちを見据える。


「あんたたち、なにしてんの? 自分の席に戻りなさい。出欠取るんだから」

「先生、オレと猪野は今から緊急で文化委員会があるんだ」

「あらそうなの? それじゃ複素関数論は休講にするわ」

「いやいや、オレたちのことは気にせずやってくれ」

「それはダメよ! お仕事してくれてるあんたたちを放って、先に授業進めるのは悪いもの。まあ今日は改元の日でもあることだし、それになによりあたし、講義すんのめんどっちぃし」

「そんなことでイインカイ!」

「くだらないギャクかましてないで、さっさと委員会に行きなさい」

「わかったよ。猪野行くぞ」

「はい。大森くん」


 萩乃は正男のあとについて廊下に出る。

 結局、複素関数論の第三回目講義は講義が行われなかった。

 文化委員会本部までの道を並んで歩きながら、萩乃が申しわけなさそうに話しかける。


「あの、先程はすみません。わたくし、鬼を退治できませんで、またしても大森くんが、あのようなことに……」

「おう、でもまあ気にするなよ。オレはサイボーグで幽霊なんだし。あはは」

(なんと、寛大なお心ですこと! やっぱり大森くんなのだわ)

「なあ猪野、さっき大森先生が『改元の日』がどうとか言ってたけど、あれはどういうことなんだ?」

「今日は、大日本帝国の皇帝陛下が人工知能のメジャーバージョンアップをなさる日でしてよ。それで元号が明治から大正に変わったのですわ。ご存知なくって?」

「知らねえよ。というか、この世界の日本は人工知能が皇帝やってんのか?」

「はい」

「すげえなあ。オレの空想力を遥かに超えてるよ」

「そうですか」


 正男にしてみれば、昨日まで明治時代が長く続いていたことも驚きだったが、まさかAI(エーアイ)が皇帝を務めているのだとは、800万分の1%すら想定できなかったに違いない。


「で、西暦だと何年なんだ?」

「二千四十二年ですわ。明治元年がちょうど千九百一年でしたので、千九百プラス明治の年数で、簡単に計算できていましたわ。でも今では、西暦などほとんど使われませんけれども」

「ふーん、明治元年の年は、オレのいた世界とはズレてんだな。まあどうでもいいことだけど……」


 話しているうちに、文化委員会本部の建物に着いた。

 二人は中に入り奥へ進む。ここは医務室でもある。三つ並ぶベッドの一番奥に布団を被って誰かが寝ていて、黒い髪だけが見えている。

 前回訪れたときと同じように、正子先生がガバッと起き上がり叫ぶ。


「がおがおぉ~~」

「鬼化したのか?」

「くすっ」


 さすがに二度目なので二人は驚かない。萩乃は笑ってさえいる。

 正子先生はベッドから降り、出入り口のほうを指差した。


「マサオちゃん、そこのパイプ椅子を二つ持ってきて頂戴」

「お、おう」


 事務デスクの近くにある回転椅子に正子先生が座る。

 正男がパイプ椅子を運んで、その近くに設置する。まず萩乃に勧めて座らせ、自分も腰かける。それを待って正子先生が口を開く。


「マサオちゃんが鬼に刺されて、シーンGバッドエンド。ダメダメね。いつになったら第1話が終わるの?」

「なっ!?」


 これには驚かされる正男だった。


「なんで知ってるんだ!」

「あたしもね、プレイヤーだからよ」

「マジか!」

「どうして、お隠しになってらしたの?」


 萩乃は正男と違って平然としている。その辺りの事情に関しては、自己世界での昨夜、兄から詳しく話を聞かされたからだ。

 ともかく、このゲーム世界は、萩乃の『わたしだけの大森正男くんを攻略しちゃうよ!』の舞台であると同時に、正子先生の『女神マサコの講義お姉ちゃんパワー注入ミリオン%』ともオーバーラップしているという、特殊な歪みの生じてしまった世界である。本来なら、絶対に交わってはいけない二つの世界が接触しているのだ。偶然ではない。こういう事象を100%の確率で起こすように、猪野獅子郎という天才的ハッカーが仕組んだのである。

 二つのゲームの会合は、萩乃の夢に現れる正男を接点として引き起こされた。そんな彼こそが、一番に翻弄されているはず。


「そんじゃやっぱりこの世界は、オレの姉ちゃんがやってる、女神マサコの講義なんとかというセンスの悪いらしいタイトルの、乙女ゲームなんだな?」

「ある意味そうなんだけど、あたしは正確にはあんたのお姉ちゃんではないわ。ゲームをやってるのは、ハギノちゃんと同じ世界、同じ宇宙に存在している大森正子という美人女性よ」

「自分で美人だとか言ってんのか?」

「そうよ。なんか文句ある?」

「いや、別にいいけど……」


 正男の実の姉である、正男の宇宙に存在している大森正子は、ゲームなどやってはいない。毎日病院へ通い、意識不明の状況に陥っている正男の回復だけをひたすら祈っているのだ。

 その悲しく切ない真実を正男はまだ知らないでいる。むしろ今はそのほうがよいだろう。

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