第26話
高速で思考が巡る。
圧倒的死への暴力がメアへと迫る。
もしこのままでいたらどうなる?
メアは何も抵抗できずにそのまま死ぬのだろうか?
あの鋭い牙でメアの頭から丸かじりにされ頭蓋ごと砕かれてしまうのだろうか?
自分がさらされた圧倒的恐怖にわけもわからないままに痛みだけが全身を伝って徐々に意識が遠くなっていくのだろうか?
死の淵でメアは何を思うのだろうか?
今までの幸福がよぎるのだろうか?
行方不明な兄の無事を祈るのだろうか?
家族みんなで仲良く暮らせること信じている未来。
それが突如現れた獰猛な暴力で真っ赤に染められ。
泣きじゃくって真っ赤な顔のまま歪んでいくのか?
淡い青白いほほになっても最後まで泣きはらすのか?
あぁ、死というのは本当に………………。
「ケンジイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
ヒデヲの声が響き渡る。
出会ってたった一日ちょっとだが、俺のことを気にかけてくれた男。
何でも豪快に笑い飛ばして世話を焼いてくれた恩人。
その語る背中が。
メアを優しく撫でているその光景が。
頭を瞬時によぎると、体が動いていた。
「ッ!! っそがあああああああああああああ」
俺は全速力でメアの前へと飛び込む。
メアが獣の歯牙にかかるまであと僅か。
そこに身体をねじ込ませる。
腰を落とし腕を大きく広げ獣をにらみつけた。
瞬間、飛び掛かってきた獣の牙が俺の左肩へと食い込んでいく。
「っがあああああああああああああああああああったああああああああああ」
到来した痛みに大声を張ってこらえる。
あまりの激痛に手の鎌を落っことしてしまった。
クソッたれ! 武器が!
必死に踏ん張るも勢いは殺せずに地面に膝をつく。
狼は一切動じずに離れようとしないどころか、噛みちぎらんと圧を加える。
顎に力を入れんなヤバい痛い!
ガリガリと机に角がすれる。
狼の前足は片方が机に乗っかり、もう片方は宙を掻いている。
噛まれた傷口から徐々に血が流れていく。
ああくそ、どんどん出血してくぞ左腕はもう力が入らない。
だが倒れるな気張れ! すぐ足元にはメアがいる。
ここで俺が崩れてしまってはメアが助からない。
俺は必死になって自由に動く無事な腕で獣の下頸や横腹を殴る。
が全く効いている様子はない。
むしろ前足の爪が腕をかすめて危ない。
弄ばれているのか宙の前足は襲っては来ないようだ。
何か、何かないのか!? 鎌は手が届かない距離に放ってしまった。
くっ、いてえ!
素手の反撃をやめて必死に考え巡らせ痛みをこらえようと地面についた手の指先が何かに触れた。
俺はそれをめいっぱいの力で握り込む。
ドックン、と心臓が大きく脈動したが痛みと焦燥感で気にしている余裕はない。
思いっきり握った何かを、狼の腹へと向かって全力で振るった。
「うらっしゃああああああああああああああああ!」
全力で振るった何かは狼の腹を捉えることはなかったが、宙の前足へ突き刺さった。
思いっきり握り込んだそれは斧だった。
トモキ以外には振ることが出来ないと評されていた斧。
「ギャウウウウウウン」
俺は柄をさらに握りしめると、突き刺さった斧をそのまま振り抜く。
噛みついていた獣は悲鳴を上げながら横倒しに転ぶ。
俺は膝をついた地面からその勢いで立ち上がる。な、何とかなった!?
肩越しに背後をゆっくり確認すると、蹲ってぐずっているメアがいる。
若干の血濡れは俺の血だろう。
痛みを訴えている様子は無かった。メアは無事のようだ。
あれ、気づけば肩の痛みは感じない。
むしろ力が漲っている。噛まれた方の腕にも力が入る。
もしかしてアドレナリンがドバドバってやつか!
荒い呼吸のまま俺は黒い狼へと視線を向ける。
狼はこちらから距離を取るべく、だらりとした前足を引きずり徐々に後退している。
「にがすかあああああああああああああ」
俺は斧の柄を両手で再び強く握りしめると、狼へ向かっていく
「おおおおおおあああああああああああああ!」
絶叫と共に全力で斧を振り下ろす。
斧は狼の首を捉え、その肉を割き両断した。
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