アイスフレンズⅧ

 銀狼のマンションのリビングにある大きな円卓は、ホログラムの投影機能を備えている。それを利用して、リモートで会議に参加しているダナ・バスケスは、昨夜作った超高層ビルの3Dモデルを使って仕事の説明をしようとしていた。

 「えーっと…本題に入る前に前の仕事の報告からさせてもらおうか」ダナのアバターが、実際にローガンやフリッツ達の目の前にいるかのようにシームレスに動いているが、本当のダナは彼女の自宅で、脳をマウントし、思考とか感情とか言ったものを電子情報に変換して、ネットの世界にダイブさせるための椅子デバイスに接続している。このアバターは彼女の挙動をトレースしているのではなく、脳波を読み取り、彼女の意のままに動いているのだ。

 「結局アンタが何の成果も得られなかったやつね」ルイースはダナへの当たりが強い。それはダナが勝手にルイースのモデルを使って自主制作のAVを作って自分で楽しんでいるのを知っているからだ。かなり気色悪いと思っているが、古い友人で、仕事では頼りになるのを知っているため、ギリギリ許してやっている状態だ。

 ダナはルイースの冷たい目線を受け、少し興奮していた。

 「いやあ、その、イケると思ったんだけど、レッドアイスの急激な流通量の増加の原因は、突き止められませんでした…!何人か売人は見つけたんだけど、結局、黒幕には辿り着けなくて…ハハハ…」

 流石はCIAの仕掛けた裏工作といったところか、ダナを撒くとは大したもんだな、ローガンは思う。いつもの癖でタバコをジャケットの内ポケットから取り出そうとして、この場に女性が二人いるのを思い出してやめた。

 「でも、代わりに変なものを見つけたよ。それを今日は見てもらいたいんだ」ダナの隣にある、精巧な高層ビルのモデルがズームアップされる。

 「これは、"ゼブラホテル"ですか?」円卓から投影される建築モデルを見て、カタリーナが言った。

 ゼブラホテルは78階建ての超高層高級ホテルだ。アルトが、ショットガンを持った輩に襲われたバーである"キザシ"のあるエリア、すなわち治安が最悪のエリアを再開発していこう、という国の意向でそのエリア周辺の第一期開発の目玉として建てられた内資のホテルである。

 「そう、行ったことあります?」ダナが続ける。「見てほしいのは、ホテルの裏口の映像なんですよ。なんか、怪しい、悪そうなやつらが映ってるんだ」

 ホテルの裏口周辺を映した監視カメラの映像がポップアップされた。大きな白いバンがホテルの通用口の前に、後ろ向きに止まっている。車体にかぶって見えづらいが、ホテルの従業員であろう、ジャケットを着た機械ドロイドたちが何か大きな白い袋をせっせと運んでいるのが見えた。

 「1か月前くらいの映像なんだけど、ほらここ、袋運ぶのちょっとまごついた瞬間見て」ダナの言葉に合わせて映像が一時停止される。重たそうな、大きな白い袋を抱えたドロイドが少しふらついた拍子に、袋が押し付けられ中に入っている者の形を一瞬、少しだけ浮き上がらせた。細い棒のようなものだった。

 「、人間の足…それも子供だ」

 場が静まり返った。カタリーナは目を見開いたのち、真偽を確かめようと映像を凝視し、考え込む。

 「こんな映像、よく見つけたな」フリッツが言った。

 「レッドアイスの出所を探してた時に、同じバンが薬の売人の近くに止まってるのを見たんだ。で、追跡してみたらこの映像を見つけたってわけ」

 ふふん、と鼻を鳴らし、得意げにフリッツに語った後に、ダナは真剣な表情になる。

 「みんな知ってのとおり、生身の子どもの誘拐は、国境付近でのテロ組織の少年兵のリクルートが定番だ。けど、高級ホテルで少年兵のブートキャンプなんて聞いたことがない。身代金の要求なんてのも今更流行らないし、それにホテルの従業員が加担するとも思えない。となると…都市伝説フォークロアが本当だったってセンが一番ありそうだ、コレは多分––」

 「––スナッフフィルム」カタリーナが言葉を引き継いだ。

 エロティックでグロテスクでナンセンスな映像というのはテクノロジーが充分に発展した未来においても幾分かの需要があるようだった。ダナがやっているように、誰かの3Dモデルを使って、あるいは架空の人物を作り出して、その人の肉体が欠損したり、溶けたり、飛び散ったり、何か食べられたりするような映像というのはちょっとアングラなサイトに潜ればいくらでも発見できた。しかし、ここモスクワにはCGではなく、本当に人を、しかも子供を殺してその様子を納めた映像を制作、そしてダークウェブで売り捌いているグループがいる、というのが昔から存在する都市伝説フォークロアだった。

 「…ダナ、同じ日にホテルを利用したゲストの情報を知りたい。特に、連邦議員がいたかどうかを」絞り出した、という雰囲気テンションの声だった。カタリーナは怒っていた。

 彼女は自分の生まれ育ったモスクワが好きだった。この街が暮らしていくのに最適な街だとは言わない。闇も光も存在する、清濁併せ吞む街だ。彼女もそれは重々承知している。だが、、悪がこの街を蹂躙することが許せなかった。暴力をもってこの街を支配しようとする勢力がいるのなら、強大な力をもってこの街に秩序や平和をもたらす存在がいても良いはずだ。それが彼女の信念だった。

 「分かった。具体的には誰とか、あたりのついてる人物はいる?」

 「ガブリール」

 ガブリール・ガヴリーロヴィチ・ナポロフ、67歳。若い頃は揉み消し屋フィクサーとか、剛腕とかいう渾名で呼ばれていた大物政治家だ。シベリア山中の隕石に対して、その人脈をふんだんに使い、調査・分析にいち早く巨額の予算をつけ、結果的にこの国がテクノロジーを手にし、今の地位に着くのに大きな貢献をした人物だが、その一方で、裏の世界ともかなり繋がりが深く、対立候補や自分にとっての邪魔な人物を裏で何人も始末してきたなど黒い噂が絶えない人物でもあった。

 「都市伝説フォークロアが本当だった…なんてことが多いな最近は。それどころか人狼を弟子にとってるもんな…俺は」しみじみと考えながらローガンはコーヒーを啜った。

 「もっと楽しい噂が本当であって欲しかったがな。倫理観無視の裏研究とか、政治家の変態趣味とかばかりだ…。ガブリールが関わっているってのはマジなんですか?カタリーナさん」フリッツがそう尋ねた。

 「本物の子どもを使ったスナッフフィルムが存在するのは確かです。状況はダナが追いかけたアイスと同じですね。末端の売人は押さえられるけど、大元には辿り着けない。ただ、余りにも手がかりが掴めなさすぎるので、政府シロが関わっているんじゃないかと言われていました」

 「なるほど、黒い噂があるやつらの中で、完璧に隠蔽できるほど力がある政治家を考えると、ガブリールが一番可能性が高い、ということですか」

 「そういうこと」

 ふぅ、とローガンはため息をついた。話題が話題だけに重い空気が流れている。

 「しかし、ホテルでスナッフフィルムの撮影だなんて大した度胸ね」ルイースがうんざりした表情で言った。

 「そうだよな。木を隠すなら森ってことだろうが、それにしたってホテルなんかで撮るよりも、もっと地下とかそういう…あ」

 ローガンとフリッツは顔を見合わせた。

 「おそらく同じ結論にたどり着いたな」フリッツが言った。

 「ああ…、地下ダンジョンか。研究所以外にもそのための撮影所スタジオがあったが、ダニーラの件で封鎖されたから、やむなく地上に出てきたってことか…、結構ありえそうな話だな」

 「そう考えると、地下ダンジョンのしっかりとした調査ができなかったのは痛いですね…アルトの友達や、他の研究にもつながっていたかもしれない…」カタリーナが両手で口をふさいで、眉間にしわを寄せながらつぶやいた。彼女はこの話になってからずっと険しい表情をしている。

 「まあ、それは本人に直接聞きましょう。ぶっ飛ばしてから、無理やりね」そんなカタリーナの隣に移動してきて、彼女の肩を叩きながらルイースが言った。

 「そうね」カタリーナは小さく笑った。「使ができるところが、この街で仕事をする上での利点メリットだわ」

 流石にこの街で裏社会とかかわって渡り歩いてきた人は度胸が違うな、とローガンは思った。

 ≪ガブリールか、もしくは他の議員が地下通路を利用した形跡も調べとくよ≫ダナからのチャットがホログラム映像に投影される。彼女は先刻からガブリールの映像を掘り出す作業に移っており、そのためアバターはゼブラホテルのモデルの隣で静止したままだった。

 「ダナもルイースも、すでにやる気満々という感じですが…、カタリーナ検事、一応はっきりさせておきたい。これは我々への正式な仕事の依頼と考えてよろしいですね?内容としてはスナッフフィルムの撮影現場に乗り込んで、その首謀者たちを拘束するといったところでしょうか?」ローガンが言った。

 「はい」カタリーナが答える。「コレは私からの依頼です、内容もその通り。報酬は…首謀者が実際誰かによって多少左右しますが、悪くない額は提示できると思います」

 「カタリーナ検事の言う"悪くない"は中々のものよ」ルイースが口を挟んだ。

 「詳しい契約は後日になりますし、正式な金額ではありませんが、ざっとこんなものでしょうか」カタリーナが試算した報酬額が他の4人に通達される。おお、とローガンは思わず呟いた。

 「ヴァシリに感謝だな。いい人を紹介してもらえたぜ……そういえば、ヴァシリはこの仕事には参加できそうですか?」

 「個人的にヴァシリには話は通しますが、参加は無理でしょう。確定していない情報でアルファが動くのは無理でしょうし。それに、本乙にガブリールがかかわっているなら、軍が絡むと相手にも情報が伝わる可能性が高まりますから、ヴァシリには動いてもらわないほうが良いかもしれません」

 「なるほど」ローガンはもう冷めてしまったコーヒーをぐいっと飲み干す。「ま、とにかく情報収集だな。基本はダナの連絡待ちだが、ルイース、フリッツ、俺達もできることはやっておこう」

 「下見にでも行くか?」フリッツがゆっくり立ち上がる。

 男二人に見つめられて、ルイースも肩をすくめるジェスチャーをしてから、ソファーから立ち上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る