第17話 ステラ暗殺計画
ステラとその部隊は、首都の復興が一段落した時点で、一旦サウスシティに帰って来ていた。
サウスシティ基地の司令官レグルスの許には、世界に散らばった十剣士からの情報が、毎日のように送られて来ていて、帰って来たステラに、レグルスは困惑した顔で言った。
「ステラ様、ネーロ帝国に潜入している者からの連絡では、貴女の暗殺計画が進められているようです」
「今に始まった事ではないけど、気を付けるわ」
ステラの意に介さない態度に、レグルスが語気を強めた。
「十剣士を呼び戻して、警護体制を固めるべきです! ユウキ殿一人では守り切れないのではないですか?」
「私一人の為に、人数を割くことは出来ないわ。ユウキに頑張ってもらうから」
警護の強化を拒むステラだったが、レグルスも譲らなかった。
「いや、貴女に何かあれば、亡きシリウス王との約束を破ることになります。それだけは出来ません! 十剣士は戻します。これは、司令官としての判断です。いいですね!」
「師匠……」
師、レグルスの彼女を思う真剣な目にステラは、それ以上何も言えなかった。
レグルスは、ステラの戦闘の師匠でもあるが、ステラ親衛隊ともいうべき十剣士を育て、今日まで、命を賭して彼女を護り抜いてきた守護神である。それは、シリウス王の遺言でもあった。
十五年前のある日、レグルスはシリウス王に呼ばれた。
「おう、レグルス来てくれたか。実は、ステラの事なんだが、戦闘訓練を受けさせたいと思うんだ。少し早いかもしれないが、ネーロ帝国の動きも気になる。可哀想だが、ステラには国を率いる戦士になってもらわねばならない。面倒を見てやってくれないか?」
「承知しました。早速、博士にお願いして戦闘スーツを作ってもらいましょう」
まだ十歳になったばかりのステラは、その小さな身体に特注の赤い戦闘スーツを纏って、レグルスとの訓練が始まった。
「ステラ様、何故、戦士になりたいのですか?」
レグルスが聞くと、
「お父様のお役に立ちたいの。それから、愛する人を護りたい」
ステラは、少しはにかんで答えた。
「ほー、愛する人が出来たんですか?」
「今はいないけど、大きくなれば恋人が出来るでしょ。その人を護るの」
「わかりました。訓練はきついですよ、覚悟してください」
その日から、訓練が始まった。レグルスの指導は厳しく、ステラが泣きだしても容赦しなかった。周りから、王女なんだから、そこまでしなくてもと批判が起きたが、彼は聞かなかった。
レグルスは、ステラを更に厳しく鍛え、彼女も、それに応えて決して弱音を吐かなくなった。レグルスは懸命に食い下がってくるステラの健気さに、心の中で泣いていたのである。
そのステラの心を支えていたのは、父や母、姉たちの心からの励ましであり、厳しくも暖かい師レグルスの言葉だった。家族もまた、心で泣いて、ステラを送り出していたのだ。
そして五年の月日が流れた。
ステラは戦士としての訓練を終えて、剣も格闘も、レグルスを相手に互角の戦いが出来るまでに成長していて、身体も大人へと変化しつつあった。
「よく頑張りましたね。今日で訓練は終わりますが、これからは、ご自分で更に修練を積んで下さい」
「レグルス様、ありがとうございました」
「私はあなたの家来ですから、様はいらないですよ。今までのご無礼をお許しください」
ステラは、厳しくも楽しかった五年間を振り返り、レグルスへの感謝の念が込み上げ、跪くレグルスに抱きついた。
ステラを戦士にとの、シリウスの英断が無ければ、ライト王国は滅んでいたかも知れなかった。
レグルスは、即座に十剣士を呼び戻して、ステラの警護体制を再強化し、暗殺計画への対策を立てていった。
ユウキは、ステラの警護から外れ、部隊の指揮を任された。二百名あまりの小さな部隊だが、一騎当千の兵士に育てるべく、スーツの強化やコンビネーション攻守の開発などに全力を注いだ。
彼は、ステラの暗殺計画が気になっていたが、焦ってどうなるものでもなかった。今は、現実の課題を、ひとつひとつ熟していくしかなかった。
ステラは多忙を極めていた上に、十剣士の警護プログラムに入っている為、ステラハウスでは、ユウキ一人の日が続いていた。ある夜、久しぶりにステラが顔を見せた。
「寂しくない?」
「少しはね。でも、そんな我儘言ってる場合じゃないからね。今日はゆっくりできるの?」
「ごめんなさい。実はね、ネーロ軍の大部隊が、動き出したようなの。早ければ、明日にも来るかも知れないわ。ネーロ軍が、新型のスーツを開発したという情報もあるから、厳しい戦いになると思うわ。あなたも気をつけて頂戴」
「まさか、新型のアンドロイドじゃないだろうな。博士が言ってたけど今より高性能のアンドロイド兵士が現れたら、歯が立たないそうだ」
「どんな強敵が現れても、負けるわけにはいかないわ。でも、無駄死にはしないで。約束よ。じゃあね」
ステラは、ユウキの手を取ってぎゅっと握りしめた。
「もう帰っちゃうの。抱きしめていいか?」
「……十剣士が見ているわ」
「いいさ」
ユウキは、ステラの手を引き寄せ、熱い口付けを交わした。お互い明日はどうなるか分からない。互いの愛を確認して、二人は別れた。
次の日、サウスシティの空は、ネーロ軍の戦闘機で、埋め尽くされた。戦闘機による空爆が続き、ステラハウスなど、辺りは跡形もなく吹き飛んだが、コスモタワーはビクともしなかった。空爆が止むと、おびただしい数のスーツ部隊が降下してきて、コスモタワーを取り囲んだ。先頭には、将軍ダークが、大槍をひっさげて仁王立ちしていた。
「ネーロ帝国将軍ダーク見参。ステラ姫に申す、先日の決着をつけたし、いざ立ち合え!」
ステラ達は、コスモタワーから様子を見ていたが、ダークの挑戦を受けて、ステラが動いた。
「ステラ様、これは、貴女をおびき出す罠です、行ってはいけません!」
レグルス達が止めたが、戦士としての彼女の血が留まることを許さなかった。全軍を率いたステラは、ダークの前に降り立った。
「ステラ姫、それでこそ最強の戦士。我も、この戦いに命を懸けて応えよう」
「望むところ、参れ!」
再び、ステラとダークの戦いの火蓋が切って落とされた。ステラは、最初から羽衣を起動し、その気概を見せた。一万のネーロ軍は、二人を取り巻いて、その戦いの行方を見守った。
羽衣と大槍が激しくぶつかり、大地が震え、閃光が走った。ぶつかり合う中、ダークのスーツが、徐々に赤く輝き始め、シュウシュウと白い煙が吹き出した。
「ダーク! その鎧は?」
異変を感じたステラが、眉をひそめ、ダークに迫った。
「ステラ姫、この鎧は小型の核爆弾を装備してござる。戦士として死ねぬ事、無念なれど、我が使命を果たすのみ、共に死んでくだされ!」
「ならば戦士として死ね!」
ステラの叫びに呼応して、ダークが渾身の槍を突き出した。
その瞬間、輪に変化させて、高速回転していたステラの羽衣が唸りを上げると、フッと消えて、辺りの空間がキーンと張りつめたと思うと、ダークの右腕が肩から吹き飛び、血飛沫が飛んだ。
これは、エネルギー帯である羽衣を、直径十メートルの輪に変形させて、それを、見えなくなるまで高速回転させた、球体のシールド“スーパー羽衣”である。単なる防御シールドでは無く、触れる物全てを破壊する凄まじい兵器で、球体の大きさを自在に変化させて、敵を攻撃する事も出来る。見えない為、相手に攻撃予測をさせないという利点もある。
「ありがたし。ステラ姫、お許しあれ……」
ダークは、戦士として死なせてくれたステラに、感謝しながら絶命したが、核は既に起動されていた。
ステラは、落ちてゆくダークの重い身体を抱きすくめると、一気に空へ舞い上がった。彼女は大気圏を抜けて更に上がっていった。ダークの身体がマグマのように赤く焼けてきて、抱きすくめるステラの手にも痛みが走った。宇宙に出たステラが、ダークを投げ飛ばして急降下した瞬間、彼の身体は核爆発を起こして宇宙の塵となった。ステラは衝撃波をスーパー羽衣で防いで地上へと降りていった。
サウスシティでは、突然現れたネーロ帝国の副官ヤミが、ユウキと対峙していて、その眼下では、一万のネーロ軍が浜辺を真っ黒に埋めて、その戦いを凝視していた。
ヤミはネーロ帝国のナンバーツーで、軍の実質的な司令官であり、戦士としても最強のの名をほしいままにしていた。彼の戦闘スーツからは幾匹もの蛇が頭をもたげていて、異様な雰囲気を醸し出していた。
「お前がユウキか? 少しは出来るようだが、この儂の敵ではない。この新型のスーツの威力を篤と味わうがいい!」
ヤミのスーツから蛇たちの身体が、スッとスーツの中へ消えると、彼の身体は瞬時にユウキの前面に現れ、同時にビームサーベルが振り下ろされた。
相手の動きが速く不意を食らった形のユウキは、それを打ち返そうと必死にサーベルを振り抜いたが、ヤミのパワーが勝り、サーベルは叩き落されてしまった。
「何てパワーだ! それに速い!」
それは、ユウキが今迄経験した事も無い衝撃だった。
ユウキはヤミから離れると、エネルギー弾を数発放ったが、直撃したにもかかわらず、ヤミのスーツに傷一つ付ける事は出来なかった。
「くそっ、パワーが違いすぎる。これでは勝ち目はない!」
ユウキが怯んだその瞬間、ヤミの姿がフッと消えて、直後に背中に激痛が走った。
「ううっ」
振り返ると、ヤミの姿は既にユウキの後ろへ来ていて、そのサーベルが彼の背中を切り裂いていた。
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