第38話 喧騒と勝利の少女

 ぼくはナスチャ。三ヶ月ぐらい前、セシリアの頭に乗る権利をもらった特異体の鳥だ。それからずっと彼女の頭に乗って吸血鬼討伐の任務についていっている。

 一緒にいる理由は、ぼくがいないと弱いセシリアはすぐに死んじゃいそうだったから。死なないようにぼくが守ってあげようと思ったのだ。

 だが今回の任務は飛行船のパーティーに招待されたシェリルの護衛で、セシリアはぼくを連れていけないと言った。ぼくは散々連れていけと言ったが、頷いてはくれなかった。

 ぼくはセシリアのクレイモアを隠したりしたが、まったく気にしない様子で任務に行ってしまった。

 仕方がないので置いて行かれたぼくは、セシリアが用意してくれたナッツに塩を振って食べた。

 どのように手のない鳥が塩を振ったかって? それは簡単。ぼくの腹部から手を生み出して掴めばいいのだらか。

 こうしてぼくはレジスタンス本部にあるセシリアの自室でお留守番となった。

 することもないので、部屋に置いてあったティッシュの箱から中身をすべて外に出しておいた。花吹雪のように散らしたらそこそこ楽しくて、一日はあっという間に過ぎていった。

 次の日は部屋にあったメモ帳の一ページごとに鳥の絵を描いて、パラパラマンガのようにして遊んだ。その結果、見事にメモ帳は本来の機能を失った。

 それから何日か過ぎ、セシリアが帰ってくる前夜──事件が起きた。

 窓から入る夜風が心地よい。ぼくは冷蔵庫からカップのアイスクリームを取り出して食べた。それはチョコレート味で、口に入れた瞬間、濃厚で上品な甘みが広がった。

 このアイスクリームはセシリアが任務後に食べようととっておいたもので、とても楽しみにしていた。これは人からの頂き物で、セシリアは自分では絶対に買えないような高級品だと言っていた。

 それをぼくは食べた。とても美味しかった。セシリアには申し訳ないが、今度別のアイスクリームを買ってあげよう。

 そうやって高級品を堪能していると、変なものが入ってきた。

 窓から蔓が侵入したのだ。それは生き物のように動いて、ぼくの足元まで到達した。そしてぼくを捕らえた。

 蔓はぼくの体に巻きつくと、一気に締め上げた。ボンレスハムのようになったかと思えば、次の瞬間には体はバラバラになっていた。

 血飛沫が部屋を汚す。だが、蔓が解けたと同時に元の状態に一瞬で戻った。血液も体がある場所へと帰り、汚れも綺麗さっぱりなくなった。

「痛いじゃん……もう……」

 一拍置いて、エメラルドグリーンの長髪を後ろに一つに結った少女が窓から部屋に侵入した。

 しっかりと成長した胸や尻を隠すことのない、露出の多い格好をしている。髪と同じ色の瞳がぼくを見据えた。

 目が合い、少女は不敵に口角を上げて笑った。左目の下には[Netzach]という文字が印されている。

「にゃはは。鳥さん、私についてきてよ」

 ネツァクは目を細めて睨んで言った。

「知らない人についていってはいけないって知ってる?」

 ぼくは腹部の赤い模様を歪ませ、面倒くさそうな表情を見せると、語気を強めて言った。

「私はあなたを知ってるよ。だからついてきて。でないと──」

 ネツァクが肩から先を植物の茎に変形させ、再びぼくを狙った。

「──強硬手段を取らなきゃいけなくなるよ」

 薔薇のように棘のある茎がぼくの体を貫いた。不規則に生え変わる棘が体内で猛威を振るった。

 痛みから涙がこぼれる。

「痛いのは嫌いだよ」

 ぼくは腹部から赤色の獣の頭部を生み出し、茎を強引に外へと押し出した。茎から生えていた棘ごと押し出したせいで棘が引っかかり、体内はぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。それは想像を絶する激痛を伴った。

 同時に生み出された鋭い牙を持つ肉食獣は大きな口を開け、ネツァクを襲う。

 嚙みつこうとするが、ネツァクはそれを軽く躱し、勢いを殺せなかった獣は床に激突した。フローリングの床に亀裂が入る。

 ぼくはすぐに獣から手へと形を変えた。腹部から生える巨人のような大きな手を操り、ネツァクを捕らえようとする。

 だがそれも簡単に回避され、手は壁や天井、床にぶつかり、亀裂を入れていく。砕けた木材の破片が散らばった。

 跳んで避けていたが、柔らかいベッドに着地したネツァクはバランスを崩した。ここぞとばかりにぼくは仕留めようと手から刃へと形を変えて振り下ろした。しかしそれも転がって回避され、刃で掛け布団を切りつけた。中に入っている羽毛が散る。

 疲労からぼくの動きが鈍くなると、ネツァクはぼくとの間合いを一瞬で詰めて、右足で蹴りを入れた。ぼくはサッカーボールのように宙を舞い、テーブルの上に叩きつけられた。

 それだけでは止まらず、置いてあったナッツの入った皿を巻き込んで床に落ちた。その際、ガラス製の皿は粉々に砕け散った。

 背中をガラス片で切り、ポツポツと血が流れた。

 ネツァクは嬉々として床に転がったぼくを見る。

「痛いよ……」

 ぼくがそう漏らすと、同時にネツァクの体を無数の棘が貫いた。

 ぼくは蹴られる直前に腹部から新たに赤色の触手を生み出し、床に這わせていた。それをタイミングを見計らって突出させた。殻付きのウニを半分に切り、断面を床に置いたような状態だ。

 無理やり宙に浮かされているネツァクは棘を抜こうともがくが、返しをつけているので、なかなか抜けない。動くたびに鮮血が傷口からあふれ出る。

 しかしネツァクは眉をひそめ、困惑した表情こそ見せるが、まったく痛みは感じていないようだった。

 次の瞬間、ネツァクの顔がぱあっと明るくなり、再度腕を植物の茎に変形させると、先端を壁に突き刺した。

 植物に体を牽引させて無理やり棘を引き抜き、床に着地した。

 ところどころ棘が貫通していたせいでネツァクの体には多くの穴が空いており、脈打つたびに鮮血が噴き出した。

 ネツァクは体の傷を即座に修復すると、不快感を顔に滲ませた。目には静かな殺意を宿らせ、ぼくを睨んだ。

 その姿から、やはり痛みを感じているようには見えなかった。まるでネツァクには最初から痛覚が存在していないようだった。たしかに吸血鬼になると少なからず痛みに鈍感になるのは知っているが、ここまでされてもなんともないというのは異常だ。

 ネツァクは動きが素早いせいで、ぼくでは倒せそうにない。

 幸いにもここはレジスタンス本部にある宿舎の一室だ。この騒ぎを聞きつけて隊員が駆けつけてくれることを願おう。

 ぼくは時間を稼ごうと再び腹部の模様から獣を生み出そうとするが、それよりも早くネツァクが動いた。

 床から大きなウツボカズラのような食虫植物が生えた。植物の袋になっている部分の内側から触手のようなものがでてきて、ぼくに絡みついた。

 解くことができなかったぼくは植物の袋へと引きずり込まれた。

 中は吐き気を催すほど甘ったるい匂いのする液体が溜まっており、触れると体をピリピリと刺激した。

 蓋をされ、中は一気に暗くなる。

「出して! 出してよ!」

 ぼくは腹部から刃を生み出して内壁を傷つけるが、すぐに治ってしまい、出られそうにはなかった。

 疲れてしまったぼくはなす術もなく液体に浸っていた。

「痛いよ……」

 液体は体をじわじわと溶かしている。血が滲んで痛みが走る。

「助けて……」

 ぼくは体を治し続けて助けが来るまでの時間を稼ぐことにした。

 涙が出る。

「嫌だよ……」

 真っ暗な小さな空間に声が響く。


「セシリア……助けて……」

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