第7話 磁器の傘、インペリアル・ポーセリン
俺たちは店の裏口から外に出た。
そこはちょっとした広場になっていた。等身大の藁人形がいくつか転がっていたり立っていたりする。
「修練場ですか?」とリンゴ。
「そんなに大したものじゃないよ。準備体操をするくらいの気持ちで使ってる人多いし……」とシュプラさん。
リンゴは「そうですか」とうなずいた。シュプラさんの言葉はわからないはずなんだけど、表情やニュアンスで内容を理解してるんだろう。
「通訳するか?」
俺はいちおうそう聞いたが、リンゴは「ううん、大丈夫。ありがと」と返した。
「雨! 降ってるでしょ」
エウラリアさんが楽しそうに言った。
「そうですね。ずっと降ってる気がします」
「そうよお。この世界では、ずっと雨が降ってるからねえ」
「えっ?」
「あれ。聞いてなかったのかい? この雨こそがあんたたちの魔力の源なんだよ! ほら。この雨に当たると気持ちいいだろ」
エウラリアさんは空に向かって手を差し出す。ぱちぱち、雨粒が手のひらの上で弾けている。
俺も手のひらを空に向け、雨を受けてみる。
「なるほど……」
確かに、なんだかそこまで不快感を感じない気がする。この雨はなんだか綺麗だ。普段浴びてた雨はよっぽど汚かったんだろう。
「それに体が濡れないでしょ」とシュプラさん。
「え? あ、確かに!」
俺は自分の服を確認する。多少ひやっとする感覚はあるし、服の表面は水を吸ってしまっているが、体にまで到達していないというか、水を浴びたとき特有の重たい感じがない。
「すげえ!」
「なにがすごいの?」とリンゴ。
「この雨はすごい雨なんだ。魔力があって、綺麗なんだよ!」
「……確かにそうかも」
リンゴは雨粒を指にとってなめている。
「おいしくは……ないね」
「だろうな」
「おいしいときもあるよ」とシュプラさん。
「そうなんですか!?」
「とにかく、この雨が魔法使いの力の源で――」
シュプラさんは、手に持っていた棒状のものを突き出した。それは真っ白な傘のようだった。
「――この傘が、魔法使いの魔道具、『ブレラン』! 私のブレランの名は『インペリアル・ポーセリン』」
◇◆◇◆
第七話「磁器の傘、インペリアル・ポーセリン」
◇◆◇◆
「
カランカラン、傘の生地が互いにぶつかり合う音が鳴り響き、石突きを中心として螺旋を描きながら傘が展開する。白地に紫の網目模様が入った傘だ。少し膨らみのあるシルエットで、なんだかこの傘なら空を飛べそうな気がする。でも――
「その生地……
「お。詳しいねリンゴちゃん。そのとおり」
シュプラさんは嬉しそうにうなずく。
「厳密に言うと、それに似た素材で作ったものだから、ニア青白磁ってとこかな」
「結構文化は似通ってるんですね、この世界も……」
リンゴの言ってることはときどきわからなくなる。というかほんとに、言葉が通じてないはずなのに、通じてるような気がするんだが……
「どんな素材でもブレランは作れるの。魔道具だからね」
「魔道具だから……」
「そう。魔道具だから」
シュプラさんは
「私の能力は、こう。……『コバルト・ネット』!」
シャキン! と音が鳴り、
飛んだ青い網は藁人形を切り刻んだ。
「切り裂く網……コバルト・ネット!」
「よっ、世界一! さすが!」
「ふふん」
決めポーズを取っているシュプラさんの横でエウラリアさんが飛び跳ねている。
「なるほど。やっぱり、個々人によって能力は全く異なるんですね」
俺の横でリンゴは冷静に観察を続けている。
「そう。私の能力もクロックスくんの能力も、そしてあなたたちの能力も千差万別。……よければ、あなたたちの能力も見せてほしいな」
シュプラさんはそう言って俺たちに向き直った。
俺たちの能力。と言われても困ってしまう。
なぜかって?
俺たち自身、まだいまいちよくわかっていないからだ。
あのとき……クロックスがリンゴを鎖で縛り上げたとき、俺たちは無我夢中で
俺たちの傘は二つに分離し変化した。
俺が鞘でリンゴが剣。二つで一つ。
だけどけっきょく、あの剣と鞘は、あのあとすぐにボロボロに朽ちてしまった。
「かくかくしかじかなんです」
「それはね、
「合ってない?」
「うん。私の傘も特注なんだけどね。自分に合ったブレランでないと能力は使えないの」
「そうなんですね」
「インペリアル・ポーセリンも三代目くらいなの、実は。ふふ。この子は長持ちしてる」
「傘工房はうちの地下にあるんだ」とエウラリアさん。「みんなすぐ壊しちまうからね。予備の生地や骨なんかは必需品だねえ」
「じゃあ、俺たちの傘も作ってもらえませんか?」
「アハハ! 何言ってんだい、面白い子だね!」
エウラリアさんは豪快に笑った。何かおかしなことを言っただろうか。
「ただでやるわけないだろう? 慈善事業じゃないんだ、依頼をこなしてもらわないとねえ」
「あ、そうか。すみません」
そりゃあそうだ。俺は自省する。ふつうにタダで貰おうとしてしまっていた。
「ねえ。ちょっと、ごめん、通訳」
リンゴが俺をつんつんつつく。
「あ、すまん。ええとな……かいつまんで言うと。魔法使いには傘が必要。その傘は魔法使いの手になじんでないと意味がない。で、その傘工房はブラック・レイン・ランナーズの地下にある。傘を作ってもらうには依頼をこなさなきゃいけない」
「なるほど、ありがとう」
リンゴはふむふむとうなずく。
「その依頼、お受けします」
「えっ!?」
「思い切りがいいねえ嬢ちゃん、アタシそういう子は好きだよ! アハハ!」
「ちょっと待てよリンゴ、まだ内容も聞いてないのに」
「受けなきゃこの先には進めないでしょ?」
「まあそりゃそうだけど!」
「依頼内容をお聞きします、エウラリアさん」
リンゴはエウラリアさんに向き直り姿勢を正した。思わず俺も背筋を伸ばす。
「ん~、そうだね。あんたたちに贈る初の依頼は……」
エウラリアさんは妙にもったいつけてから言った。
「着替えてお風呂に入って、ゆっくり寝ること!」
「……へっ?」
思わず俺は間抜けな声を出してしまう。
「疲れてるだろ? たくさんいろんなこと言われて脳みそもパンクするだろうし。今日はここまでにして、休みな。うちの二階は宿屋になってんだ」
「え? あ、えーっと……」
俺は横目でシュプラさんを見る。シュプラさんはうんうんと頷いている。どうやらこれはジョークではないみたいだ。
「了解……です」
「アハハ! わかったら、よし! 傘の素材はアタシが見繕っといてやるから、明日起きたら工房へ来な! わかったね!」
エウラリアさんはバシーンと俺の背中を叩くと店の中へ戻って行った。
「もしかして依頼って、店のお手伝いとかそういうやつ?」とリンゴが質問してくる。
「いや。今日は休めだってさ」
「え。……あー、なるほど」
リンゴは何かに納得した様子だった。
「残念。二人の能力、見たかったな。明日にお預けか」
シュプラさんは傘を閉じると残念そうに天を仰いだ。
「センジュくん。明日の君に期待してるよ」
「えっ? あ、はい!」
「それとね」
シュプラさんは俺に耳打ちした。耳打ちなんかしなくてもリンゴには聞こえてないけど。
「同行者とは相部屋だから」
「へ!?」
「そういう決まりなの。ふふ」
妖しく笑うとシュプラさんは店の中に入って行った。
「……シュプラさん、なんて?」
「いや……からかわれただけだ」
「そう?」
「……たぶんな」
俺はリンゴを見る。リンゴはむっと眉をしかめた。
「何」
「いや、何も……」
次話「消えゆく傷」に続く。
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