《カーテンコール》 アリアナ x フラーウム


アリアナ:ふと気付くと、塔の近く、霧に包まれた薄明の街角にわたしは立っていた。少し前までの死闘のせいか熱を帯びた体に、霧の冷たさは心地よかった。

深い霧。頬にあたる冷気に不意に意識が明瞭になる。

「ラウ!ラウ!?」

 彼の名を呼ぶ。

 深い霧に遮られて彼の姿が見えないのがとても不安だった。どこかで倒れていないだろうか。まさか、自分だけが帰ってきたなんてことはない、だろうか。

 ……誓約生徒会に入る前も異形化したことがある。あの時彼は、ひどく体に傷を負ったのではなかっただろうか。

「ラウ!」


フラーウム:「……なんだ?」

 アリアナの呼ぶ声にそれだけを返す。声の距離からすぐそばにはいると推測できるのだが、濃い霧がそれを確認させてはくれない。

 気を抜くと腕の痛みに意識を持っていかれそうになるので、その前には合流したいところだった。この痛みには覚えがある。しばらくは治まらないだろう。


アリアナ:「あっ……ラウ、いるのね? ケガ、してない? 動かないで待ってて。すぐに行くからっ」

 ミルク色の霧がわたしとラウの間にあっても、必ず探し出す。大事な大事なわたしのシース。わたしのパートナー。

 声がしたとおぼしき方角に歩き出す。一歩一歩、腕を大きく広げて。

 ラウは自ら死を望んで服毒したときも、わたしの関与を望まなかった。でも彼に何かが起きたことはすぐにわかって、わたしは彼のもとに走り、倒れている彼を見つけたのだ。

 今も霧の向こうで痛みに耐えているかもしれない。隣にいて少しでも助けになりたい。

「すごい霧だね」


フラーウム:「ああ。回りが見えなくなるくらい濃いものはなかなか見ないな」 

 街灯の柱に寄りかかりながらそう返す。

 アリアナに見つけてもらうのを待っている間にフラーウムは先ほどまでの戦いを思い出す。強い想いを持っていたあの騎士に対抗するには、アリアナもまたそれ以上の想いをぶつけるしかないと判断したのだろう。

 実際その通りだった。世界が終わる痛みに比べればこの痛みは全然軽いものだし、消えない傷がひとつ増えただけという認識しかない。

 いまはただアリアナの顔を見ないまま意識を失うことのほうが怖いと感じていて、その気持ちはどこから来るものなのだろうとフラーウムは考えていた。


アリアナ:ラウの声は落ち着いているけれど、どこか力ないものに聞こえた。焦りが生まれる。

 声を頼りに一歩、また一歩。女神様たちに祈ってもここからじゃ届かないかもしれない。それなら霧の女王様、どうかわたしをラウのもとに連れていって下さい。

 そう心の中で叫んだ瞬間、ゆっくり回した手の先に生地の感触が当たった。それとともに痛みをこらえるような声。

「ラウ?」

 そのまま感触を頼りに手を伸ばして、そっと捕まえ、抱きしめた。これが関係ない通行人だったらわたし、とんでもないなあと思いつつ顔を近づけると、ラウの髪の匂いがした。


フラーウム:「アリアナ……もしこれが関係ない人間だったらどうフォローするつもりだったんだ?」

 多少呆れたからか、束の間ではあるが痛みを忘れることができた。

「……まあ、いい。家に、戻ろう」

 あれこれと言いたいことはいくらでもあるのだが、その顔を見ることが出来た安心感でどうでもよくなってしまう。


アリアナ:ラウの呆れたような声にほっとする。暁の光が差してきて、顔が見えた。その顔はやや苦し気で。

「ラウ、怪我してる、よね」

 抱きしめた体を離してそっと腕を掴むと、うめき声が聞こえた。

「あっ、ごめん、ここ……?」

 慌てて手を離し、袖をめくった。案の定、服にうっすらと血が滲みていて、腕にはざっくりと斜めに傷が走っていた。彼の何度も自傷を繰り返された腕に走る、ひときわ大きな傷。

 彼の腕が落ちなくて良かったという思いと共に、自分の刃が彼を傷つけたのだ、と申し訳なくて、涙が出た。

「ごめん……家、戻って手当しよう」

 唇を噛む。


フラーウム:「傷がひとつ増えただけだ。気にしなくていい」うつむいてしまったアリアナにそう告げ、自由になるほうの手を差し出して

「……家に着くまでの間、手を繋いでいてくれ」

と頼む。

 外からの刺激がなければ、いまこの瞬間にも目を閉じてしまいそうだったからだ。


アリアナ:「気にするよ……わたしが異形化を選んだから、ラウのからだにまた傷が」

 涙が零れおちたのを必死に拭って、差し出された手を包むように握り

「うん。早く帰って手当しようね。疲れただろうし、今日のお仕事は休ませてもらったら?」

 霧の中、わたしたちは家路を辿る。


フラーウム:「アリアナに傷が残るよりはいいだろう。あと、仕事は元から休みだ。今日は夫婦揃って仕入れに出かけるんだと」

 家が見えてきた。それと同時に眠気がだんだん強くなる。

「……アリアナ、もし玄関で俺が落ちても、寝てるだけだからそのまま放っておいてくれ」


アリアナ・ローレンス:「自分の戦いで傷つくなら構わない。ラウが痛いの嫌」 

 仕事が休みと聞いてほっとする。

「うん、じゃあ一日休んでて。私も今日は休むから、起きてきたら何か作るよ」

 ふらつきがひどくなってきた彼に

「大丈夫! 私が運ぶ! 任せて。玄関なんかで寝かせないっ」

 鼻息荒く答えた。


フラーウム:「……そういうところだぞ」と苦笑したところで玄関にたどり着く。

 ドアが開いて、見慣れた風景を目にした安心感で緊張の糸が切れたようで、フラーウムの意識は簡単に闇へと落ちていった。


アリアナ:「あっ!」

 崩れ落ちるフラーウムを抱きとめて、そっと後ろ手にドアを施錠する。

「よいしょっ、と」

 彼を抱き上げると、お行儀が悪いと思いながら彼の部屋のドアを足で開け、運び込む。靴と外套を脱がせているときも彼は深い眠りから覚めなかった。それをいいことに怪我の手当も行う。

 血はほぼ止まっていたが、ざっくりと深い傷跡になっていて、恐らく消えることのないものだろうと思われた。消毒を終え、包帯を巻いて毛布をそっとかける。額に触れたが熱はないようだった。

「ラウ、ありがとう。ずっと一緒にいたいけど傷つけるばかりなのかな。たとえ酷いエゴでもやっぱり一緒にいたい。手を離したくない。大好き……わたし、悪い子だね」

 額にそっと口づけて、アリアナは部屋へと引き上げた。朝の光が部屋に差し込んできていた。



end.

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銀剣のステラナイツリプレイ・鷲爪の傷跡 ゆらのまりか @mca_yurano

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