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 こうして知哉ともや香御堂こうみどうにて働くことになる。

 倫子りんこみことに言われて行ったのは最も簡単で強力な暗示。

 香の香りによってそれは単なるおぼろげな暗示ではなく現実と区別がつかない暗示となり、もちろんのことながら現在の知哉ともやはそれを信じている。

 さらに香御堂こうみどうに早急に来させるようにしたのは知哉ともやの実態を知る為と、百目鬼どめきのような輩から知哉ともや自身を護る為でもあった。

「して、その知哉ともやという男は一体どのような状況なのだ?」

 事の成り行きを聞いた大神おおかみみことに質問すれば、みことは大きなため息をついて答える。

「見たところあれはトモカヅキだったものだ」

「海のアヤカシだな。しかし、トモカヅキならばその者は生きておらぬだろう。連中は人を誘い命と共にその者を喰ってしまう」

「だからトモカヅキ『だったもの』と言っている。本来トモカヅキとは海に潜っている海人あまをターゲットとして本人そっくりの姿かたちに変わり、大神おおかみが言うように海人あまが欲しがる物で誘い海人あまを喰らう者だ。当然 海人あまという者が少なくなってきてからは海人あまではない者も襲うようになったがそれは仕方無い事だろう。知哉ともやの祖母の話では知哉ともやは幼いころにトモカヅキに会っているが喰われていない。何らかの理由で助かったんだろう。そしてその後、危険を感じた祖母によって遠ざけられ、その場所に知哉ともやが訪れることはなかった。その祖母の心配は見事的中していた。知哉ともやという者に触れかけたトモカヅキは一つの興味を持ってしまったんだと私は思う、『外の世界はどうなっているのだろう』と。故に二度目に出会った際、知哉ともやという人物を追い出して自らが知哉ともやに成り代わった。それが今の知哉ともやだ。ただ、人という物はその魂が肉体と離れれば死が訪れ血肉は腐る。幾ら中身にその人にそっくりになり替わるトモカヅキが入ったとしてもそれは同じこと。にも拘らず知哉ともやの肉体に腐り始めているような場所は一切ない。アヤカシがそっくりに化けたものであるならば香の香りを嫌がるだろう。しかし知哉ともやにはその素振りが無く、腐っていないが肉体は知哉ともやであると言うことは確実だ」

「魂が何処かにあると言うのだな?」

「おそらくはそうだろうと検討を付けているのだがその場所が皆目わからん」

 大神おおかみに説明するみことの言葉に廉然漣れんぜんれんが尾を箒で履くように左右に揺らして、自分にも喋らせろという雰囲気を出しみことを見た。

 相手をしてほしいとねだっている犬のような輝いた瞳で見つめてくる廉然漣に鬱陶しいと眉間に皺を寄せて尊は言う。

「なんだ、話したいなら勝手にすればいいだろ」

「ふふん、そんな口を利いていていいのかしら。その知哉君の魂の場所を私は知っているんだけど」

 廉然漣の意外な言葉に尊は瞳を丸くする。

 倫子に連絡を受け、本人を目の当たりにしてから尊自身自然や動植物に聞き、神降しまでして探していたが見つからず、どうした物かと思っていたところに最も身近な存在がその場所を知っていると言ったのだから驚いて当然だった。

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