神子みこちゃん所に今いるあの知哉ともや君。彼が問題なのよ」

 みことは思っても見なかった廉然漣れんぜんれんの言葉に一体何を言い出したのだろうと目を丸くする。

「彼が彼じゃないから彼はここに来たんでしょ?」

「あぁ、その通りだ。今 知哉ともやとして此処にいるあれは本当の知哉ともやではない」

 二人の会話に大神おおかみは一体何の話が始まったのかと首を傾げ、二人だけで分かった風に話すなと鼻息を荒くした。


 事の始まりは昨年の夏。

 高校を卒業してすぐに就職した知哉ともやは久しぶりに大学へ行った友人たちと再会、海へ旅行することになった。

 知哉ともやの旅行先を聞いた母 倫子りんこは一抹の不安を覚えたが、不安の要因となっているのは既にこの世にはいない自分の母親の言葉であり、迷信に近いような内容。気にし過ぎだと知哉ともやを明るく見送った。

 しかしその不安が的中したのか、知哉ともやは旅行先で水難事故に合う。

 溺れた友人を救おうと自分も飛び込み溺れてしまったと言う事故で、水難事故にはよくある話だった。

 幸いにも溺れた友人も知哉ともや自身も命に別状はなく、怪我も大したことなく帰ってきた。

 無事でよかった、やはりあれは取り越し苦労だったのだ、そう思っていた倫子りんこが再び不安になるのに時間はかからなかった。

 今までの知哉ともやでは考えられない行動が目に付き始める。

 初めはほんの些細なこと。

 あれほど綺麗好きだった知哉ともやが部屋を散らかしっぱなしにしていても気にしなくなった。

 しつけは厳しく、身の回りの整理整頓はもちろんの事、家事などにおいても男であるからという理由は無く厳しくしつけられた。

 仕事についても給与という物を頂く限りはそれ以上となるほどに働かなければならないと教えられ、遅刻も欠勤もなかった。

 だが、水難事故の後から多少の散らかりは気にすることなく、遅刻も増えていく。果ては仕事を辞めてしまった。

 明らかに自分の息子はおかしくなってしまっている。

 そう感じた倫子りんこは古い友人であるさかき凌子りょうこに連絡を取った。

 誰でもないさかき凌子りょうこみことの母親に連絡を取ったのは、自分の母親で知哉ともやの祖母の遺言でもあったからだった。

 知哉ともやがこうなるかもしれないと予期していたのは祖母であり、それならば祖母が言い遺した言葉に従わねばならないと思った。

 祖母は亡くなる前、

「気を付けなっせ、知哉ともやは一度 かずきに会うておる。田舎の海に行かせてはならんで。一度目は助かったが二度目はないと思った方がええ。もしもの時は昔お隣に居った安曇野あずみのの嬢ちゃんを頼らんね。あの子の嫁いだ先はさかき家で香御堂こうみどうだで、何とかしてくれよるわ」

 そう言っていたのだ。

 しまっておいた古い電話帳を取り出して電話をすれば出てきたのは凌子りょうこではなく娘のみことだった。

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