人であれ、物であれ、そして感情であれ、みことが何を選んで持っていくにしても、妙なこの力を大事なものを代償として「無くしてもらって良かった」と思えることは無いのだろうと思い、少し伏せ目がちに少し下を向いた。

 暫くの沈黙が続き、未だ考え込んでいる辻堂つじどうの顎が突然握られ、有無を言わさず引き上げられて目の前に廉然漣れんぜんれんの顔が現れる。

 突然の出来事に驚いて辻堂つじどうは身体を反らせた。

「何なんですか! 一体」

「契約、するのしないの? 何時までも考えても結局は同じ、事実や現実は変わらないんだから時間の無駄でしょ。神子みこちゃんに差し出すのはリスクが大きすぎる、大神殿おおかみどのも忠告した。それとも百目鬼どめきの操り人形になるの? 久義ひさよしがそれが良いっていうなら反対しないけど、自分がどうしたいか、どうするのか早く決めて頂戴」

 瞳を細め妖艶な笑みを浮かべ辻堂つじどうの顎をつかんだまま、息が鼻先で感じられるほどに近づいてくる廉然漣れんぜんれんの顔から離れる様に、辻堂つじどうは身体を後ろにそらせながら尻で後ずさる。

「契約するのと顔を近づけるのと何が関係あるんですか」

「だって契約は口でする物だもの。顔を近づけないとできないでしょ」

 人差し指を立てて自分の唇を指さし、そのまま指先を辻堂つじどうの唇に持って行って片目を閉じた廉然漣れんぜんれんの言葉の意味が、分かっていながらも分かりたくない辻堂つじどうは助けを求める様な瞳で道祖土さいどを見る。

 道祖土さいど辻堂つじどうの訴えているところは分かっていたが、少し眉根を下げて困ったような表情を浮かべた。

「力というか互いの生命力の源を交換することで契約になるんだよ。手っ取り早いのは交わる事なんだけど……、廉然漣れんぜんれん様は姿を変えられても性別は変えられないから辻堂つじどう的に初めての相手が廉然漣れんぜんれん様ってのは無しでしょ? その次に早いのが粘膜同士をくっつけること。中でも一番ソフトでまぁ受け入れられるやり方がキスなんだよね。勿論別の方法もないわけじゃないけど十日間かけてっていう結構きついうえに時間もかかるんだ。辻堂つじどう百目鬼どめきに目を付けられているから悠長なことは言ってられないしね。もちろん百目鬼どめきの方に行くっていうなら別だけど」

「何なら好みの女の姿になってあげてもいいわよ。化けるのは十八番だから。見た目が好みの女なら少しはダメージが少ないでしょ」

「いや、もうどんなか知っているしダメージ必須ですけど。そ、そうだ、契約書は? 内容も知らずに契約ってありなのか」

 逃れるためになけなしの記憶を漁って出てきた言葉だったが、道祖土さいどはふぅと息を吐いて、首を横に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る