「だからといって、すんなりとそれを信じる気にはならないし、身勝手な言い分を聞くつもりにもなれない」

「はぁ?!」

 瑞葉みずは辻堂つじどうの返事に大きな声を出し、組んでいた足を元に戻して地面を蹴る。

「何よそれ! あたしが何時身勝手な言い分ってのをしたっていうのよ! そんなこと言って金額が不満だから吊り上げようっていうのね」

 スイッチが入ったように瑞葉みずはの不服の声があがり、これだから無知な馬鹿は嫌いなのよとさらに声を上げた。

 しかしアスラはその声に溜息をつき、さらに睨つけて胸のあたりで手を左から右へ横一線に振れば何もない空中に青白く輝く刀が現れる。

「お嬢は黙られよ」

 刀を握り切っ先を瑞葉みずはに向けて言い放つが、瑞葉みずはも負けじと腕を組みアスラを睨み返した。

「主人に対する態度じゃないわね」

「何でも主人に従うが我の務めではござらん。主が間違えばそれを正す事もまた我の務め」

「間違い? あたしがいつ間違ったっていうのよ、間違ってなどいないでしょ。失礼なこと言わないでよね」

「間違いだらけではないか。金銭にて人を縛ろうとする事、其れすなわち下僕と変わらぬ。それはこの世界の人道的な面から見て我には了承できぬこと。なにより旦那様よりお嬢が無理難題を言い放ち人様に迷惑をかけることは決して無い様仰せつかっておりまする。先日も百目鬼どめきの評判がますます悪くなったと嘆いておられましたぞ。そうならないようにと仰せつかっておりますので、お嬢の今の行動は百目鬼どめきの評判を落とす物であり、我の道徳的にも間違い以外の何物でもござらん」

「お父様ったら腰抜けもそこまで行けば相当ね。それに評判を気にし始めるなんて年をくった証拠だわ」

 舌打ちをして親指の爪を噛む瑞葉みずはに「はしたない、後程再教育して差し上げましょう」と言い放ちアスラは新ためて辻堂つじどうを見上げて話を戻した。

「自分の全く知らぬ世界の話を先ほど聞き、即座に答えを出せと言うのも無理でござろう。猶予を与えようと思うがいかがかな?」

「猶予って言われても……」

 確かに好き勝手にされ、何が何だか理解していない状況で雇用されるのは勘弁してほしい。

 しかしだからと言って猶予を与えられても困ると辻堂つじどうは思っていた。

 さっさと断ってしまいたい思いもあるが何かそれに踏み切れない自分も居てどうした物かと困惑した表情を見せる辻堂つじどうと、自分の思いとは全く違う勝手な提案をしているアスラに向かって瑞葉みずはは叫ぶ。

「猶予ですって! そんなの与えて他の誰かに横取りされたらどうするつもりよ!」

 アスラの提案を真っ向から却下する瑞葉みずは

 しかしそんな瑞葉みずはを全く視界に入れる事無く、叫ばれる内容も全て無視してアスラは指を鳴らし、音と共にドアが開いて、真っ白で中央に梵の字が書かれた仮面をかぶった人が現れる。

「邸内は少々危険ですのでな、本日はその者について帰るのがよろしいでしょう。お返事の猶予は六日、期日の日に我が手の者を迎えに行かせますのでそれまでにお考えくだされ」

「アスラ! 何を勝手に!」

 瑞葉みずはが事を進めていくアスラを制止し、辻堂つじどうの腕をつかもうと手を伸ばせば、アスラは更に切っ先を瑞葉みずはの口元に向けて突き出した。

「お嬢、これ以上文句をその口から吐き出せば二度と口がきけない状態になりますぞ」

「随分な口を利くわね。あんたの親はこのあたしなのよ」

「ではアスラなどという名付けをしたことを後悔なさるとよろしかろう。我らは名が体を表すのですからな」

 アスラが静かにいえば、瑞葉みずはは舌打ちをしながら仕方なく口を噤んだ。

 そして当然の事ながら瑞葉みずはだけでなく辻堂つじどうの意見も通ることはなく有無を言わさぬ状況で部屋を後にし、仮面の男に百目鬼どめきの敷地の外へと追い出されるように連れてこられた。

 仮面を被った人物は一切言葉を発することはない。

 大きな鉄の門は僅かに人が一人通れるほどのすきまを大きな重苦しい音をたてて開け、促されるままに外に出ればその門は硬く閉ざされる。

 この場所に自分から来たわけではない辻堂つじどうは、屋敷から放り出されてもどうすればいいのか分からず暫く呆然とその場に突っ立っていた。

 するとそこへ頃合いを見計らったように真っ黒な車が目の前に現れる。

 助手席の後ろのドアが自動で開き、辻堂つじどうが覗き込めば運転手もまた仮面をかぶっていて乗れと言わんばかりに頷いた。

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