辻堂久義

 みことに言われるまま部屋にやって来た男の名は辻堂つじどう久義ひさよしという。

 新聞配達員として働いており、今日は働き出してから使っていなかった有給を全て使ってこの宿にやって来た。

 辻堂つじどうはがっしりとした筋肉が存在を主張する大きな体つきの男。培ってきた筋肉と体力は誰にも負けないと自負していた。

 だが新聞配達をし始めて数か月、自信のあった体力が衰えたのか寝れば消えていた疲労感がどんなに睡眠を取ろうと消えることは無い。

 初めの頃こそ慣れない職場で慣れない仕事をしているからだろうと軽く考えていたが、慣れてきても体の不調は続き、病院に行っても疲れているだけでしょうとはっきりしない診断。

 一体自分はどうしたのだろうか、そしてこれからどうした物だろうと悩み、やっと見つけ採用して貰ったがこの仕事を続けていいものなのだろうかということまで考え始めていた。

 駅の階段を上っただけで息切れをし、少し休憩とバス停のベンチに腰を下ろしていたそんな時、辻堂つじどうに見知らぬ女が声をかけてきた。

 百目鬼どめき瑞葉みずはという膝裏まである長く真っ直ぐな金髪が印象的で、声をかけられた辻堂つじどうも思わず見とれてしまうほどの細身の美人は、

「貴方、すっごく面白いわね」

 と言い、あっという間に辻堂つじどうの腕に自分の腕を絡ませて有無を言わさず連れて行く。

 一体何が何やら分からないまま車に乗せられて連れてこられたのは何処かもわからない森の中にある湖畔。振り返れば大きな鉄の門があって、ここはどうやら前庭の様だった。

 言われるままに車を降り、湖畔から湖の真ん中にある一軒家に向かって伸びる橋を渡る。立派な玄関ドアがゆっくり静かに開いて中に入れば数名の使用人らしい服装をした人物に迎えられた。

 こんな見たこともない大きな屋敷でこれだけの使用人に囲まれている金髪の女性はどこかのお嬢様ということだろうかと、自分とは全く違う世界に辻堂つじどうは呆然としてしまう。

「突っ立ってないで。こっちよ」

 屋敷の中に入って、ただ呆然と辺りを見渡している辻堂つじどうに向かって瑞葉みずはが二階から声をかけた。

 湖の真ん中に立っている建物は大きな二枚の玄関ドアがあり、中に入ればそこは広いホールになっている。

 玄関ドアからホールをまっすぐ、目の前には階段があり、十三段ほど登った踊り場で左右に階段は分かれていた。

 さらに階段を上った先、ホールを囲むようにある廊下から瑞葉みずはは声をかけたのだが返事はなく、ただ茫然とした表情が向けられるだけ。

 新聞配達員として住み込みで働いている辻堂つじどうにとって、この屋敷の全てが自分の世界とは違い、異世界に居る様だと感じさせ気が抜けてしまっていたのだ。

「全く、どれだけ面白いの。アスラ、その男をこちらに連れてらっしゃい」

 瑞葉みずはが言えば、他の使用人達とは違った少々レースが多い豪華そうなメイド服を着た一人の女が頭を下げて了承し、呆ける辻堂つじどうを横抱き、いわゆるお姫様抱っこをして瑞葉みずはの元へと運び始める。

 驚いたのは辻堂つじどうで呆然としていた意識も一気に自分の元へと戻ってきて大きく目を見開いた。

 成人してもう三年経とうかという自分の体格は決して人並み以下ではない。成人男性の平均を大きく上回るはずなのに小柄な女性が軽々と抱き上げ、しかもお伽噺に出てくるお姫様のように横抱きにして自分を運んでいるのだ。

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