作る食事はみこと知哉ともやの二人分。

 みことは都度買い物に出るのが面倒なため一か月に二回、麓へ買い物に行く。

 今ある食料は先日買い出しに出かけたばかりなので約二週間分だそう。

 知哉ともやが都度買いに行くならそれでもいいがどうすると聞いてきた。が、あの山道を何度も往復することを考えればたとえ荷物が多く重くて辛くても月に二回程度にして、手元にある食料を上手く使っていくほうが良いとみことの提案に首を横に振った。

 次の買い出しには店の場所なども教える目的でみことも一緒に行くが、その後は一人で行くようにと言い渡される。言い渡され改めて体力重視を理解し、体力作りは否応なしにやらねばならないことなのだなと少々暗い気持ちで覚悟を決めていた。

 気が重くなりながらも先ほど貰った仕事着を持って自室へ行き着替える。

 四着ほど渡された作業着はどれもほんのりと寺院の中に居るかのような香りがした。

 その香りの効果だろうか、ぼんやりとしていた頭はしっかりと意識を保ちながら気持ちを落ち着かせてくれる。

 作業着に着替えた知哉ともやは再び先ほど朝食を終えた居間へ。

 朝食の後片付け、食器を洗い時計を見れば香御堂こうみどうの開店までは少々時間があった。

「少しここの片付けもやっておきたいところだな」

 辺りを見回しながら知哉ともやは大きなため息をつく。

「本当に、どうやれば女一人暮らしでここまで汚すことが出来るんだ。僕の部屋よりひどいぞ、これ」

 この家はみこと一人であるにもかかわらず物が溢れ、通路を塞ぎ、さらには最新式のシステムキッチンが意味を成さないほどに使う部分だけ使えるようになっている始末。

 何が入っているかのメモ書きすら無い、積み上げられた段ボール箱と何時から捨ててないのかわからないゴミ袋の山を眺めた知哉ともやの口からは呆れた言葉とため息以外出てこない。

「一体何時からこの状況なんだ。あの人、よくこんなところで生活していられるな」

 文句を言いながらも、台所の現在の状況や食器棚の中身などとにかく周りを確認した後、体は自然と片付け体勢へと移行した。

「今時の男の子は家事くらいできないとね」

 母親である倫子りんこは自分の夫が全く家事を手伝ってくれない事が嫌で、知哉ともやには家事の全てを仕込んだ。

 知哉ともやも何の疑問ももたずやっていたおかげで、何時の頃からか体が勝手に動くまでに家事万能男子へと育っていく。

 ただその万能機能も、家にいる時はたまの母親の手伝い程度にしか役に立っていなかった。

 「一体これが何の役に立つんだ」なんて思っていた知哉ともや。だが、今、頭の中では「ほらごらんなさい。役に立ったでしょ」という何故か得意げな母親の声が響き渡っているような気がする。

「それにしても、流石にこの状況はないよな、女って一人だとこういうものなのか?」

 非常に手際よく手を動かしていると、ゴミの中から書類の山が現れた。

「うわ、これ大事なものじゃないのか?」

 呆れながら書類を一枚一枚整えていると、みことの生年月日が書かれている物があり手を止める。

「……年上なのか」

 書類を見る限りみこと知哉ともやの二つ年上。

 言葉使いは横柄であり、言い回しは年寄りくさいが、見た目は童顔なせいか自分よりも幼く見え、てっきり年下だとばかり思っていた。

 しかし、時折見せる大人びた表情はとても色気のある美人で知哉ともやを少々どきりとさせ、年下のくせにと思っていたが、年上であるならなるほどと思える。

 みことは日本人男性の平均身長より少々高い知哉とほぼ変わらないほどの長身と、細身で女性らしい曲線をもつ体には似つかわしくない筋力を持った女性で、恐らくこの家の惨状を見ると細かい事は気にしない大雑把な人。

「散々な現状だけど、食事は普通にうまかったんだよな」

 考え事をしながらでも動いている手足が、徐々に本来の床を探し当てその範囲を広げていく。

「多分、出来ないわけじゃないんだ。やる必要のないことはやらないってことかもしれない。それはそれで面倒な人だな」

 出来ない訳では無いがやる必要がなければやらない、自分の父親のようであり、それがいかに面倒な性格なのかを知っている知哉ともやはさらに大きなため息をついた。

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