おひさま相談所におまかせを!

アイウラ 真

第1話 相談所、立ち上がる!

 四月。それは、あたたかい春風が頬を撫で、新しい人との出会いに心躍らせる時節。先日、白波中高一貫校の高等部に進学したばかりでクラスメイトとの距離を慎重に計ろうとしていた俺だったが、出端からそれをくじかれていた。


「部を作ります」


 主に、現在目の前にいる女子のせいで。


「はあ……」


「手伝ってください!」


「やだ」


「なんで⁉」


 なんでもなにもないわボケ。なんで協力してもらえること前提で話してんだよ。

 目の前で口をあんぐりと開けて迫ってくる女子、小日向日向こひなた ひなたにもう何度目になるかもわからないお断りのセリフを伝えると同時に、苛立ちを覚える。


 雑誌の読者モデルぐらいなら全然起用されそうなほど整った容姿と、高校生ながら抜群のプロポーションを誇る肢体。櫛の通りが良さそうなストレートの黒髪は肩甲骨を包むほどで、ぱっと見は大人な雰囲気を醸し出す。が、俺は知っている。こいつの中身は世間知らずの小学生のままであることを。


「幼なじみのよしみで手伝ってよ! ね、いいでしょ⁉ いままでだってなんだかんだ手伝ってくれてたじゃん!」


「ほとんど無理やりな。だいたい幼なじみじゃなくて腐れ縁だろ」


「そんなことないもん! 幼稚園の頃からずっとクラスも一緒だったんだから、これはもう健司けんじと私は運命で結ばれた永遠の相棒ってやつに決まってる!」


「それこそ腐れ縁以外のなにものでもないだろ⁉」


 言いたい放題言ってくる日向に怒鳴って反論する。幸い現在は朝礼を前にした教室で、他のクラスメイトたちは各々の会話に忙しいようでこちらに視線を送ってくることはなかったが、この調子で口論が続けば注目を集めるのは時間の問題だろう。


 そもそも日向の方も、頬をリスのようにぷっくりと膨らませている様子からしてやりあう気満々のようだしな。


「いいじゃんか! いままでと別に手伝うこと変わらないんだし、私だっていままで以上にがんばるからさ!」


「だからそもそも、俺が手伝うこと前提なのがおかしいって言ってんだよ!」


「前例がたくさんあるんだからおかしいことないって!」


「んなことねえよ! いままでさんざんこき使ってきたのは誰だよゴラ!」


「同意の上じゃん! おじさんもおばさんも『健司のこと任せるね』って言ってくれてるもん!」


「それはこき使う理由にならない!」


 幼稚園からの仲ということで察せるかもしれないが、俺たち両家の両親は非常に仲が良い。なんなら俺と日向が生まれた病院は同じところだったという話まで聞いたことがあるので、もしかしたら俺たちが生まれる前から縁があるのかもしれないが、その手の話を聞いたことは俺はない。が、別に俺だって小日向夫妻のことは実の両親と同じぐらい敬愛しているし、たくさんお世話になっているのを恩に思っている。


 しかしながら、それとこれとは話は別だ。


「……だいたいこき使ってなんていないし」


 とか思ってたら、なんか露骨に不機嫌な顔で睨んできやがった。おいてめえ、いくら可愛いからって俺は容赦しねえぞ。


「あぁ? 寝ぼけたこと言うんじゃねえぞ」


「寝ぼけてるのは健司の方でしょ! クマ、すごいことになってるもん!」


「これはお前が連日連れまわすからだろうが! 寝る暇もねえっつの!」


「夜は連れまわしてないじゃん!」


「認めたな⁉ いま俺をさんざん連れまわしているという事実を認めやがったな⁉ ていうか夜は延々とお前の電話に付き合ってるから寝不足になるんだよ! わかれや!」


「え? 私そんなことないのに?」


「超人には常人を理解できねえんだよ! お前ちょっとは――」


 ごちん。


 突如、後頭部に固いものが当たったような激痛が走った。


「いってぇええええええ! 誰だいきなり叩いてきたのは⁉」


「私。ていうか朝からうるさいよ、健にぃ」


 後ろを振り返ると、そこには日向と瓜二つの顔をした女子が一名、こちらを睨むように見ながら立っていた。冷たさを感じるその視線に、思わず背筋に寒気が走る。


「……は、陽」


 小日向陽こひなた はる。この学校の中等部三年生で、日向とは双子と見間違うほど容姿が似ている女子である。


 と言っても、日向と似ているのは顔つきだけで、身体つきはしゅっと引き締まっており、日向とは違った意味で健康的な肢体をしているし、なんなら目つきも日向より若干鋭く、彼女が目を細めて見せればまるで射抜かれたような視線を感じることだろう。


 そんな、そもそも高等部校舎に入ってくる理由のない彼女が来たことに対し、しかし姉の日向は咎めるでなしにこれ幸いと妹に泣きつこうとしていた。


「あ、陽~聞いてよ~。健司がね、ひどいんだよ~」


「どうせいつものわがままでしょ。ほら、お弁当。姉さんも健にぃもそろって忘れて行くんだから」


 抱き着く姉を無視して、陽はその手に持っていた二つの弁当の包みを俺の机に置いた。片方は可愛らしいピンク色の生地に桜が散らされた柄のもので、もう一つは紺色の無地の物、普段俺が使っている物だ。


 どうやらわざわざ届けに来てくれたらしい。正直今日は購買で済まそうかと思っていたから助かる。


「あ、ごめ~ん! お姉ちゃん気を付けるね!」


「……悪い。気づかなかった」


「ま、健にぃは姉さんに攫われてったからしょーがないよ」


「陽まで私のことそんな風に言わないでよ⁉」


「抗議するなら日ごろの行いを省みてよね」


「…………え~と、どこら辺?」


「「はあ……」」


 くしくも陽とため息が同機したのは、たぶん同じ理由なんだろうなぁ。


 ◇


「それで? 部活がどうこうってなんの話してたの?」


 弁当を受け取って「それじゃあね」となるかと思いきや、陽は唐突にそんな問いかけをしてきた。


「え、そこ聞くのかよ……」


「だって気になるし」


「際ですか……」


 好奇心は猫を殺すって言葉を教えてやりたい……まあそんなこといま言ったら、日向がへそを曲げそうだから言わないけど。


 そして当の日向は、「聞かれたならば答えましょう!」と勢いづいていた。


「よくぞ聞いてくれました陽さんや! ふっふっふ……実はね~」


 デデン、とテレビで流れるような小気味のいい音とともに、日向が一枚の用紙を掲げる。なおその用紙を持つ手と反対の手には、スマホが握られており先ほどの効果音はそっちから流したようだ。


 芸が細かいな。


 そして肝心の用紙の方だが……。


「この度私、相談所を作ることにしたのです!」


「「相談所?」」


 日向にオウム返ししながら、紙を見てみると部活動申請書と書かれたものだった。


 え、ガチで部活作る気なのかお前。っていうかもしかしなくてもこれって……。


「そう! いままでは足で困ってる人探してたけど、それより相手の方から来てもらうの! 最初は少ないかもしれないけど、そのうち私たちの評判を聞きつけた人がどんどん集まって人助けがぐんぐん進むに違いない! って思ったのよ!」


 得意げに豊満なバストを強調させる、我が腐れ縁の女子。そして俺は、いま彼女が口にした単語にひどくデジャヴを感じていた。


 すると、


「……………………健にい」


 隣から、よく冷えた声で俺の名を呼ぶ、妹分。ぎぎぎ、と首をぎこちなく彼女に向けると、陽は妙に明るい笑顔を見せてきた。


「は、はい」


「ちょっとお話しよっか」


「へ、へい」


 ◇


「姉さんになに吹き込んだの」


 日向に「ちょっと健にいと二人で話したいから席外すね」と陽が断りを入れ、廊下へと連れ出された直後。陽が責めるような目でこちらを上目で睨んできた。


 ひぇえ……女子の上目遣いとか普通可愛らしい仕草の定番なのに、どうしてこの子がすると虎の威格みたいになるの……。


「べべ別になにも」


 虎に睨まれたウサギとでもいうのか……とぼけようとしてあからさまに噛んでしまった俺に、批難の視線がさらに温度を下げて突き刺さる。


「明日の夕食――」


 こ、こいつ……!


「……さ、さっき日向が言ったことそっくりそのままのことを一週間前に言いました」


 中学生の女子に脅されて屈する高校男子というのは正直情けない限りだが、これに関しては致し方ないとしか言えない。なぜなら、俺の夕食はいつも小日向家にお呼ばれされているからだ。


 つまるところ、俺の胃袋はすでに陽に人質にされているといっていいだろう。そうじゃなくても、彼女には日頃から、主に日向関連で多大な借りがあるので、よほどのことじゃない限り俺は陽に逆らうことができないでいる。


 だが、それでも夕食を引き合いに出すのはタブーもいいところ。それほどまでに、陽は今回の話が気に食わないらしい。眉間にしわを寄せた彼女は、さらに追及してくる。


「それで? それだけじゃないんでしょ?」


「さ、最初は苦い顔してた日向にメリットの説明したら思いのほか食いついたもんで……その、集客と話題性の連鎖反応を使えばもっとたくさん依頼が来るって、話し、ました……」


 要約するとある程度人を集めて話題になる事柄を広め、それを拡散してもらったら話題に乗っかった人がどんどんやってくる、という話だ。SNSとかを使った炎上商法が近いかもしれない。


 ただ、この方法のネックは話題になるような事を準備できるかどうかにかかっている。人が興味を持ちそうなことを調べ、準備し、拡散するには、初動が最も労力を要する。


「ちなみに最初がどれぐらい大変かってことについては?」


 そのことを陽も察しているのだろう。彼女の目から一層の非難の色が見て取れた。


「……俺、自分が寝る時間が確保できればそれでいいと思ってるから」


「……言ってないのね」


 呆れ半分憐憫半分の表情をする陽さん。中学生にしてこの手の話を理解できるとは、やはり頭がいい。日向も地頭はいいんだが、今回のように乗せられやすいのがあいつの弱点だよなぁ。っと、そんなことより。


「いやそうは言ってもさ、言うほどじゃないか? だって町中でいままで人助けなんて数えきれないほどしてきたんだし、評判なんてすぐに広まるって!」


 陽への反論を出してみる俺。これは結構本音の部分だ。


 小日向日向という女子は、昔から人助けをしている。どれぐらい昔からかと言えば、小学校高学年からだ。当時から俺は、日向のその”人助け”に協力させられており、それは高校生に上がったいまでも続いている。


 もちろん、最初の頃はそれはもう大変だった。日向は昔から困っている人を見つけるのに長けており、手あたり次第に困っていそうな人に声をかけては手伝いますと言ってきたのだが、小学生相手に本気で困っている人が頼るわけがない。だから俺たちは、大人にも信用してもらえるよう、あらゆる手を尽くした。その詳細は省かせてもらうが、そのかいあっていまの俺たちは地域の人たちからも一目置かれる存在になっている。


 今回はそのこれまでの実績と積み重ねがある分、話題性は十分見込めると俺は思っている。そりゃあ日向はこんな考え聞いたら「私はそんなことのために人助けしてきたんじゃないのに!」とか言うかもしれないが、せっかく利用できるものがあるなら利用しない手はないじゃないか。


 が、しかし。そんな俺の考えにも陽は首を横に振ってきた。


「健にい、それは甘いと思うよ。ここ、どんな学校?」


「私立白波中高一貫校だが」


「ここ、寮で生活してる子がいるのも知ってる? 県外から来た子とかが」


「それはもちろん――あ」


「姉さんが外でずっと活動してるのを、この学校の生徒はほとんど知らないよ? 私たちみたいに通学している人は知ってるかもしれないけど、どちらにしろ姉さんが助けてきた人って総じて大人ばかりだったし」


「…………え、待って。それじゃあ、もしかして」


 話題性、そこまでない? なんなら変なことしてる人たち認定されて遠ざけられるまであったりする? え、それ本末転倒もいいところなんだが――


「も~、二人ともなにコソコソ話してるの~。私も仲間にい~れ~て~よ~」


 嫌な予想が脳裏をよぎった直後、いい加減放置されるのに焦れてしまったらしい日向が教室から出てきて背中に抱き着いてきた。スタイル抜群の、その身体で。


「ねーねー、なに話してたのさ~」


「…………」


「ね、姉さん、さすがに高校生にもなってそれは大胆過ぎるんじゃ……」


「? 大胆? なにが?」


「……………………」


「あ、ううんなんでもない。いつまでも純粋でいてねお姉ちゃん」


「うん? うん! かわいい妹の頼みならお姉ちゃんはなんでも聞いちゃうよ~!」


「………………………………」


「はあ……健にい、大丈夫?」


「エ、ナニガ? ベツニダイジョウブダヨ?」


「ダメだこりゃ……」


 背中に感じる二つの大きな膨らみは、まるでふわふわのホイップクリームみたいだと思いました、まる。


 ◇


 そして翌朝。


「こうなるのか……」


 俺、日向、陽の三人は正門前に集合していた。……まあ、そもそも日向に家から連行されてきたから集合もなにもないんだけど。


 ちなみにいまの時刻は午前六時四十分。運動部の朝練すら始まっていない早朝である。


「なんで中等部の私まで……」


「いや、陽はいつものことだろ? 日向に巻き込まれるのは」


「それ、そっくりそのまま健にいに返してあげる。平常運転だね」


「なんだとこの野郎」


「なにさヘタレもやし」


「んな⁉ は、陽ちゃんはいつからそんな子になったんだ⁉ そんな悪口を言う子に育てた覚えはないぞ!」


「私、健にいのことフォローしたことはあったけど育てられた覚えない」


「ぐぬぬぬ……」


「むむむ……」


 互いに顔を突き合わせて睨みあう。正直不毛な争いなのは理解しているが、こんな朝早くから叩き起こされてイライラしているので仕方ない。おそらく、陽も同じ理由なのだろう。いつもより暴言に棘がある。これが本心だったら俺泣いちゃう。


「はいはい二人とも、ケンカしないのー。はい、これ持って」


 そんな俺たちの内心はちっとも理解していない傍若無人美少女が割って入ってくると、俺たちの両手に何かを乗せた。


 どさり、と日向から手渡されたのは、優に百枚はあろうかというビラである。


 お、重い……。


「な、なあ日向? やっぱり考え直さないか?」


「え、なんで? もう生徒会長の許可ももらってきてるから気兼ねしないで大丈夫だよ?」


 行動が早いなお前! こういうときだけ!


「ね、姉さん姉さん。私今日部活の朝練――」


「は明日だって言ってなかったっけ? 確かサッカー部」


「……はい、その通りです」


 だ、だめだ……陽まで退路が断たれている……。ほんとこいつ、こういう時だけは準備というか、抜かりがないというか。


「あ、もちろんまだまだビラはあるからね! 全部で六百枚ぐらいかな? 頑張って配りきろ~!」


「「……お、おー」」


 六百枚……マジで? 全校生徒の半分以上じゃないかそれ?


「あ、それと陽には別に三百枚用意してるから! 中等部の方にも配ってあげてね!」


「え……う、うん、わかった」


 あ、こっちチラ見した。てかもう涙目だわこの子。後で手伝ってやろう。……こ

れが終わったらの話だけど。


「はぁ……」


 ………………あ~~~、もう! いい加減覚悟決めるか!


「で?」


「ん?」


「どこから配るんだよ、これ。三人固まってても仕方ないだろ」


 物事をスムーズに進めるには、とにかく効率的に動くのが一番だ。その考えのもと日向に発言すると、彼女は一瞬だけ目を点にし、直後に花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「~~~! 健司のそういうところ大好き! えっとね~、最初はね~」


「お、おう」


 いきなりなに言い出すんだこいつ。照れちゃうだろうが!


「…………私も試しに言ってみようかな……」


 陽さんや? 君までなに言い出してんの? ダメだよ? お兄さんこれでも耐性ないんだからね?


「陽……お前――」


「? なあに? どうかしたの?」


「いやどうかしたもなにも――」


「じゃあ私、朝礼もあるから西門で配ってくるね~。二人とも頑張ってー」


「あ、おい! ……行っちまった」


 足早に遠ざかっていく妹分の背中は、なんだかいつもより小さく見えた。


「大丈夫か? 陽のやつ」


「陽も大変なんだよーいろいろと。さ、健司! 私たちも配ろ!」


 俺が言ってるのはそういうことじゃないんだが……まあ、でも少なくとも俺よりは彼女のことを理解しているのは日向だろうから、俺が変に心配するのも野暮ってやつか。


「……そうだな。配るか!」


 腹を決めた以上、ここからは務めを果たすことだけを考えよう。


 長年の下僕根性なのか、はたまた幼馴染、いや、腐れ縁として最低限の面倒を見てやろうっていう親切心から、俺は手に乗るビラをしっかり持った。

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