第11話 許嫁

 帰り道は、途中までナオや七瀬と同じだ。だが、別れ道以降は栗花落と同じになる。

 というのも、栗花落の家であり店である『パステル・ケイク 門倉市店』は、オレの家であり店である『はせとらや 本店』の目の前にあるからだ。

 そんな配置、本来なら喧嘩は必至とお思いのことだろうが、そこは、オレと栗花落を許嫁なんて関係に落とし込むような親たちのこと。呑気にコラボ商品なんて作り始めるくらいに関係は良好で、何ならわざわざ門倉市に支店を作ったこと自体、オレと栗花落を接近させるための策略なんじゃないかと、オレは疑っているくらいだ。

 実際、帰宅するタイミングが同じになれば、帰路はこうして肩を並べるはめになる。オレも栗花落も店の手伝いがあるから、委員会や部活に入る余裕はない。つまり、こうなりやすい。ほらな? 策略だって言われても納得するだろ。


「何を得意げな顔してるの? 変なの」


 自分のモノローグに自分で頷いていたら、栗花落にツッコまれてしまった。こほんと咳払いをして、何でもないとごまかしておく。

 栗花落は、聞いてきた割にはどうでもよさそうに鼻を鳴らした。帰宅前のじゃれ合いで、ナオと七瀬に改めて許嫁という関係をいじられてからこっち、栗花落の機嫌はどことなく悪い。不機嫌、と表現するほどではない。いつもなら次から次へと話題を引っ張り出してきて喋り尽くしの栗花落が、今日は静かでおとなしいのだ。オレの経験上、栗花落がこうなっているときは、怒っているか落ち込んでいるかのどちらか。

 静かなのは落ち着けていいのだが、普段テンションの高いヤツがローテンションだと、妙に気になる。オレは、わざとらしくなっても構わない気構えで言った。


「例えば、オレとお前が許嫁じゃなかったとしたら、どうする?」

「……急に何?」

「いやほら、あいつらに仲が良いだなんだと言われてさ。今更かもしれないけど、なんか気になって」

「…………」


 栗花落はいぶかしむ目でオレを見る。怯まずにじっと目を見つめ返してやると、栗花落は案外あっさりと折れた。


「友達なんじゃない。普通に」

「え?」


 栗花落の答えは、オレにとって少し意外なものだった。てっきり、見知らぬ他人だとか、特に話もしないクラスメイトとか、そんな答えが返ってくるものだと思っていた。

 栗花落はそっぽを向いて続ける。


「長谷寅君だってそうでしょ。例えばわたしがただのクラスメイトだったとして、ずっと他人のままだと思う?」

「…………いや、あんまり思わないな」

「でしょ?」


 想像ができない、というのも大きな理由のひとつではあるが。こっちを振り向いた栗花落の顔を見たら、栗花落が何を言いたいのかは何となく分かった。

 オレは、栗花落との間にある許嫁という関係性が気に入っていない。それは栗花落も同じである。だが、オレは栗花落木乃香という人間のことを嫌っているわけではないのだ。ナオや七瀬と同じように、一人の友達として仲良しな人間であると、そう思っている。

 栗花落はどこか照れくさそうにしながら、


「むしろ邪魔なんだよね、許嫁ってさ。こんな関係じゃなければ、変に意地張ったりしなくてもよくなるかもしれないのに。あーあ、やれやれ」


 言っている意味がよく分からなかったが、オレも気持ちは大体同じだ。許嫁でさえなければ、オレも栗花落のことを邪険に扱う理由はない。もっと仲良く付き合うこともできたはずだ。

 だが、許嫁として子どもの頃から一緒にいたからこそ、今の遠慮のない関係性が築けているというのも、間違いではない。何だかんだ言っても、居心地が良いのは確かなのだ。お互いに気兼ねなく本音をぶつけ合えるからこそ、ナオや七瀬と一緒にいてもバランスが取れているのかもしれない。

 まあ、結局は例えばの話である。今、ここにこうしているオレと栗花落の関係性が、明日から劇的に変わることはないのだから。

 少し元気を取り戻した栗花落の話を聞きながら、今日も平和な一日が過ぎた。

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