第10話 じゃれ合い
「能美ちゃんって、ほんと髪キレイだよね。何か特別なケアとかしてるの?」
「いや、特にこれといって、特別なことはしていないと思うが……」
「嘘だ、それは絶対に嘘だ。教えろ。おーしーえーろー」
「こら、撫でるな、いじくり回すな。やめろというのに、まったくもう」
放課後の教室にて。オレは教壇から、じゃれ合っている女子二人の様子をぼーっと見守っていた。
どうしてこうなったのか、経緯なんざもはや覚えちゃいないが、どうせ栗花落が七瀬にウザ絡みしたとか、そういうのだった気がする。七瀬の健康的なポニーテールを指で梳きながら、髪の一本一本を値踏みするように睨みつけている栗花落に、七瀬は困ったような苦笑を向けている。
「まことに眼福だよね。そうは思わないかい、真也」
「……お前、自分が今どんな顔してるのか、鏡をよく見てみたほうがいいぞ」
いつのまにか横に来たナオが、下卑た笑いを浮かべて言った。オレが指摘すると、ナオはわざとらしく肩をすくめてみせる。
眼福かどうかはさておくとしても、はた目から見て、二人ともそれなりの見てくれなのは否定できないだろう。栗花落は小柄だが可愛らしい雰囲気をもっているし、七瀬は女子にしては背も高く、美人である。そんな二人がこうしてじゃれ合っている光景は、見る人が見れば鼻血を噴きそうなくらい刺激の強い光景だというのは、悲しいかな、何となく理解できてしまう。
当然、オレにそんな趣味はない。微笑ましい、くらいは思わなくはないが。
「ああ、もう、やめろってば。二人も見てないで助けてくれないか。まるで怪獣のようだ」
いよいよ耐え切れなくなったのか、七瀬が助けを求めてきた。怪獣と言われた栗花落は、両手をわきわきさせながら「がお~」なんて冗談をやっている。
オレはため息を吐くと、一応ポーズだけでも助けてやるかと歩み寄り、栗花落の首根っこをつまんで引っ張った。
「うにゃ」
うわ、なんだこいつ。猫みたいな声出しやがった。可愛くない。
怪獣つゆりから解放された七瀬は、少し乱れてしまった髪を手櫛で整えながら笑った。
「助かったよ。もみくちゃにされてしまうところだった」
「もうなってた気がするけどな。っていうか栗花落、あんまり七瀬に迷惑かけるんじゃねえ。お前と違って大人なんだから」
「何よそれ。まるでわたしが子どもみたいじゃない」
「違うのか?」
「むきーっ」
栗花落が反撃してきた。が、首根っこを掴んでいるせいでろくに振り返れず、まともな攻撃にはならなかった。一生懸命何とかしようとするが、オレは決して放してやらない。
と思ったら、振り返るのは諦めて、肘で攻撃し始めた。身長が低いせいで的確にオレの脇腹を突かれ、腹が立ったので人差し指で後頭部をつついてやる。なんだかお互いムキになってしまい、しばらく無言でつつきあっていた。
「二人は本当に仲が良いな」
いつのまにかさっきオレがいた教壇のほうへ避難していた七瀬が、頬杖をついて言った。横ではナオも、やれやれといった顔で見ている。
「うんうん。さすがは許嫁だね。じゃれ合いにも容赦がないときた」
「それは仲良しとは言わなくないか。……単に付き合い長いだけだろ」
「僕らと変わらないじゃないか。どのみち小学校からの仲なんだし、僕にはそんなことしてくれない気がするけど」
「それはお前がボディタッチ好きじゃないからだ」
「私にもやってくれないじゃないか」
「できるか!」
オレは栗花落の首根っこを放した。掴みっぱなしだといつまでもいじられる気がしたからだ。
栗花落は自分の襟元を正しながらぶすっとこっちを振り返り、オレのことを睨んできた。
「なんで許嫁なんだろうね、長谷寅君が。お母さんもお父さんも好きだけど、君との関係だけは納得いかない」
「そりゃこっちの台詞だ」
何度したかも分からないやり取り。ひょっとしたらこれも、じゃれ合いといえばじゃれ合いなのかもしれない。やれやれだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます