Lesson5 本部のはなし 後編
母の真実になんとか正面から向き合えるようになった頃には、ネクターは20階に佇んでいた。
「あっ、おかえりなさいネクターさん」
「……ただいま現世。で、ここは何だ?」
「ここが本部の最上階、通称幹部室です。表向きには伯父さんの執務室ということになっていますが、基本的には会議室として用いられています。もっとぶっちゃけて言うと幹部専用の休憩室みたいなものですね。試験の時は幹部勢揃いで筆記試験の採点を行っていたりしました」
会議室と言う割にはそのスペースは所帯染みている。まず、一番奥にはアイランド式のキッチンが二対。その手前に8人は座れるであろうダイニングテーブルと椅子。無駄に巨大なテレビとこれまた8人は座れそうな長いソファ。
まるで自分達が住んでいるマンションを丸ごと広げたかのようなくつろぎスペースだ。とても試験の採点や会議を行う所には見えない。
そして、ソファの上には寝転がってテレビを観ている黒い物体が見える。
「なんだプリスに……不確定名ネクターってところか?20年ぶりに会うから分からん」
「ネクターで合ってるよ。久しぶりだなクスターさん」
ネクターとクスターは互いの面識が薄い。ネクターにとっては自分の食事をどちらが作るかで母と揉めている黒い物体としか思っていないし、クスターにとっては料理を提供する客の一人ぐらいの認識でしか無いからだ。
「クスターさん、どうしたんですか?まだお昼の営業時間では?」
「サボった。今日は作る気分じゃないから店主急用のためって張り紙貼ってきたわ」
「それで依頼入ってきたらどうすんだよ」
「仲介業は俺だけがやってる訳じゃ無いんだよ。あの店でそういうことやってんのは、その方がカッコいいからって理由だけだ」
クスターの言が足りないので補足しておくと、別にカッコいいという理由だけで冒険者ギルドの真似事をしているわけではない。
一つ、その方が窓口としてとっつき易いからだ。確かにウィンドベル本部に行って直接依頼をしても受理されるのだが、それでは堅苦しくなって詳細を言い切れない可能性がある。
クスターの提供する料理と共に話をした方がスムーズに行くというだけである。もう一つの利点としてはクスターの料理を仲介料込みとは言えわずか60ギルで味わえるというものがある。むしろこっち目当てで来る依頼人の方が多い。
ただし、クスターはこうやってサボることが多い。そのため、基本的には予約を入れてから行くのが安牌と言える。今日は予約が入っていないから店を閉めてサボっているのだ。
「ええ……だって緊急の依頼とかどうすんの?」
「そんなに急いでんならわざわざ飯食いに来る訳ないだろ。電話ってのが今の時代はあんだろうが」
「電……話……?」
「そんなの使うより駆けつけた方が速いですし」
この世界には一応携帯電話の類は存在する。だが、ネクターは契約料や通信料を嫌がって使っていないどころか、住所不定だったので固定電話にすら縁が無い。プリスの場合はコンタクトを取りたい場合自力で駆けつけるし、何よりすぐに携帯電話を壊してしまう。
どうしてもプリスに用がある場合はウィンドウに頼んで転送してもらうのが一般的だ。ウィンドウも自身の能力故にプリスと同じく携帯電話を所持していないので結局人力ウィンドウ探査機であるアリアとコンタクトを取らねばならないのだが。
「お前何でも複製できる能力あんだから一本ぐらい持っとけ。とにかく俺はサボる事で忙しいの。とっとと散れ」
「はーい。この事は父さんと母さんにチクっときますね」
クスターは事もなげに脚を上げて振る。二人は納得いかない様子で渋々退室した。
「いいのかあんなのが幹部で」
「まあ、クスターさんやる時はやる人ですから。あの人が暇してるって事はそれだけ平和って事ですよ。さて、父さんへの報告ついでに屋上行っちゃいましょうか」
「あれ?あそこって幹部ですらおいそれと入れないんじゃ?」
「入らせたがっていないのは母さんが禁じているからです。父さんとの思い出を踏みにじられたくないとかなんとか。でも、今はただのミイラですから関係ありません!」
「やっぱミイラ呼ばわりしてるじゃねえかよお前も」
20階の非常階段から屋上に出る。相変わらずの鐘しか置いていない殺風景な場所だ。
「まあ、特に見るべきものも無いんですけどね。あの約束の鐘ぐらいでしょう」
「母さんが二度に渡って親父と戦った場所とか言ってたな。なんでまた」
「あれ?ネクターさん……いえ、兄さんはご存知ないのですか?私達の両親の馴れ初めを」
「さあ……そんなの聞く前に家出したからな」
「ではお話し致しましょう。まず、父さんの成り立ちからですね。あの人は本来無として生まれてきてしまったんです。両親に認識されないままね」
この時点でネクターの頭は混乱していた。訳がわからない。
「だって、今は存在しているじゃないか。それがどうやって?」
「唯一それを感知出来た私達の曽祖父がなんとかして声だけを与えたのです。それからしばらくは曽祖父が養育していたそうです。父さんがおじいちゃんっ子なのはここに起因します。緑茶が好きなのはひいおじいさまの影響ですね」
「心底どうでもいいな」
「それから7年後、声だけの無を養育するコツを掴んだ我々の祖父母に父さんを引き渡し、一応学校に通わせました。その時に出会った伯父さんと意気投合し、親友になったそうです」
「無と友達になった伯父さんなんなんだよ」
こればかりはピエットがおかしいと言わざるを得ない。当時のピエットからすれば知的好奇心を刺激する唯一のものと言えるべき存在であったからだ。
「それから十数年。なんとかして父さんに実体を与えるべくひいおじいさまと伯父さんは父さんの存在証明を行うべく共謀します。そのために母さんと父さんを共同生活させました。紆余曲折あって母さんは父さんの存在証明に成功し、今の父さんが形作られました」
「その紆余曲折の部分がめちゃくちゃ気になるんだが」
「私もその手法を聞いたんですが、さっぱり理解出来なかったんです。で、その直後に父さんは母さんにプロポーズをしたんですが、これをあっさり却下。その後もめげずに父さんは母さんに言い寄って来たんですが、我慢の限界が来た母さんはここに父さんを呼び寄せたのです」
「何でわざわざここに?」
「人気の無いところに呼び出すのは告白すると同義ですからね。ついに想いに応えてくれたとウキウキ気分だった父さんを待ち受けていたのは、無数の刀を屋上いっぱいに突き立てた臨戦体制の母さんだったのです」
ネクターは能力を使って当時の様子を再現してみる。その光景を想像し、怖気が走った。
「えぐっ……」
「完全に殺す気満々で準備の整った母さんは絶望している父さんを真っ二つにしました。これが幹部衆の間では『ウィンドウ半殺し事件』と呼ばれています。これが一度目の戦闘ですね」
「全殺しの間違いでは?」
「死ななかったんで半殺しです。とはいえインサイドの刃で灼かれた父さんの身体はそう簡単に治るはずもなし、母さんが責任を持ってつきっきりで看病に当たりました。そうしているうちに求婚一辺倒だった父さんも落ち着いて対話を繰り返すうちに両想いとなったのです。私達と同じ感じですね」
「両想いになったかどうかはさて置いてな?」
プリスはネクターの態度に頬を膨らませるが、ネクターは意に介さない。
「……自分の気持ちぐらいはとっとと気づいて下さいよ。それはさておき、完治した父さんがもう一回ここで戦った結果、勝利を収め見事結婚まで漕ぎ着けたというわけです。めでたしめでたし」
「めでたくねえよ!?何でまた戦ったんだよ!?」
「だから母さん面倒臭い人なんですって。確か兄さんと戦った時も戦わないと相手の事を知ることが出来ないとかなんとか言わなかったですか?それが理由です」
「り、理解の外にあるなあ……」
ともかく、それでウィンドウとアリアは結ばれたというのが事実なのだから後でどうこう言った所で覆りはしない。
「さて、昔話も終わりましたし、私は父さんへクスターさんのサボりを報告しに行ってきます。ネクターさんは先に地下までエレベーターで行ってて下さい」
「お、おう……」
プリスが西の空まで飛び立っていくのを見届けたネクターは、言われた通り地階へと降りるのであった。
地階に着くと、プリスが隣のエレベーターから降りてきた。
「よっしゃ!間に合いましたね!」
「すぐ来るんだったら俺、待ってた方が良くなかった?」
「ごくたまには私抜きで行動することに慣れて貰いませんとね。さて、地下ですが、大きく分けて4つの施設があります」
地下に降りてすぐ目につくのは道場だ。ネクターはプリスの言葉を待たず道場の中へ入っていく。そこには一目では目視できないほどの広大な空間が広がっていた。
「まずは道場ですね。基本は職員同士が模擬戦を行うのですが、今はご覧の通りバレーボールで遊んでますね」
「なんでバレー!?あっレイダーさんまで!」
道場内の一角は道場とは名ばかりの体育館となっている。学校帰りの子供達に混ざって白いユニフォームに身を包んだレイダーが本気のサーブを放っている。
「どうしたどうした!そんなんじゃイースタンメイガスにはなれないぞ!」
「おじちゃん大人げなーい!」
「もっと手加減してよー!」
「あの人、子供相手に何やってんだ……」
「あんなんでも子供には慕われるんですよね。さて、見なかった事にして次いきましょ」
次にプリスが向かったのは道場と同じような体育館のような所。だが、さっきの道場とは違い、真ん中にはキッチンが二つ置かれている。
「なんじゃここは」
「ここは母さんとクスターさんが料理対決を行う場ですね。いつも喧嘩になるとここに来て対決するのです」
「ええ……そんな料理漫画みたいな……」
かつて自分の食事をどっちが作るかで争っていた二人が未だにそんな事を続けていると知ったネクターは困惑した。
「これが一種の娯楽になっていまして、対決となると職員や近所の人達がこぞって観客席に集まるんですよね。料理は無料配布されますし」
「ウィンドベルもセントラルシェル市民も暇かよ」
「今度暇つぶしにここへ寄ったりしましょうね。不定期開催ですからいつになるかは分かりませんが。さて、次です」
次にプリスが向かったのは、緑色の檻が展開されている牢屋だ。
「なんだこの檻」
「あっ!触っちゃダメですよ!その檻は攻撃魔法で構成されたエーテル檻です!アウトサイドを閉じ込めるための檻なので、私達が触ったら一瞬でお陀仏ですよ!」
ネクターは檻に危うく触れるところであったが、すんでの所で手を引っ込めた。
「あぶねっ!た、たしかにそうだよな。アウトサイドの保護ったって暴れられたら意味ないもんな」
「ただ、その牢屋の中で充分に生活出来るよう整備はされているんですけどね。出前もそこのリフトを使って頼めます」
プリスは試しにリフトを動かすが、動く前にリフトの周囲にエーテル檻が出現し、リフトは天井に吸い込まれていく。
しばらくして牢屋の天井が開き、エーテル檻を展開したリフトが降りてくる。天井が閉まると同時にリフトのエーテル檻は消失する。
「なるほど、これを使って物の受け渡しをするんだな。その間に脱出するための隙間は無くなると」
「なんかやらかしたら私達と言えどここにブチ込まれますからね。さて、最後はネクターさん大好き技術部の作業場です」
牢屋のフロアを出て次に向かった先は、先程の道場やキッチンなど目では無いほどの広大な敷地であった。
その中ではひっきりなしに作業用EDが動いており、まるで工場のようであった。いや、それ自体がもう一つの街であるかのような広さだ。
「な、なん……なんだここ!?」
「技術部の作業場です。南はアヴァンチュラから、北は教会まで。その地下は丸ごとうちの組織が保有する広大な工場都市なんですよ」
「悪の組織じゃないんだから!」
「文句はそれ作った人に言って下さい。さて、多分一番南にいるでしょうねあの人は。行きますよ」
プリスが両手を合わせて距離を纏める。二人が一歩進んだ先ではマカリスターが人型EDの整備を行っていた。
「おっ、プリスとネクターじゃないか。どうしたこんな所まで?ネクターをうちの部署に預けてくれるのか?」
「ただの工場見学です!ネクターさんは渡しませんからね!」
「こんな悪の組織の秘密工場みたいなのおっ立てて何やってんだよマカリスターさん!?」
「よ……良かれと思って……」
自身の最大の理解者であるネクターにすら引かれたマカリスターは萎縮してしまった。
「良かれと思ったレベルじゃないよ。ウィンドベルはセントラルシェルをどうしたいんだよ」
「それピエットにも言われたよ……だって俺達の生産力じゃ地上は狭すぎるから……つい、作っちゃったんだもん……」
「そりゃこの国のED生産を一手に引き受ける技術部ならこうもなりますよね。つい、で作るような代物じゃないですけどね」
「なんか、ここ見学するだけで日が暮れそうだな……また後日にするか」
「そうですね。そろそろ父さんがクスターさんを懲らしめているころですし、ここから上に登ってアヴァンチュラで夕食にしますか」
と言ってエレベーターから地上に出ようとする二人をマカリスターは引き留めようとする。
「待て待て!ちょっと俺の最新作見てけよ!ネクター、お前専用のED作ったんだよ!」
「えっ!?マジ!?」
「いやいやいや!早過ぎでしょ!上級エージェントになるまで専用EDは支給されないはずじゃ!?」
ウィンドベルに入ると必ず量産型EDであるバニシングセラフを支給されるのが普通だ。武装を組み替えられる汎用性の高さがウリだ。
上級エージェントに昇格するころにはマカリスターが使う武装の癖を見抜いて個々に合わせた専用EDを製造する。だが、ウィンドベルに入って1ヶ月も経たない内に作られるというのは異常だ。
「4年間の付き合いはあるし、お前の能力なら武装は要らないからな。というわけでさっき整備していたこのフェイタルアイズがお前の乗機だ」
「ウワッ!?デカ過ぎだろ!?これざっと見たところ40mはあるよな!?俺まだ
「正確には44.4mな。お前の不運をこれでもかと生かした全高にしてある」
「私のやつの3倍の高さじゃないですか……どうしてこんな巨大な機体にしちゃったんですか」
「防御力全振りだからこんなにデカくなっちゃったんだよ。余程の武装じゃないと突破出来ないぞ」
自身の機体となる巨大な漆黒のEDを見上げるネクターはただ驚くばかりであった。恐らく装甲はミスリル以上の硬度を誇るメテオライト。マカリスターの言は正しい。
忌避するウィンドウ専用のEDと同じカラーリングなのは気に食わないが、それ以上にもっと気になる点がある。
「武装が無いって、どういう事?」
「だって、お前の戦闘スタイルって唯一無二だからさ。通常の兵器じゃ再現出来ないんだよ。というわけでもし乗ることがあったら自分で複製してくれ」
「EDサイズの武器作ったら気力が直ぐに枯れるわ!」
「EDそのものを複製出来る人がなーに言ってんですか。私だって武装無しのED使わされてんですよ。最もEDを使う任務なんかほとんど無いんですけど」
「うーん、作ったはいいが、お前ら都市管理部だもんなあ。まあ本当に緊急事態が起こった時用の保険だと思ってくれ」
保険にしては余りにも大きすぎて正直困る。これこそがマカリスターの弱点だ。何でもやり過ぎてしまうのがこの男の弱点と言えよう。
「……なんか話聞いてたらどっと疲れましたね。今度こそご飯食べに行きましょう」
「……そうだな」
「待て待て!まだ解説したいことがいっぱい……!」
これ以上は付き合っていられないとばかりにそさくさと二人はエレベーターに乗ってしまう。それでアヴァンチュラ内部に行った二人は頭にタンコブが出来たクスターの料理に舌鼓を打つのであった。
その後、マカリスターからの呼び出しを食らって地下工場内部の説明を懇切丁寧にされるのだが、これで1週間は暇を潰せるようになったのであった。
※今度こそおしまい。ご愛読ありがとうございました。
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