ネクターのはなし その3


不良達を流し終えたネクターは、破壊されてしまったダンボールハウスを次々と重複していった。ガルさんことガルシアは避難したホームレス達を呼び戻しに行っている。


今思えば、母の体に無数の剣が生えてしまったのはこの能力が運悪く暴発してしまったからだ。父が自分を鍛えてくれたのも、この能力を有効に活用するためだ。


だからこそネクターはますます父を許すことが出来なかった。能力の正体を知っておきながらあえて教えなかった父を。知っていれば母を生命の危機に陥らせる事はなかった。


「おーい、坊主!後はワシらが建て……建ってるー!?」


ガルシアはホームレス達を連れて戻ってきたと同時に腰を抜かしてしまう。彼がネクターに依頼したのは修復するための素材であるダンボールとブルーシートを作り出すことであり、修復自体を頼んだ覚えは無い。


ネクターの非凡なアウトサイド能力に驚愕したホームレス達はどよめいた。ネクターはそんなホームレス達を前にして、正座した。


「見てくれれば分かると思いますが、これが僕の能力です。必ず皆さんの役に立ちます。だから、どうか僕をここに住まわせて下さい。お願いします」


ホームレス達は頭を下げた4歳児を見て驚いた。余程の教育を施されている家に生まれたのだろうと推測するが、この地において生まれは関係ない。


「……坊主、歳の割りには弁が立つのう」


「ガルさん、今はそんなことどうでもいいだろ。あいつは俺達を助けてくれた。それにとんでもない能力まで備えている。いちいち気にすることかよ」


「いや、坊主が住む事に異論は無いんじゃが、ちょっと気になってのう。実はな、ここに来る前にもう話はまとまっておる。全員賛成じゃ。良かったのう坊主」


ガルシアがネクターの頭を撫でようとして、すんでの所で止まる。ネクターはヘルメットを頭の上に作り出していた。


「でも一つだけ、お願いがあります。誰も僕に触らないで下さい。僕に触ると不幸になる。そういった能力もあります。お願いします……本当にお願いします……」


「そうじゃったそうじゃった。忘れておったわい。じゃが、何でも一人で背負い込むんじゃない。もし本当に能力のせいだったとしても、気に病むことは無い。もしかしたらゲンさんは既に死ぬ運命だったかもしれん」


「でも……」


「運命なんて誰にも分からん。それこそ神でも無ければのう。ワシだっておぬしだっていつ死ぬかなんて分からん。大体その不幸の大元である坊主が何故死んでおらん?」


「それは……生き続けることが、不幸だから」


ネクターは悟っていた。もし自分に触れた者が不幸であるなら、自分自身も不幸であるはずだ。周囲に不幸を振り撒き続け、運悪くゲンさんに拾われた時点で分かっていた。


自分は不幸を振り撒きたくない。だから生き永らえさせられる。自分の思い通りに運ぶ事など無い。耐え難い苦痛の中、不幸を振り撒き続ける。それが神に与えられた運命だと。


彼の不運は運命神にも制御しきれないものではあるのだが、彼は不幸にもそれを知らない。


自分は今後も神を呪い、世界を呪い、親を呪い生きていくだろう。だが、そんな自分が役に立つ日が来るとすれば?自分の能力で人が幸福になるようなことがあれば。


「そんな僕でよければ、ここに住みたい。金でも食糧でも何でも出します」


「……のう、坊主。水を差すようで悪いんじゃが、そんなにうまく行くかのう」


「何言ってんだよガルさん!タンスにカヌーも作り出せる奴だぜ!金ぐらい余裕で作れるだろ!」


「……よし、坊主。これを作ってみてくれ」


ガルシアは懐から521ギルを取り出す。昨日、ゲンさんから貰った金だ。クロム500ギル玉、銅10ギル玉が2つ、アルミ1ギル玉が1つ。


ネクターはそれを見た瞬間、掌に521ギルを作り出していた。ホームレス達はその業に目を見開いていた。ガルシアはそれを一瞥した後、複製された521ギルを受け取る。


「うむ。確かに寸分狂いもない。おい、アンちゃん。お前さんの靴をこれで買い取りたいんじゃが」


「えっ?こんなボロを?別に良いけどよ……」


アンちゃんことアンドレは靴を脱いでガルシアに渡す。ガルシアは複製された521ギルをアンドレに渡す。すると、アンドレの手に渡ったはずの521ギルは消失してしまった。


「な……なんだよこれ!?」


「店に行く前に試しといて良かったのう。ほれ、このオンボロ返してやる」


「オンボロ言うな」


「さて、逆も試してみるか。坊主、次はワシになんか作ってくれ。521ギルと引き換えじゃ」


ネクターは少し悩んだ後、一本の杖を作り出した。先端にクリスタルがあしらわれた白い杖だ。所々に彫刻が施されており、一目見ただけで高級品であると分かる。


後で知ったことだが、これはアリアのみが持つ超レア物の古神器アストロノミカウェポンである。


ただし古神器としての能力までは模倣できていない。その能力がアウトサイドとは極めて相性が悪く、今のネクターの力ではガワしか再現できない……が、今回の話には一切関係は無い。


「い、いいのかのうこんな良い杖……ほれ」


ガルシアが杖を受け取り、ネクターに521ギルを渡す。すると、先ほどの複製されたギルと同様、杖が消失してしまった。


「やはり……そう上手くはいかんのう。坊主、そのギルはお前さんにやる。検証をしてくれたお礼じゃ」


「……いいの?」


「アウトサイド能力は何分特殊すぎてのう。研究が出来るだけでも儲けもんなんじゃよ。ついでと言ってはなんじゃが、一応食糧も出してみてくれんか?パンとかでいいから」


ネクターはかつて母親が焼いてくれた固くて長いパンを出そうと思って止めた。代わりに、茶碗とそれに乗った炊きたてのお米を出した。ついでに割り箸も添えて。


「……アンちゃん、毒見」


「何で俺!?まあいいけど……」


アンドレが茶碗と割り箸を受け取り、神に祈った後に深呼吸をする。その動作を3回ほど繰り返したところで割り箸を割り、米を食べる。


「……なんだこれ!?炊飯器で炊いたやつじゃないな!ふっくらとしていてかつ食感を損なわない適度な水加減だ!かつてこれが銀シャリと呼ばれた理由がよく分かる……こんな米、食ったことねえ!お前いつもこんなの食ってたのか!?」


「やけにテンションが高いのう」


「それに……腹に溜まった事を一斉感じさせやしねえ!まるで消えるように胃の中で溶けていくぜ!」


ネクターはその反応をいぶかしみ、自分も米を呼び出して食べてみる。味は完璧だ。しかし、夕食を抜いて空腹だった己の胃が満たされる感覚は殆ど無い。むしろ米を呼び出した分、余計にお腹が空いた。


「ごめんなさい……それ、多分本当に消えていると思う」


その言葉を聞いたアンドレのお腹が鳴った。ネクターの言うとおり、飲み込んだ後で米は消えているのだ。実際に消えた所を読者の皆様に見せられないのが残念である。


「なんと……食物もダメとな……!」


「ま、まあ坊主、落ち込むなよ。ほら、アレだ。金とか飯が作れなくても、もっと他にあるだろ?例えば……ほら、そこのタンスは消えちゃいねえ」


「そうじゃのう。新しく作ってくれたダンボールの家も消えとらん。譲渡という条件ならば恐らく大丈夫なのじゃろう」


「家具……」


ネクターがこの能力を使う上で恵まれていたのは、ウィンドベルの面々に囲まれて育ってきたという特異な環境にある。


特に様々な発明や商品を作り出す者には感謝している。彼が自分を楽しませようと色々な物を見せつけ、自慢していなかったら今の発想は出ていない。


そいつはそういったことを一切考えずネクター以外にも自慢していたのだが、それは彼に語るべきではないだろう。


「だからよ、ここは一つ俺の靴を作ってくれねえか。そうすれば山に入って山菜を取ってきてやる。この靴だと水やらなんやらが入ってきちまってダメなんだ」


「それ、大丈夫かのう。恐らく交換に当たらんかのう」


「だとしても靴が消えるだけだろ。ダメだったらこのオンボロのまま過ごすさ。それじゃ、頼むぜ」


ネクターはアンドレが差し出したオンボロの靴をまじまじと見る。冒涜的な臭いを感じ取り、鼻をつまんでもう一度凝視する。


「……良かった、父さんと同じサイズだ」


掠れているサイズ表記をなんとか解読し、ネクターは手に靴を一足産み出す。真っ黒で、何の飾り気も無い、いかにもウィンドウが好みそうな靴だ。


ネクターは知る由も無いが、これも例の赤髪の男の作品だ。音速で飛び回るウィンドウの脚力に合わせた特注品だ。ちょっとやそっとでは壊れることはまず無いだろう。ちなみに特許は申請していない。


靴を受け取ったガルシアは喜び勇み山へと歩みを進めた。その数時間後、大量のキノコと山菜をビニール袋に詰め込んで戻ってきた。その靴は真っ黒のままであった。

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