第21話 ザワディ・3
「マジで?」
無意識だったのだろう、ルカがボソリと呟き、自分の声に驚いている。
「私たちが申告すれば、他にアイスランドへ行った人たちも申告しやすくなる。私たちの時はまだカビは発生していなかった。でも私たちよりも後にアイスランドへ行った人がいたら、その人達がカビをケニアに持ち込んだかもしれないわ」
「誰も申告しなかったら?」
今度はウマルだ。このままこの話を辞める方向に持って行ってくれたらどんなにいいか。
「その時は政府がどう判断するかはわからない。だけど私たちに非は全く無い」
「でも、ネットでボロカスに叩かれるんじゃねえの?」
「個人が特定されなければ大丈夫。政府は個人情報を守秘すると言ってるわ」
「どこから漏れるかわかんねえよ」
「ウマルは誰かに言ったの?」
こういう時、ワンガリは逆に切り返す。こうして話の流れの主導権を握ることでみんなの意見をまとめて来た。『強くて賢いリーダー・ワンガリ』だ。
仲間としてリーダーとして、一緒に組めばまず失敗しない。彼女に任せておけば大丈夫という安心感はあるけれど、ガールフレンドして付き合うには今ひとつ魅力に欠けると男子に言わせてしまう完璧すぎる強い女。
同じ女子としては頼りになることこの上ないけれど、本人は生きづらいに違いない。かと言って、ザワディでは右腕にすらなれない。
「いや、俺は誰にも言ってない。家族しか知らない」
「じゃあ、万が一個人情報が漏れたとしてもウマルの責任にはならないわ」
「あたしもうちの家族にしか言ってないよ! ルカは?」
「え? あ、僕も。多分ファティマも」
そんなことを言ったら「じゃあ申告しよう」という流れになることがわかっているのに、誰もがその場の責任を逃れたくて自分の首を絞めている。
「じゃあ、私たちが行ったということは漏れないでしょ。責任を追及されることはないわ」
「責任の問題じゃねえよ。そもそも俺らに責任はない。それに漏れる時はどこからでも漏れる」
ウマルの言うことが正しい。自分たちや政府が漏らさなくても、人の口に戸は立てられないのだ。
「たとえ私たちがアイスランドへ行ったことが知られても、私たちは何も責められるようなことはしていない。もしも責められるようなことがあるとすれば、それは社会がおかしいでしょ? 政府に協力しているのだから、政府は協力者を守る責任があるわ」
「確かにそうだけどさ。理想を語っても現実とはかけ離れてるのも事実だよ。それは所詮キレイゴトで、実際はそれでは済まねえよ。そんなことワンガリだってわかってんだろ」
「逃げるの?」
ワンガリの強い視線がまっすぐウマルを貫く。だが彼は全く動じることなくそれを受け止めた。
――やはり来なければ良かった。ワンガリとウマルが言い合うところなんて見たくなかった。あたしはワンガリもウマルも好きなのに。純粋に地熱発電の研究だけしていたかったのに、なぜこんなことに――
「逆だよ。俺は公表していいと思ってる。ただ、外野がうるさくなるのは覚悟しておかないといけないってことだよ。それを理解してるなら、俺自身は名前を公表したってかまわない」
ウマルがザワディとルカを見渡す。
彼はワンガリの言っていることをすべて理解した上で、それがどんな結果を引き起こすかというところまで見通しているらしい。そして他の二人にその覚悟を聞いているのだ。
普段チャラチャラしているようで、ウマルはこういう時に自分の意見をしっかりと言う。そんなウマルがザワディは好きだったのだが。
「あたしは正直怖いよ。あたしたちは何もしてないけど、それでもあたしたちのせいにされそう。ネットで叩かれるくらいならいいけどさ、それが元で友達いなくなっちゃいそう」
「それで友達やめるようなヤツなら、逆にその程度の人間ってことだよ。そいつの本質を見分けるいいチャンスさ」
「でも……」
なおも心配そうにするザワディに被せるように、ルカが口を開いた。
「僕はあんまり気乗りがしない」
「だよね!」
ルカも反対派なら二対二だ。本当ならウマルに味方に付いて欲しかったけど、もうこの際誰でもいい――それだけザワディは必死だった。ウマルの言う通りなら、そして自分の考える通りなら、申告すればきっとどこかから漏れる。このまま黙っていた方が絶対安全だ。
「だけど僕たちが自ら申告しなかったとしても、いずれ知られることになると思うんだ。その時になって『なぜ申告しなかったのか』って責められるくらいなら自分から申告する方がいい。そういう意味ではワンガリやウマルの判断は妥当だと思う」
完全に味方を失ってしまった。ワンガリもウマルもルカも申告すべきだと考えている。
いつもと何かが違うと感じていた。ウマルもルカも。何が違うのかわからなかった。ザワディはここへ来てやっとその違和感に気付いた。
いつも青系の服を好むウマルと、モノトーンを好むルカが、二人そろって赤系の服を着ていたのだ。彼らは本気で戦う気なんだ、青カビと。
「私たちを叩く人も出てくるかもしれないけど、実際何もしていないんだから、逆に私たちを支持する人達だって現れると思う。だって遊びに行ったのならまだしも、私たちは地球を守るクリーンエネルギーの研究のために行ったんだもの」
言葉にならない絶望がザワディの頭を埋め尽くした。なぜこんなことになってしまったのだろうか。あたしはただ純粋に、再生可能エネルギーとしての地熱発電の研究をしたかっただけなのに。
なぜそんなに楽観的になれるのだろう。なぜ現実に起こり得る最悪の事態に備えないのだろう。フクシマやナチュラリステの悪夢を知っていても、自分に降りかかるであろう目の前の悪意から、なぜ目を逸らすのだろう。
――ファティマ、あたしもここに来るべきじゃなかったよ――
「だけど、だけど、カビを持ち込んだのはあたしたちだよ。その証拠に、この大学の周辺からカビが拡がってる。アイスランドから帰って来て洗濯物の袋を開けたら、服がカビだらけだった。あたしだけじゃないはずだよ、みんなそうだったでしょ。荷物を開けた瞬間びっくりするほどカビが生えてたでしょ。どうして都合の悪い事実を見なかったことにするの? 犯人は確実にあたしたちだよ。どうしてあたしたちの他にブルーラグーンに行った人がいるって、その人達が馬鹿正直に申告するって、楽観的に考えられるの?」
が、次の瞬間、ウマルが当たり前のようにザワディの肩を抱き寄せたのだ。
「大丈夫、俺が守るから心配すんな」
ザワディはそのウマルの手を払いのけた。
「いい加減な事言わないで! ウマルに何ができるの? SNSが暴走を始めたら、個人の力なんかどこにも及ばない。ウマルの言う通り、キレイゴトじゃ済まないの。あたしたちは興味本位の犯人捜しの餌食になって、ネットで好き放題に言われるわ。学校でもみんなに後ろ指を指されるんだわ。そんなとき、ウマルがどうやってあたしを守ってくれるの?」
「そいつらが間違ってる。俺らは何も悪いことはしていない」
「あたりまえだよ、旅行しただけだもん、でも周りはそんな風に見ない。旅行に行った事すら面白おかしく叩かれるわ。彼らはそれが唯一の娯楽なんだもん、カビのストレスをぶつけるスケープゴートを欲してるのよ!」
「ザワディ、俺がついてても不安か?」
「は? あなた何様よ! 巨大な力の前に、ウマルが何の役に立つというの? もうあたしにかまわないで! 地熱発電研究チームは抜けるわ。あとはあなたたちでやって」
ザワディは一気に捲し立てると部屋を出た。背後でワンガリの声がかすかに聞こえた。
「ルカ、パソコン持って来てるわね。回線繋いで。今これからすぐに申告しましょ。三人揃っているこの場で」
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