第29話 あのね×隠していた事

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夏休みは色んな事があった。

優と再会して、お姉さんや優の同級生の美瑠ちゃんと一緒に花火を見て。

これは、そんな夏休みのある日の話。


それは、toaluのファーストライブ直後まで遡る。

『それじゃあ、ファーストライブ成功を祝してー!?』

夜ご飯を食べ終えた後、私はパソコンの前で缶ジュースを手に持っていた。

今日はアルと二人でファーストライブの成功記念パーティーをやる日。


『かんぱーい!!!』


アルの楽しそうな声に合わせて私も缶ジュースを上に上げる。

本当はスタッフの方とも打ち上げをしたかったのだけれど、私は未成年だということもあって帰る事にした。

だから今日はアルと二人だけでこうして、パーティーをしているのだ。

『いやあ、楽しかったねー!聞いた!?あの歓声!!私感動で涙出そうだったよー!』

「結局最後泣いてたでしょ?お客さん笑ってたよ?」

『あれはトアが泣かせようとしてくるからじゃん!!』

とは言っても、実の所私も涙腺がかなり脆くなっていた。

あんなに沢山の人が声援をくれるなんて想像もしていなかったから。

思い出しただけで、今でも涙が溢れそうになる。

実は全部夢だったのではないかと、錯覚してしまうくらいだ。

アルと二人で、カメラマンさんが撮ってくれた写真を見返す。

そこに写っているのはアバターのトアとアルだけれど、この上なく楽しそうな笑顔を見せていた。

「あ、ねえアル見て。私達のライブ記事になってるよ」

『どれー!?わ、本当だ!なになに?ここから始まるとある二人の物語.....だってー!最高の見出しじゃん!』

その記事では、私達のライブがどれほど熱狂的だったのかを沢山の写真とともに記していた。

『最後に流れたのはメジャーデビューシングルのとある奇跡。まさにこれからの二人の姿を体現しているような楽曲と共にライブは幕を下ろした。二人の少女が作り出すとある奇跡をこれからも見守って行きたい.....くーっ!この記者さん、いい事書くねー!』

人生でたった一度しかないファーストライブ。

ここに来るまでの事を思い返すと、確かに奇跡のような話だ。


ただ受験の重責から逃げたくて、動画投稿を始めただけだった。

それがアルの目に止まって、二人でユニットを組みませんかと誘ってくれて。

toaluとしての活動は忙しないけれど、楽しかった。

でも.....。

『ねえ、トア。まだ言ってないの?』

アルの言葉が胸に響く。

私には一つ、やり残した事がある。

歌い手ユニットとして活動するのは楽しい。

人付き合いが苦手で、上手く表情にも出せない私があんなに大きなステージに立って歌を歌えた。

それはこれ以上無いくらい幸せな事だ。そして私はこれからもトアとして、アルの隣で活動をしたい。

続けていきたい。


——だからこそ、立ち向かわなくてはならない。


私はアルの言葉にこくりと頷いた。

「うん。まだ言えてない。ずっと言わなくちゃって思ってる。.....思ってる、けど、怖くて言えない.....。」

私は、自分の活動について両親に何も言っていないのだ。

これまでの二年間ずっと、親には内緒で活動を続けてきた。

けれどメジャーデビューをして、遂にはファーストライブも成功して。この先もきっとトアとしての活動が待っている。

そして自分の活動を隠したまま、学校生活と両立させるのは、そろそろ限界に近付いていた。

アルには事前にこの悩みを打ち明けていた。

そして、ファーストライブが終わったタイミングで両親に話をすると、そう決めたのはいいものの中々勇気が出ない。

このままじゃ、きっとダメだと分かっている。

それでも、もしtoaluの活動を反対されたら?

もし、もうトアとして人前に立つなと言われたら?

そう考えるだけで決心が鈍る。

恐怖が打ち勝ってしまう。

そんな私に、アルは優しく告げた。

『なら、私も一緒にいるよ。トアが親御さんに打ち明ける時、私も一緒に話をする。トアと一緒に居させて下さいって!』

私のネガティブな心は、アルの一声で一蹴された。

いつも不安な時、悩んでいる時。トアは見透かしたかのように私の背中を押してくれる。

一人でくよくよしていても、アルが隣にいてくれるなら、きっと怖くない。

そう思わせてくれるんだ。


——うん、アルが居るなら大丈夫。


私はアルと通話中のスマートフォンを握りしめて、勢いよく立ち上がった。

「アル、私今から話してみる。……聞いてて、くれる?」

それまで積もっていた沢山の不安が一気に軽くなったような気がする。

たとえ姿が見えなくても、アルが隣にいてくれるのなら私はなんでも乗り越えられる。

だから、言おう。きちんと、伝えよう。

『うん!ちゃんと聞いて、ちゃんとトアの事信じてる。』

アルの優しい言葉に、私は背中をぽんと押されて階段を降りる。

リビングに近付く度に鼓動が早くなっていくのを感じた。

緊張のせいで、スマートフォンを握る手が汗ばむ。

ふうと一息はいて、私はゆっくりとドアノブに手をかけた。

指先が震える。足が自分のものでは無いみたいに動かない。

それでも自分に鞭を打って、私はリビングに入った。

アルの信頼に答える為に。


「——お父さん、お母さん。……話が、ある、の。」


リビングのソファーに座って、テレビを見る父と母に声をかける。

楽しそうにお酒を呑みながら、スナック菓子を片手に団欒している二人の背後から私は姿を見せた。

普段よりもきっと顔は強ばってるだろう。

私が緊張している事を察したのか、母は静かにテレビの電源を落とした。

「どうしたの?町。」

母はいつも朗らかで優しい人だ。

私の表情が硬いことに気付いて、優しく笑いかけてくれる。

私は、父と母の前に腰を下ろした。

特に理由は無いけれど、どうしてか正座になってしまう。

「珍しいな、町から話があるなんて。」

父は普段は無口だが、口下手という訳では無い。

いざと言う時はちゃんと会話をしてくれるし、好きなものの話になれば私以上に饒舌になる。

そういうところは多分、父に似たんだと思う。

「……あの、ね、……あ、の……私……」

言わなくちゃ。ずっと隠していた事。

ちゃんと自分の口から伝えなくちゃ。

そう分かっているのに、握り拳が震える。

もう誤魔化して、日を改めようかな。今日は駄目だったけど、明日なら……。

そう弱腰になっている自分に、ふと何処からか声が聞こえてくる。


──トアの事信じてる。


そうだ。私、弱気になって忘れていた。

今の私にはアルがいる。

アルが私を信じてくれている。

アルが信じている私を、私が信じないでどうする。

私はアルに誇れる自分になりたい。だから、逃げるな。

だって私はtoaluのトアなんだから……っ!!

ぐっと前を向いて、両親の目を見詰めた。


「あのね、私……実は高校に入る少し前からネットで歌を歌ってるの。そしたら私の歌を気に入ってくれた人がいてね、その人と二人でユニットデビューしたんだ。」


私はそれから少しずつ、自分の活動について両親に話をした。

始めはお遊び程度で歌の動画を上げていた事。

アルト出会って、toaluとしてユニットを組んだ事。

沢山の人に応援してもらって、メジャーデビューした事。

そして、念願のファーストライブを行った事。

それを聞いていた両親は、唖然とした顔で私を見ていた。

自分で話しながら、私はアルと出会った時から今までの事を頭の中で思い返す。

楽しかった事ばかりでは無い。

人気歌い手のアルがユニットを組むというのは、当時かなり話題になった。

そんな中で無名の私が登場して、沢山酷い言葉を投げかけられた事もある。

『アルちゃんに相応しくない』『名前すら聞いた事ないんだけど誰?』『歌下手すぎー。アルが可哀想』『早く辞めれば?アルの足でまといじゃん』『よくそんな下手な歌でユニット組もうと思ったね』

顔の見えない人達からの言葉は矢となって、私の心を何度を突き刺した。

痛かった。辛かった。辞めようかなって何度も考えた。

でもその度にアルが私を支えてくれた。


『そんな言葉よりも私の言葉を信じてよ!私の方がトアの良いところ沢山知ってるんだから!——私が、トアを選んだんだから!』


だから私は今までトアとして歌を歌ってこられた。

アルがいてくれたおかげで、私はトアとして皆んなに認めてもらえるようになった。

歌を歌う事が、もっと楽しくなった。

全てを話し終えると、両親は二人とも歯切れの悪い顔をしていた。

受け入れ難いのは当然だ。すんなりとこの活動を認めてもらおうとは思っていない。

だから、少しずつでいい。

少しずつ、私の選択は間違って無かったんだって伝えていこう。

「町の気持ちは分かったわ。町が望んで、活動をしてる事も。でもね、やっぱり親としては心配なのよ。大切な一人娘が、ネットのせいで傷付いて嫌な思いをしたらって考えるだけで、お母さんはじっとしていられないの。」

それは親として最もの意見だった。

私の言葉を真剣に受け止めて、真正面から向き合ってくれているからこそ、お母さんはこんなにも心配してくれている。

昔の私ならきっと、これ以上親の迷惑にならないようにと引き下がっていたかもしれない。

親に心配をかけてまで、無理やり活動しない方が良いと思っていたかもしれない。


——でも今は違う。私も真剣だから。


だから引き下がらない。ちゃんと認めて貰うまで私は何回だって、この活動の良いところを伝えていく。

アルのためにも、私のためにも。

『トア。ここからは私に挨拶させて貰えない?』

緊迫した空気の中、スマホフォンから声が聞こえてきた。

いつもの明るく弾けるような声とは違って、ワントーン落ち着いた声。

アルも真剣に向き合ってくれようとしているのがひしひしと伝わってくる。

私はスマートフォンをテーブルの上に置いて、スピーカーボタンを押した。


『初めまして、町さんのお母さん、お父さん。

私は彼女と一緒にネットで活動をしているアルと申します。私が彼女の歌声に一目惚れして、一緒にに活動したいと声をかけさせて頂きました。』


アルは堂々とした声で、両親に話をした。

姿が見えないはずなのに、アルのその凛とした声から彼女が今どんな姿でマイクに向かって話しているのかが想像できる。

アルは、私とユニットを組んだ経緯について話してくれた。

私の知らないアルがそこには居て、心強く思える。

両親は二人とも、突然現れたアルに何の不快感も示さずに話を聞いていた。

『私は町さんと一緒になら何処までだっていけると思ってます!勿論、沢山不安や心配がある事も承知の上です。それでも私は町さんがいいんです。町さんと一緒に、私は沢山の人に歌を届けたいと思ってます。』

「お父さん、お母さん、私もアルと一緒に行ける所まで行ってみたい。無謀な事だって自分でもわかってる。でも、アルが私を信じてくれるから、私もアルに応えたい……!」

初めてこんなに熱く、自分の気持ちを口にした気がする。

メジャーデビューをして、初めてのライブでステージに立って。

私は沢山の声援を聞いた。私とアルの歌で笑顔になってくれる人がいるって知った。

あの時目にしたサイリウムの星空は今も忘れられない。

一生、頭の中に残り続けるだろう。

そして私はその空をもっと広げていきたい。

もっと大きな場所で、沢山の人が作る満点の星空の元で歌を歌いたい。

こんなに心の底から、やりたい事を見つけたのは初めてだ。

アルは私の心を動かしてくれた。私の人生を変えてくれた。

そんなアルとなら、どこまでも……。


それまで無言だったお父さんが、静かに口を開く。

「……か?」

「え?何、お父さん聞こえない」

「——今度のライブは、決まってるのか」

思わず目を見開く。

え、と声が漏れるよりも先にお母さんが微笑んだ。

「うふふ、お父さんたら不貞腐れてるのよ?初めてのライブに行けなかったって。」

「どういう、こと?」

「知ってたのよ、町がネットで活動している事。」

知ってた?いつから??

思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまう。

私が言うよりも前から、活動の事を知ってたの?

お母さんは私の呆けた顔に、楽しそうに笑いながら教えてくれた。

「貴女がメジャーデビューをするって決まった時にね、マネージャーさんから連絡を貰ったのよ。その時は驚いたものよ。でもね、貴女達の歌を聞いて、ああ、本気なんだなって伝わってきたの。」

これは後に知った事だけれど、メジャーデビューの契約を結ぶ時に保護者からの同意が必要だったそうだ。

当たり前に考えて、未成年なのだから当然の話だけれど。

マネージャーも、お父さんもお母さんも。三人とも、私にそれを隠していたんだ。

「マネージャーさんに言われたの。この事は秘密にして欲しいって。きっと町の事だから自分自身できちんと話す日が来るから、その日までは何も知らないフリをして欲しいって。」

それはアルも知らなかったみたいで、スマートフォンの向こうで私と同じように唖然としているようだった。

「そ、れじゃあ……」

「ずっと前から、私達は町の……toaluのファンだったのよ?」

親に隠し事は通用しない、なんて話はただの盲信だと思っていた。

でも現実はそうではないらしい。

少し恥ずかしそうにメガネをくいっとするお父さん。

その隣でにこにこと微笑むお母さん。

私なんかより二人の方がずっと上手だった。

「アルさん。これからも、うちの娘の事よろしくお願いしますね」

『はい!任せて下さい!!』


そうして、思ったよりもあっさり私は活動を認められた。

少し拍子抜けだったけれど、両親が二人とも私の事を応援してくれるのは素直に嬉しかった。

『思えばトアが最初に活動した時、お父さんのパソコン使ってたんだよね?ならその辺からバレてたのかも?』

「それに、お金の事も考えれば知らない方がおかしいよね……私、口座持ってないし……」

二人で落ち着いて話をしてみると、私は思いの外詰めが甘かったようでなんだか笑えてくる。

そんな私の事を、今日までずっと私の事を見守ってくれていた両親に感謝の気持ちが溢れてきた。

それに、新しい目標も出来た。

「ねえ、アル。」

『どうしたの?』

「私、お父さんとお母さんに、今幸せだよって伝えたい。そう伝えられるように、これからも活動頑張る。」

お父さんにもお母さんにも、アルにも。

恥じない自分になる為に。


——私は、toaluのトアとして、これからも生きていく。

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拝啓、近所のお姉ちゃんのショタになりました 桜部遥 @ksnami

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