第28話 バトル×お姉ちゃんの意地①
まずは状況を整理しよう。
運動会で使う紅白帽子の紐が切れ、僕は休日返上で大きなショッピングモールへと足を運ぼうとしていた。
家を出ると、そこにはいつもの如くお姉ちゃんの姿があり、渋々二人でショッピングモールに行く事に。
なんやかんやで、紅白帽子の紐を入手した僕が帰ろうとしたら、そこにはまなねぇの姿があって。
——そして今僕は、右手にまなねぇ、左手にお姉ちゃんの両手に花状態である。
「なんでこうなった……。」
おかしい。何故僕の休みは気が休まらないのか。
休みとは一体何だったのか!?哲学的にも、そして何よりこの状態に対しても!!
と、もんもんと考えながら僕はまなねぇに連れて行かれるがままに足を動かす。
ふと横目で見たまなねぇは心做しか口元が歪んでいた。
「まなねぇさん!!今日の優くんはお姉ちゃんとデート中なのです!!なのでここは私に譲って下さい!」
「なら私もこれから優とデート。だからそっちが帰って?」
「なっ……!いーやーだぁー!私の方が絶対に優くんを楽しませる自信があるもん!ね!優くん!?」
「残念。優は私の方が良いに決まってる。ね、優?」
両手に花では無かった。圧だ。ものすっごい圧を右から左から感じる。
誰かこの状態を壊してくれるなら、助けて〜!!と泣きつきたい気持ちを抑えながら、僕は「えーっと」と反応に困る。
お姉ちゃんとまなねぇ。
どちらかを選ぶなんて僕には出来ない……。そりゃあ普通に考えたら?ここは朝から付き合ってくれているお姉ちゃんと言いたい所だが、何せお姉ちゃんは変態だ。
ここでお姉ちゃんと言ってしまえば後が怖い。
ならまなねぇ?
いや……確かにまなねぇはお姉ちゃんに比べたらまだマシだけれど、まなねぇもかなり変な人だ。
一瞬でも目を離したら何を仕出かすか分からないという不安要素がある。
「優くんは私の!!」
「違う。優は、私の。」
あれ?何、これ。
もしかしてあれですか。
——僕の為に争わないでー!!!!
ってやつですか!?
そんな乙女展開誰も望んでないんですけど……。
とりあえず二人の眼光が鋭くて、まるで火花を散らし合ってる獣のようだったのでそれを止める所から始めるとしよう。
「とりあえず落ち着いてよ、二人とも。」
「優くん!」
「優。」
というか、割とさっきから周りの視線が痛いし。
『えっ、何修羅場!?』『あんなに小さいのに大変ね……』などという困惑と同情の視線がとてつもなく突き刺さる。
声を大にして言いたい。
こんな変な状態を作ったのは、お姉ちゃんとまなねぇだと!!僕は被害者だと!!
まあ、そんな度胸なんてないんだけれど。
とにかく、この混沌とした空間をどうにか壊さなくては!
じゃないと、いずれこの話が街中に広がってやがては学校にまで……。
そうなる前に手を打たなくては!
「つまりは僕が、どっちと居た方が楽しいのかを判断すればいいんでしょ?なら……。」
と、我ながらこのアイデアは天才的だ。
これなら僕は殆ど無害なまま、この一日を乗り切る事が出来る……はず。
僕が提案したアイデアを聞いた二人は、ぱあっと顔を輝かせ、燃えたぎる熱い眼でぶつかり合った。
「よーし!絶対に負けないからね、まなねぇさん!」
「ん、望むところ。正々堂々受けて立つ。」
メラメラと燃え盛る二人のやる気は、あまりに熱くて近付くと火傷してしまいそうだ。
もしかして、二人のギアを上げてしまったのでは?と、この案が逆効果だった事に気付くのは後数時間後の事である。
僕が提案したのは、『どっちが僕をより満足させられるか勝負』であった。
つまり僕が二人の遊びに付き合い、より僕が楽しいと感じた方の勝ちである。
勝負は一回。二人とも、僕を喜ばせる為に色々と考え込んでいた。
凡そ十分ほどソファーに座って考えた後、先に動いたのはまなねぇだった。
「私のやりたい事やる。優太、着いてきて。」
グイッと僕の腕を引っ張って、まなねぇは真っ直ぐに歩き出した。
「うわあ!?」
「ちょ、ちょっと、私も勿論行くんですけどー!?」
まなねぇはそのまましっかりした足取りで、二階の端っこにあるゲームセンターに向かった。
土曜日という事もあって、家族連れで沢山の賑わいを見せている。
クレーンゲームに音ゲー、プリクラなど様々なゲームが所狭しと並んでいた。
色々な音楽が空間の中で響いている。
ゲームセンターに来るのは久しぶりだ。
昔はお父さんが良く連れて行ってくれたけれど、仕事が忙しくなってからは自分から行きたいとも言わなくなってしまった。
「なんか、色々知らないゲームもある……。」
昔ながらのモグラ叩きやシューティングゲームなどもあれば、見た事の無い機械も並んでいる。
音に合わせて踊るあのゲームは、お父さんと一緒に遊んだ事もあったっけ。
何となく、懐かしい気持ちになりながら辺りを見渡していると、まなねぇが僕の名前を呼んだ。
「優太、何やりたい?」
「え!?うーん……あ。」
目の前にあったのは、太鼓のゲーム。
二人で息を合わせて太鼓を叩く、昔からある大好きなゲームだった。
「……優太、あれやろう。」
僕の視線に気が付いたのか、まなねぇはそう提案してきた。
そして僕の応えを聞く間も無く、まなねぇはグイッと腕を引っ張ってゲームの前に立つ。
お金を入れて、僕とまなねぇは備え付けられていたバチを手に取った。
「優太は何の歌がいい?」
ゲームの液晶には沢山の曲が並んでいる。
選ぶだけでも一苦労だ。
そんな中、目に止まったのはある楽曲だった。
それはまなねぇにピッタリ……というか、なんというか。
僕はその楽曲を選んで、「これがいい」とまなねぇに告げる。
まなねぇはその画面を見て一瞬びっくりしてから嬉しそうに微笑んだ。
ふわっと花が舞うような柔らかな笑顔。
「うん、分かった。」
僕が選んだのは、まなねぇが『トア』という名前で活動している歌い手ユニット『toalu』のメジャーデビューシングルだった。
難易度を選択して、いよいよゲームが始まる。
僕はあんまりこういうゲームが得意じゃないから、一番簡単な難易度にしたけれどまなねぇはその真逆を選んだ。
「難易度……鬼!?まなねぇ、このゲームそんなに上手なの!?」
思わず目を丸くさせると、まなねぇは首を横に振る。
「一、二回くらいしかやった事ないけど、多分出来る。」
何故そこまで言い切れるのか……。その自信は一体どこからやってくるのかと気になったけど聞かない事にした。
イントロが鳴り出し、曲が始まる。
僕は誰にでも出来るような優しめな難易度のおかげで、慣れない手つきながらも何とかついていけていた。
問題は、僕の隣にいるまなねぇの方だった。
ダ。ダダダ。ダダダダダダダダダダダダダダダ。
僕の目にも見えない速度でまなねぇの腕が動いている。
しかも全部の音を正確に叩いていたのだ。
何あれ、人間の出来る領域超えてるでしょ!!
そう言いたくなる手さばき。
本当にこのゲーム慣れてないの?と聞きたくなるような正確なリズム。
思わず口がぽかんと開けっ放しになってしまう。
後ろで見ていたお姉ちゃんも「この人、本当に人間?」と言いたげな目線を送っていた。
サビに入ると、さらに難易度は難しくなっていく。
それをものともせず、涼し気な表情で太鼓を叩くまなねぇ。
僕と全く別のゲームをやっているのではと、錯覚してしまう。
そんなこんなで、いつの間にかゲームは終わっていた。
最後に見えたスコア表は、僕とまなねぇで桁が二つくらい違っていた。
しかもまなねぇはまさかのフルコンボ。ミスなしという大偉業。
「す、凄いねまなねぇ……。本当にこのゲーム初心者なの?」
「うん。でも自分の歌だから。何となく譜面見れば叩ける。」
なんと……。プロの歌い手はゲームの腕前までプロ級って事……!?
「あと、スマートフォンのリズムゲーはやり込んでる。」
何故かそこを自慢げに強調し、きりっとした眉で僕にドヤ顔を見せつける。
いや、別にそこは誇らなくても良くない?
「すっごーい!見てるだけでも頭パンクしそうだったのに、一発クリアしちゃうなんて!まなねぇさんって絶対音感とかあるの!?」
後ろでパチパチと手を叩きながら、尊敬の眼差しを向けるお姉ちゃん。
「いや、これ別に絶対音感は関係無いでしょ」
「そうなの!?じゃあどうしてクリア出来たの!?」
「お姉ちゃん、食いつきすぎ……まなねぇも困るからあんまり詰め寄らないでよ、ね、まなねぇ?」
まなねぇは、お姉ちゃんの顔をじっと見つめていた。
何か考え事でもしているのだろうか。
「……まなねぇ?どうしたの?」
僕の問いかけにやっと我に返ったのか、まなねぇははっと目を見開く。
さっきのゲームで疲れてしまったのかな。それとも他に何かあったのかも。
そう思いながらまなねぇの顔を覗き込むと、まなねぇは僕の名前を呼んだ。
「……優太」
その声に「何?」と返した僕にまなねぇは少し戸惑いながら小さな声で質問をする。
「お姉さんっていつもこうなの?」
「……こうって?」
まなねぇの見つめる先には、今しがた終えたばかりのゲームの液晶をじっと見て首を傾げるお姉ちゃんの姿。
そんなお姉ちゃんを見つめるまなねぇの瞳は少しだけ揺らいでいた。
「いつも、誰にでも、ああやって声をかけるの?」
その言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
まなねぇが言いたかったのは、お姉ちゃんは誰にでもああやって真っ直ぐな言葉を放つのか、という事だった。
確かに思い返せば、お姉ちゃんはいつだって、嘘を付かない。
真っ直ぐで、直球な言葉で会話をする。
それって普通の人が簡単に出来る事じゃない。裏表無く、純粋な気持ちを相手に届ける事は当たり前じゃないんだ。
ずっと傍にいたせいで、気が付かなかったけど。
「……うん。いつもああなんだよ、お姉ちゃんは。」
それは、なんだか少しだけ心がぽかぽかした。
自分の事じゃないのに、なんでかな。お姉ちゃんのいい所を見つけると、自分の事のように嬉しくなる。
四月に出会ってからもう半年。
なんだかんだで、お姉ちゃんと一緒に過ごす日々が続いているけれど、本気でお姉ちゃんを嫌いになれないのは多分。
——誰よりも、お姉ちゃんが真っ直ぐに輝いて見えるから。
その時の、お姉ちゃんを見つめる僕の眼差しはどんなものだったのだろう。
自分でもそれは良く分からないけど、そんな僕を見てまなねぇは何か思う所があったんだと思う。
「……そっか。」
何かに納得したような、少し寂しげな声でまなねぇは呟いた。
そんな僕とまなねぇを他所に、お姉ちゃんはくるりと振り返る。
「よーしっ!次は私のターンだね!ほらほら優くん!私もかっこいい所見せちゃうぞー!」
やる気十分なお姉ちゃんは、僕の腕を引っ張って歩き出す。
「まなねぇさんにはぜーったいに負けないからね!」
振り返って、そんな言葉をまなねぇに投げかける。
まなねぇは目を見開いてから、にこりと微笑んだ。
そして、何か覚悟を決めた顔で。どこか吹っ切れた顔で歩き出す。
「私こそ、負けないから。」
そうして、次はお姉ちゃんのターンが始まった。
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