少年は知らぬ所で

場所はヴァルキアラ王国宮殿。荘厳な装飾で彩られた謁見室の中央にある玉座にヴァルキアラ王国国王:ヴァルキアラ・デン・アストラルは座っていた。


部屋の壁際には騎士が並んでおり、少しでも怪しい動きをすれば、拘束されることが自明の理だ。


謁見者は5分以内のみ国王との謁見が認められる。


今現在はエーデル・ベルバドル子爵が謁見をしている。一般貴族の中では爵位が高く、治める土地が広いため、数か月に一度、実際に謁見して報告をしなければならなくなっている。


「……よって、デイドス管理区域の土地利用につきましては……」


もちろん、先に明言しておくが、普通誰かが謁見している時に謁見室に部外者が立ち入ることはまずない。


だから今回のことは異例だった。


ドタバタと大きな足音が聞こえてき、本来まだ開けてはならないはずの、謁見室の大きな扉が開かれる。


入ってきた男はもちろん普通、そのような妨害ができるほど権利の高い男でもなんでもなかった。ただの一般兵だ。門の前で立っていたはずの門番が体を取り押さえようとしがみついている。


肩を上下に動かして息を切らしながらも、自分の使命とばかりに大声で叫ぶ。


「国王様! 緊急の報告があります!」


その言葉に、全員が怪訝な顔をする。入ってきた男の近く、すなわちドアの近くに立っていた兵士が一括する。


「うるさいっ! 今は謁見中だぞ! そうでなくてもお前なんぞが国王様の姿を拝めると思うな!」


そう言いながら、入ってきた男に歩み寄る。


「静かにしてください! 1秒でも報告が遅れれば、対応を間違えれば国が滅んでもおかしくない事なんです!」


と、入ってきた男が叫ぶ。この言葉にはさすがに全員の動きが止まった。


謁見室にいた騎士も、どう判断すればいいのか分からなくなったようだ。


これが侵入した男が王宮に関係のない一般人であれば、このような発言をしても無視されたであろう。しかし、入ってきたおとこは仮にも兵士である。まったく言葉に信ぴょう性がないわけではない。


場に沈黙が流れる。入ってきた男も、さすがに国王の許可なくしゃべるのはまずいと判断したのか、国王の目を見て、息は切れているものの、待っている。


静寂を破ったのは、国王だった。


「よろしい。話せ。ベルバドル子爵には申し訳ないが、一時退席してほしい」


この言葉に騎士はとても驚いた。出て行けと命じられて終わりだと思っていたからだ。


しかも、今現在謁見していた子爵の方を退席させたのだ。


ベルバドル子爵も驚いているが、特に反論することもなく、一礼してから謁見室を退室した。


それを見届けてから、入ってきた男が声を上げる


「報告します! 禁忌の森の、『封魔の聖炎』の消失が確認されました!」









時は少しこの出来事より後のことであるが、別時刻の禁忌の森の前である。


3人の男パーティーのアルデイド、バルバイド、カルセイドは、クエストをクリアした帰り道で、禁忌の森の前を歩いていた。


禁忌の森の魔物は、縄張り意識がしっかりしていて、域内に踏み込まなければ絶対に襲ってくることはない。


だからこそ、3人では絶対に勝てない魔物が出る禁忌の森の前ですら安心して通ることができるのである。


3人は最近調子がよく、しかし調子に乗りすぎることもなく、自分たちの身の丈に合った依頼をこなしていた。


今日も、安定して勝つことができる魔物を討伐し、ギルドへと戻っている途中だった。


だからこそ、その鳴き声には驚いた。


いきなり地響きのような大きな鳴き声が、空気を大きく振動させて聞こえてくる。


ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!


3人は何事だ? と、顔を見合わせ、その後その音が聞こえてきた方へ顔を向ける。


最初はただの森だった。3人も何度も見たことのある禁忌の森。


しかし、地響きのような音が聞こえてきて、実際に地面も揺れてくる。


……しかも、その揺れがどんどん大きくなってくる


「なんかわかんねぇけど、やばくないか?」


バルバイドが呟く。その直後に、暗視と遠視、索敵を持っているアルデイドが声にならない悲鳴をあげた。


「っっ……!!! あれは……レッドポークじゃないか!?」


その言葉に2人も驚く。


「ま、まぁそう言てええてええっても禁忌の森からでてえてええてえくるわえけけけっけないから大丈夫だよな」


カルセイドはレッドポークには苦い思い出を持っているから、軽くパニックになっているようだ。バルバイドが声をかける。


「落ち着けカル。お前の気持ちはわからんでもないが、禁忌の森から出てくるはずがない」


「そ、そうだよな……。びっくりさせるなよ……」


と、カルセイドが呟いた瞬間、3人はしっかりと、レッドポークが禁忌の森の区域から出て、こちらに直進してきているのを目視した。


全員が顔を見合わせる。


「おい……こいつぁまずいぞ。俺たちじゃ万に一つも奴に勝つことは不可能だ。かといって速度でも勝てるわけがないからまだ距離があるとはいえ逃げるのも厳しい。……俺が食い止めるから、その間にアルとカルは全力でギルドに走れ。これは異常事態だ。すぐに報告しないと、最悪国が滅ぶぞ」


と、チームのリーダーバルバイドが冷静に分析し、アルデイドとカルセイドに声をかける。


「しかしそれではバルはどうするんだ!?」


とアルデイドが声を荒げる。


「うるせぇ! 俺がこの中じゃ一番強いが持久走になればお前が一番体力があるんだアル。安心しろ、死ぬ気はねぇよ。最大限時間稼ぎしてうまく意識を引き付けて俺だって逃げてやるさ。いいからとっとと行け!」


アルデイドも取り乱してはいない。元々バルバイドの言うことが一番正しいのは理解していたのだ。これ以上問答しても、被害が増える可能性が増えることを理解しているから、踵を返して走り始める。


「……健闘を祈る。後で、絶対に文句言うからな」


「……おう!」


アルデイドは走り始めた。


が、カルセイドは動こうとしていない。


「何やってんだ、お前も行けよ、カル」


とバルバイトが声をかける。が、カルセイドは口を開いただけだった。


「俺は……レッドポークに親も妹も殺されてる。ここでお前まで失ったら、俺は生きていけない」


顔色を変えずに武器を構える。視線はレッドポークを睨んだまま。


「……生きて帰れる保証はないぞ? それでもいいのか?」


バルバイドも武器を構える。カルセイドの方は一切見ていない。2人並んでレッドポークを睨んでいる。


レッドポークはもうあと50メートルというところまで迫ってきている。


「ばっかお前……。俺がついてるだろ」


カルセイドが口を開く。


「ふふっ。そうだな」


バルバイドも答える。




ここに、命を懸けた2人の男の戦いが始まった。




その後すぐにギルドにも、禁忌の森の魔物が域外に出ていたことが、アルデイドの口から報告された。

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