第13話 愚者だからこそ彼らは挑み続けた

 これほど早く走ったのはドルクには初めてのことだった。

 アグウと並び、消耗も道順も考えずにただただニッキを目指して走り続けた。倒れ、木々や枝、獣や虫に襲われようと意に介さない。

 そしてそれは唐突に目に飛び込んできた。

 祭りの格好をし、音楽が鳴り豪勢な料理が並ぶ村は、かつて訪れたことがあるとすぐには察知できない変わりようであった。

 が、幾人かの見覚えのある顔立ち、何よりも地に刺して脚立した丸太に縛り付けられているニッキの姿が、目的の場所だと主張している。

 村人らはドルクと熊アグウの出現に驚きつつも、農具を振りかざして威嚇し罵声を浴びせた。『我ら』が民に手を出さないとわかっている、復讐のために『知れず射ち』を雇い情勢を学び彼らも悪しくはあれ成長しているのだ。

 しかし、ドルクは『我ら』ではなかった。父を失い名誉を失い自己確立を失い、最後に残った欲望だけに突き動かされる男だった。

 ドルクは鞭を唸りをあげて振り回し、瞬時に村人数人の首をたたき折った。

 アグウもそれに呼応して、爪と牙で手当たり次第に村人に手をかけて暴れ回る。

 村人たちは恐れおののき逃げ惑った、“手出しをされない”前提がなければ臆病で矮小な個々に過ぎないのだから。それでも僅かの勇気を持つものは、石を投げつけてどうにかドルクたちを止めようとした。

 ドルクは鞭で動きを封じた男を剣で刺し殺し、ニッキのもとへ急ぐ。疲労のせいで動きが鈍り、石つぶてを死角から浴びつつ走る。

 逃げ遅れた老婆が丸太の前で腰を抜かし、自分は反対したと言い訳がましく命乞いをしていたが、躊躇なく剣を顔面に突き立てられ転がされた。

 拘束を切り落とし、ドルクはニッキを抱きしめて輿を開けた。

「遅れて済まない、入っていろ」

 傷だらけで汚れていながら、ニッキは少しも揺らがない気高さをもってそれを拒んだ。

「もう平気」

「……わかった」

 ドルクはそれだけ言って、ドレスを渡すと少女を肩に乗せた。

「石が飛んでくるぞ、頭だけは守っててくれ」

「わかったわ」

「きいっひいいいいい!」

 子供を“裂いて”いたアグウは奇声を発してドルクの背に戻ると、繭にこもった。

「お帰りママン‼ 高慢ちきなお顔がきれい!」

 彼女にとっては最上の麗句と共に、新たな“天敵”となって地に降り立つ。

 村人たちのみならず、ドルクとニッキも驚愕した。その姿は顔だけは赤子のもう一人のドルクそのままであったからだ。

「パパンは全ての“天敵”よん‼ 強くて怖いんだわあ!」

「光栄だ……」

 投石を切り払いながら、ドルクは苦笑と共に軽口で応じた。

 二人の影が村を縦横無尽に走る、村人も最早抵抗する気力もなく逃げるか慈悲を乞うかしていたが、一つの例外もなく殺害されていった。

 老若男女、ドルクとかつては顔見知りであった者も縋っては切り伏せられるか絞殺されるか、あるいはアグウの手にかかった。

 殺りくの最中、投石が当たりドルクの潰れた目から血涙が流れ出した。それは、ついに名誉を投げ捨ててしまった後悔の最後の残滓のように思えた。

 

 アグウの放った石つぶてが初老の男の後頭部にめり込んで、彼の生を終わらせた。

 ついに動くものは一切がなくなって、ドルクはニッキを救い出すとともに民の虐殺者という悪名と、『我ら』から追われる立場、イエニスとの決闘から逃げた3重の不名誉が押しかかっていた。

 ここから挽回ができるのか、強さを手に入れられるのかはわからない。

 後悔の念は強く時を戻せるならそれにすがりたいとすら願う。

だが、隣に立つ少女と背中の赤子を感じると無意味であるとも思えた。

「ドルク……」

「パパン、これからどうするう? 逃げ惑う?」

「家に戻ろう、最初の家に」

 ニッキは頷き、アグウはからからと嗤った。

 死に覆われて匂いを嗅ぎつけた獣や鳥、虫が集まりだした村を後にし、3人はドルクの生家へと足を運ぶのだった。


 その後については多くを語るまい。

 『我ら』の追跡から逃れ続け、時にイエニスへの雪辱に現れ時に悪行を成し時に善を行い、やがてその姿は現れることがなくなっていった。

 老年のイエニスがついに『我ら』でありながら国家元首についたころ、久しく見ていない彼らが気になって調査をしたものの足取りは掴めなかった。

 せめてもと、悪名功名問わず残った逸話を拾いイエニスはまとめておいた。甲斐あって彼が没した後も気にかけていたということで3人の名は僅かにだが歴史に残った。

 ついぞドルクはイエニスへ勝てなかった。

 ニッキは家の再興も館も手に入れられなかった。

 アグウは……嗤っていただろう。

 しかし、姿を知る者は必ずこう言った。

 3人は家族であったと。

 ドルクの生家は今も残っている。村を殺りくした時の報復で焼き討ちにあったが、いつの間にか建て直されていたのだ。

 父の墓のそばには、2つの墓が新たにできている。時折“醜悪な”赤子を背負った人物が訪れて花を供えているとのことだった。

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愚者だからこそ彼らは挑み続けた あいうえお @114514

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