第52話 見ちゃダメ!
(防御力どうなってんだろ……)
俺はそんな疑問とともに、露出度高すぎお姉さんの装備を見ていた。
全体的にギザギザっとしたデザインの、すごくかっこいいビキニアーマーだ。色は光沢感のある黒なんだけど、金属とはちょっと違う質感で、黒曜石のようなつやがある。
光の加減によっては、七色に輝いて見えたりもしてかっこいい。
すごくかっこいい。
頭部には細いツノのような形状の黒いサークレットを装備していて、耳には野性味のあるエメラルドのイヤリング。
ツヤツヤの銀髪とも相まって、装飾品の細かいところまでよく映える。
手にしてる大剣もまた同様で、セラミクスな印象だ。
宝石と金属の中間とでも言おうか。もしかするとオリハルコンってやつなのかもしれないな。
白銀の刀身と、金色の装飾が目に眩しく、大きな赤い魔石のようなものが、刀身の持ち手に近い部分にはめ込まれている。
きっと何か、特殊な効果があるのだろう。
本当にドラゴンだってソロで倒せそうなお姉さん。
いつまでも見ていたくなるような、かっこ美しいお姿だ。
「はっ……オトハさま、いけません!」
だがサーシャは突然そう言うと、俺の目を手で覆ってきた。
「えっ?」
「目の毒にございます!」
「……(こくこくぶんぶん!)」
「えー!?」
べ、別にそんなエッチぃ目で見ていたわけじゃないんだけど……。
どちらかと言えば、かっこいいガンプラを見るような目であって……。
「いやでも、これじゃあルナさんがどんな表情をしているかわからない……」
交渉に支障がでてしまうぞ?
「大丈夫ですオトハさま、私とメドゥーナが目の代わりになりますわ!」
「……(ギンギンらんらん)」
「う、うーん?」
そ、そんな……。
でもまあ、女の人をジロジロ見るのは、確かにいけないことかも……。
(というかルナさん……)
俺たちのことをどう思っているんだろう。
「……随分と、愛されてんだね」
「え、いや、まあ……」
忠誠度100ですが、それほどでも……。
というかお姉さん、それとなく俺達の姿に感心してくれている?
「流石は、白金の絆を持っているだけあるわぁ……」
「俺の婚約破棄シーンを見たんです?」
「うん、ばっちりね。なんたってアタシは竜人殺し、新着婚約破棄には必ず目を通しているんだ」
なるほど。
その後に竜人が出現するんだもんな。
「それでいち早く、あんたの情報もつかめたってわけ。そしてすぐに飛んできた。こんなチャンス、二度と無いだろうからね」
「チャンス?」
そう言えば、このお姉さん。
ここに来た時に「ちょっと遅かったか」って言っていた。
「やっぱり、この国が欲しくて来たんですか?」
残念ながら、謎の山羊とウシに先を越されてしまっているが……。
「いいや」
そこで、コツコツと足音が響き始めた。
どうやらお姉さん、玉座に向かって歩いていくようだ。
俺達の近くを通り過ぎた時、何だかとても良い香りがした。
かっこいい女の人は、匂いまでかっこいいのか……。俺は思わず、鼻をひくつかせてしまう。
「国は別に欲しくない。なんたってアタシは竜人殺しだからね。内政プレイにはとんと興味が無い」
「じゃあ、どうして……」
「今からここには、この国を欲しがる連中がわんさか乗り込んでくる。あんただって、そいつらから入国料をふんだくるつもりなんだろ?」
「あ……」
言われてみればそうだな。
訪問価値の高い国であれば、入国料で一財産築くって言う手もあるんだ。
「あれ? 違ったの? 入国料を払って入ってきたプレイヤーを片っ端から殺す。ただそれだけで、どんどんお金が手に入る。こんなに美味しい話はないだろうに」
「た、確かに……」
だがそれは、9999億9999万9999アルスをポンと払える程の猛者を撃退できればの話だ。
このお姉さんなら、全然やりそうだが……俺には出来るのだろうか?
(うーん……)
自分の拳をニギニギする。
確かに、やろうと思えば出来るのかもしれない。
「つうわけで、そこのウシさんヤギさん」
そこでお姉さんは、アニマル達に声をかけた。
サーシャが耳元で囁いてくる。
「……お嬢様、後ろ姿もまた、ひどい目の毒でございます。見てはなりません」
「え……」
「……(ピッチピチのパッツパツ)」
メドゥーナからも何かが伝わってくる。
ぬおおおー、見るなと言われると、見てみたくなるのが人のサ・ガなのだぞ!
そんな俺達の姿を後目に、ルナさんは続ける。
「あたしが侵入者からこの国を守ってやる。だからその分前をくれよ!」
「メエー?」「ウモモーン?」
だが果たして、あのアニマル達は人語を解すのだろうか?
「ケモノのふりをしたって無駄だぜ? なんなら今すぐあんたらを叩き切って、王権を奪い取ったっていい……」
――ブウン!
剣を振るう音が聞こえる。
「お嬢様、剣がヤギにむけられました」
「ヤギが王様っぽいもんね……」
「……(ハラハラ)」
どうやらお姉さんは、有無を言わさぬご様子だ。
さてヤギさん、どう返す。
見た感じは全く強そうにみえないし、おそらくその能力値は初期状態だろう。
俺ですら簡単に屠れてしまいそうだが……。
「我々を切るというのなら好きにすれば良い。だが、そのお嬢さんは黙っているだろうかね?」
「そうねえー、ウモモーン」
え? 話が俺に振られてる?
というか、妙に馴染みのある喋り方だ。
「どういうことさ?」
「そのお嬢さんは、無敵の王太子だって一撃で倒したお方だ。貴方はそんな相手に勝つ自身があるのか?」
「うーん……?」
するとどうやら、ルナさんはこちらに振り向いたようだ。
「お嬢様、けして目を合わせてはいけません。石にされてしまいます!」
「おいおいさっきから、あたしゃどんなバケモノだよ?」
「はわっ!?」
すみません!
うちのメイドが失礼なことを!
「まあ、中身は男なんだろうから、大事なもんが石になっちまうかもね……ウフッ」
「ぶほっ!」
自覚あったんかー!
「聞きましたかオトハさま! まさに痴女! 男子の敵でございますわ! ルナ様とやら、その不埒な肉体でお嬢様をたぶらかすというのなら、たとえ竜人殺しとはいえ、ただではおきませんわよ!」
「おおー、NPCにそこまで言わすとは……」
「……す、すみません!」
というか、話が先に進まない!
「え、えーと……それで」
「ああそうだった。そんな愛されお嬢様に聞こう。ヤギの王様はあんなこと言っているけど、ぶっちゃけ、あたしを倒す自信ってある?」
「うーん、ルナさんのHPが100万くらいあったら無理ですね……」
「うおっ、流石にそんなにはないな……あたしのHPは1220だ」
それでも凄い。
だが。
「なら多分、俺のドゥームで一撃だと思います。王太子は生身でしたけど、ダメージは1700万も出ましたから」
「まじで……!」
するとお姉さん、どうやらその双眸をクワッと見開いたようだ。
その辺は語気でわかる。
目隠しされたまま喋るって、なんか間抜けだけど……。
「そりゃ、竜人だって一撃だな……」
そうか……知らぬ間に俺は、最強系になっていたのか。
竜人って、いくらHPあるんだろう?
グママーよりは強いんだろうから、10万くらい?
だったら行けそうだ。
「うーん、出来ればあんたとは敵同士になりたくないね。やっぱり、そこのヤギさんぬっころしたら怒る?」
「それは、ヤギさん達と話をしてみないことには何とも……」
「だったら話をつけておくれよ、敵はいつ乗り込んでくるかわからないんだし」
「ええ……じゃあ」
俺は、サーシャに目隠しをされたまま、玉座の方に歩いていった。
動きにくい……。
「え、えーと、サーシャ。もう目隠しは……」
「はい、絶対にあの女の方をふりむかないでくださいませ!」
サーシャは随分と険しい表情で言った。
何が何でも、ルナさんを俺に見せないつもりだ……。
「えーと、はじめまして。キミーノ公爵領の領主、オトハです」
「うむ、随分とよくやっているじゃないか、『オトハル』」
「え……?」
な、何故俺の本名を。
まさかのリアル割れ!?
「どうして……」
「オトハルよ、とーちゃんの目はごまかせないぞ」
「かーさんのお目々もね、ウモオーン」
「あがっ!?」
何と! ヤギとウシの正体はとーちゃんとかーちゃんだった!
「バレてたのか!」
「家の通信履歴を見れば一発だぞ……」
「あががっ!?」
「かーさんも、ひと月前には知っていたわー」
た、確かに……家のネットワークの履歴を調べればすぐにわかるな。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝ることはない。AROは別に有害なゲームじゃないしな」
「むしろ、どうしてゲームに使わないのかって、ずっと思っていたのよ?」
「そーだったんだ……」
生暖かく見守られてたってことか。
ははは、俺はまだまだガキだな。
「初期クエストが終わったら、ヤギにでもなってこっそり参加してみようと思っていたんだ。もちろん、お前の承諾を得た上でな。しかし……」
「急にこんな状況になってしまったものだから、ウモーン」
「流石にヤバイじゃないかと思って、お節介をしてしまった」
「いえ、助かりました……」
他のプレイヤーに乗っ取られずに済んだのはでかいからな。
「じゃあもう、入国料とかは」
「ちゃんと法外な値段に設定してある。内政もちょいちょい進めている。最近のゲームはすごいな。もう殆どリアルじゃないか……これ」
「久々に、ゲーマー魂をくすぐられるわねー、うもももーん」
かーちゃん、その姿でどんなプレイをするんだ……。
ウシを選んだのは、きっと乳がデカイからだな。
実は未だに、胸のサイズがコンプレックスなのだ。
「話はまとまったかい?」
ルナさんが聞いてきたので、俺はそちらを振り返る。
と同時に、サーシャが目隠ししてくる。
「あ、はい。まとまりました。2人は俺の両親でした」
「そうみたいだね……。んでどうする? あたしの手助けいる? いらんって言われても付き纏うけど……」
「そ、そうですね……」
そうそうない、美味い話だもんな。
俺は一度、とーちゃんの顔を見た。
うんと頷いたその視線から、『お前の判断に任せる』という意図が読み取れた。
「お互いにメリットのあることだと思うので、是非ともお願いしたいです」
「おおっ! やった!」
するとお姉さんは、素直に喜んでくれた。
ドゥームストライクを使えば、俺でも同様のことが出来るのだろう。しかしこの技は本当に最後の切り札。そうそう乱発するわけにはいかないのだ。
ルナさんが助っ人になってくれるというのなら、それ以上のことはない。
そして……。
「分前は、入国税の全部を支払います」
「うお! 太っ腹!」
「むしろそうしないと、ゲームバランスがおかしくなりそうなんで……」
「しかも、真面目だ!?」
なんか感心されているな。
しかし実際、そんな濡れ手に粟のような内政をしても面白くはない。
1兆アルスをポンと出せるようなトッププレイヤーを撃退してもらうんだから、それ相応の報酬もあって然るべきだ。
「ただ、プレイ時間が問題ですよね。ルナさんにもリアルがあると思いますし、24時間見張っているわけにもいかないでしょう?」
「んー、ログインしているのは、夜の8時から深夜までが多いけど、そんなに貰えるんなら、もうちっとは頑張るぜ?」
「俺も、両親も、たぶん同じようなもんです。どうしましょう、それ以外の時間」
「んー、まあ、昼間は仕事だからどうにもなんないわなー」
それさえ解決できれば、ルナさんを加えた体制で、当分の間は持ちこたえられそうなんだけど……。
「要は、国王が殺られなければ良いのだろう?」
それに答えたのはとーちゃんだった。
「ならとーちゃんは、どっかのヤギ小屋で、ヤギに紛れて暮らすことにしよう。内政はどこにいても出来るからな」
「あっ! それいい!」
誰もヤギが王様だなんて思わないもんな!
流石はとーちゃん、策士だ!
「ならかーさんも、近くの牧場でのんびりするわぁ」
「な、なかなか面白いこと考えるね……みんな」
ゲームオタクの俺の両親は、やはり一味違った。
ルナさんの表情が目に浮かぶようだ。
「あとは、領民をどう守るかだね、サーシャ」
「そうでございますね。公爵領のみなは、シェルターに隠れていればよろしいでしょうが、他の領地の方々は……」
「それが問題だよなぁ……」
そんな感じで、俺らが頭をひねっていると。
「え、あんたら、NPCまで守るつもりなの!?」
「はい、王国内のすべての民の命を守るのが、今の俺の目標です!」
「まじかー!」
流石に呆れているだろうか?
AIに感情輸入するのを嫌う人もいるしな……。
俺は今とっても、ルナさんがどんな顔をしているのかが気になった。
「ねえ、サーシャ、やっぱりルナさんの顔を直接みて話をしたいんだけど」
「い、いけません!」
「大丈夫、顔以外は絶対にみないから!」
「本当にございますか?」
「本当です!」
「本当に本当にございますか!?」
「本当に本当です!」
うちのメイドが俺の理性を信用してくれない件について!
「それほど言うのなら……」
「ほっ……」
そして俺は光を取り戻した。
ルナさんの顔をだけを見るように、気をつけて目を開く。
(……おおー)
だが、顔だけ見ても妖艶過ぎるお姉さんだった。
うっすらアイシャドウも引かれていて、やっぱり女の人だなって思ってしまう。
ルナさんは、どこまでも自信ありげな様子で、何というか……常に自分を見せつけてくるようなところがある。
少なくとも、変には思われていないようだ。
「その、すみませんけど、この俺の信念だけは貫かせてもらいます! もしルナさんが、お金儲けだけを考えて、この国の人々を傷つけるようなら、その時は……」
と言って俺は、胸の前で拳を握りしめる。
「その時は、容赦しませんので!」
「……へえー」
するとルナさん、まるで対抗するようにして腕を組み、俺の顔をまっすぐ見据えてきた。ルナさんは背も高くて、こうして睨まれると、かなりの威圧感がある。
だが俺は目をそらない。俺にだって譲れないものがあるからな。
もし領地を荒らすようなことをするなら、この拳が黙っちゃいない――。
「ははっ、流石は王太子殺しのお嬢様だ! いいよ、気に入った!」
ルナさんはそう言うと、親指をグッと立ててウィンクしてきた。
「どこまでやれるかは解らないけど、あんたのやり方に付き合ってやるよ」
「ほんとですか!」
「ああ、これも何かの縁だろうしね……。つうことで、ひとつ宜しく頼むな!」
と言ってルナさんは、俺に握手を求めてきた。
(よかった!)
俺は胸の中で安堵せずには居られなかった。
最初にやってきたプレイヤーさんは、仁義あるお方だった!
「こちらこそお願いします!」
そして俺とルナさんは、しかと握手を交わした。
交わしたのだが……。
(ふおお……!)
ルナさんの鍛え抜かれた肉体から発せられる波動。
それが手の平からビンビンと伝わってきて、俺は思わずブルッちまったのだった。
(並みの鍛え方じゃねえ……)
リアルでも相当鍛えている人なんじゃないかと思ったね。
この筋肉は裏切らない……いや、そもそも筋肉とは裏切らないのだ。
そんな熱い確信を、俺は握手しただけで得たのである……。
「ふふっ……」
「……はっ」
やばい!
俺の心中に渦巻く思いが、お姉さんに伝わってしまった!?
「……どうやら、あたしの筋肉の声が聞こえるみたいだね」
と言ってルナさんは、おもむろに握手を解く。
「どうせならじっくり……」
そして、おもむろに体を揺らし……。
「見てみるかい!?」
見事なサイドチェストを決めてきた!
――ビシッ!
「ふおっ!?」
ああ! 腕の筋肉が、まるでヒマラヤのようだ!
そしてボッコリ膨らんだ三角筋!
肩にリンゴが実っている!?
「オトハさま!」
「ぬあっ! しまった!」
ついうっかり、お姉さんのお体に見入ってしまった!?
「言わんこっちゃありません! やっぱりこの方には布きれでもかぶっていてもらいましょう! お嬢様の目が潰れてしまいますわ!」
「えええ、いやそれは流石に……!?」
失礼ではないかね!?
「こんなにも容赦なく殿方の視線を奪ってしまうとは、なんと罪深い!」
「いや、でも……サーシャ、これからは何かとお世話になる人なんだし。そんな失礼なことを言っては……」
「ですが……このままではオトハさまが……!」
「お、俺が……?」
何だろう。
俺がどうなるっていうんだろう……。
「ぐ、ぐぬぬ……」
だがそこで、サーシャは黙ってしまった。
そして肩をプルプルと震わせてる。
うーん、どうしてそんなにも、ルナさんを敵視するんだろう……。
「な、ならば私も負けぬように、己を磨くのみです! ルナ様! 私、けして負けませんわ!」
「おおっ!?」
「えーっ?」
どうしたサーシャ!?
ああ、ルナさんが豆鉄砲を食ったような顔に!
「……いいね! 何か熱いね! こんな健気な使用人さん初めて見た!」
「す、すみません! なんかすみませーん!」
ほんとーに、うちのメイドが!
俺はサーシャを宥めるべく、2人の間に割って入る。
「さ、サーシャ、どうどう……」
「……グルルルー!」
なんか闘争心むき出しだ!?
一体俺はどうしたらいい?
問題ってやつは、どうしてこうも、次から次へとやってくるんだろうな……。
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