第51話 胸騒ぎナイツ


 都内某所、白崎邸――。


(今日はちょっと、頑張りすぎたかしら……)


 夜もすっかり更けた頃。

 屋敷の主である女性が、就寝のためにベッドに入る。

 その時、にわかにスマホが震えだす。


(あら、何かしら……?)


 どうやら、お馴染みのSNSに新着が来たようだ。

 すぐに画面を開いて確認するが……。


『ギャアアー!?』

『大変ですわ、レイアさま!』

『王太子が殺されましたわあー!』

『撲殺されたのですわあー!?』

『なんぞおおー!?』


(……?)


 画面いっぱい、悲鳴のようなメッセージで埋め尽くされていた。

 発信者は竜人同盟の構成員達であり、次から次へと舞い込んでくる。


『夜分遅くにすみません!』

『この婚約破棄動画! 是非ともすぐにご覧になって下さいませレイアさま!』

『大事件にございますことよ!』

『ウギャー! 聖女がー!?』


(なんだと言うの……?)


 みなの息巻きようが凄まじい。

 一体何があったというのだろう。

 首を傾げつつもその女性は、添付されていた動画のURLをクリックした。

 すると、いつもの見慣れた婚約破棄シーンの動画が再生された。


 彼女の名前は白崎令亜。

 とある著名投資家の一人娘にしてAROのファウンダーだ。

 ゲーム内での名はレイア・イーグレット。

 竜人同盟の盟主、まさにその人である。


 婚約破棄クエストを終えた者の多くが、その後に同盟参加の申請をしてくる。

 故に、新着の婚約破棄動画に目を通すというのは、確かに彼女の日課であった。

 しかし、こんな遅くに大勢でワーワー騒ぐほどの動画というのは、この所はとんと見なくなっていたのだが……。


(これは……?)


 動画を見た瞬間にわかったこと。

 それは、そのプレイヤーがネカマであるということだった。

 見るべきところは、体格の大きさとか顔の作りではなく、歩き方。

 そのプレイヤーは、まさに男性特有のズカズカとした歩き方をしていたので一目瞭然だった。


 肩には宝石バッタを身に着けている。

 ということは、普通に宝石加工を事業化して、いたずらっ子な使用人を宝飾職人として育てたのだろう。

 良い使用人を引き当てたものだ。それならば、お金に困っているということはまず無いはずなのだが、何故か着ているドレスは初期装備品そのままだ。


(しかも……)


 かなりムッキムキ。

 上手にメイクアップされてはいるものの、腕の部分がパツンパツンだ。

 どうしてこんなに鍛えてしまったのか?

 ある意味、興味を惹かれるが……。


(あ、バッタが……)


 慌てて宝石バッタを回収するその様子から、中身の人は年若い人なんじゃないかとも推察できた。

 そんなプレイヤーが一体、これからどんな事件を起こすというのか?

 妙に気になった白崎令亜――もといレイアは、動画に寄せられているコメントの方に、先に目を通した。


《すごい!》

《王太子が死んだ!?》

《王太子って倒せたの!?》

《一瞬で天井まで飛んだけど、いくらダメージ出てるのよコレ!?》

《ヤバーイ!》

《ちょ、バグってないこれ……?》

《聖女wwwwww》


 どうやら、絶対に倒せないと言われていた『婚約破棄シーンの無敵王太子』を、彼は素手で殴って倒したらしい。


(それは……確かに事件ね……)


 動画を少しシークして、その撲殺シーンを見る。

 その『オトハ』というプレイヤーは、ややしばらく王太子らとやり取りをした後、次のような言葉を放った。


『この国に巣食う毒虫どもよ! いずれ大いなる裁きがあると知れ!』


(まあ……)


 随分とお熱い口上だこと。

 ただのネカマさんじゃないみたいね……。


 彼は直ちに金塊を握り、スキル名を叫ぶ。


(ドゥーム・ストライクね……それに)


 その胸に光るのは、間違いなく『白金の絆』の輝きだった。

 なるほど、全領民の命を乗せて放たれたドゥームストライクならば、確かに無敵と言われる王太子でも倒せるかもしれない。

 レイアは一瞬でそう分析しつつ、続きを見守る。


――ズガーン!


 画面外から響いてくる轟音。

 コンクリートが砕け散るような、ものすごい音だ。


(ほほ……)


 確かにこれは、大事件だ。

 アルサーディア全土をひっくり返す、AROというゲームが始まって以来の出来事であろう。


『確かに大事件ですわ』


 夥しいメッセージが寄せらている画面に、レイアは素朴な感想を投げた。

 そして。


『でも、今日はもう遅いので、わたくしは休みます。ごきげんよう』


 それだけしとやかに送信すると、通知機能をオフにしてスマホを切ってしまった。

 同盟員達は、夜通しワーワー騒いでいそうな雰囲気だったが、夜更かしは美容と健康の敵。それに――。


「あれほどの方なら……」


 きっと大丈夫でしょう――とも思う。


「……消灯」


 スマートスピーカーで部屋の明かりを消すと、彼女は何事もなかったようにベッドに潜り込んだ。 



 * * *



 竜人同盟の盟主さんが、そんな感じで眠りについた頃――。


「ヒール! ヒイイーール!」


 聖女様は、相変わらず頑張っていた!

 とっても気持ち悪いことになってしまったお屋敷は、もはや使用不能だ。

 それに……。


「どうしたらいいんだ……!」


 俺達の王国が、世界に開かれちまったぞー!?


「オトハ様、まずは落ち着いて状況確認を」

「は、はい……!」


 セバスさんにたしなめられて、俺は少しだけ冷静さを取り戻す。

 深呼吸して息を整える。


 落ち着いて……落ち着いてぇ……。


 ふと気になって、アセットステータス。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キミーノ公爵家 財務 (単位:アルス)

税率        40%

月間収入  2210万4000

内訳

税収    2060万4000

生産     150万0000

月間支出  1535万8334

内訳

人件費    470万5000

王国税        0

その他   1042万0000

返済     23万3334

収支     674万5666


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あっ!? 王国税が0になってる!」


 どういうことだ?

 クエスト終了と関係がありそうだ……。


「これは……王家が滅亡したということでしょうな」

「えー!?」


 王太子を殺したからか! 一応死んだことになっているんだな!

 王様とか王妃様とかは、普通に歓談していたけど……。


「まことに奇っ怪な状況ですが、他に考えようがございません」

「オトハ様、もう一度お城を見てきては?」

「そうですね……」


 このゲームは、NPCを動かすAIの他に、ゲーム全体を統括する管理AIが存在する。おそらくは、その管理AIによって『王家滅亡END』として処理されてしまったのだろう。

 この推測が正しければ、今の王国は支配者不在であり、誰かが玉座につき次第、新たな国王が誕生することになる。


「それに……」


 初期クエストが終了したということは『新規プレイヤーの受入れ』も可能になるということだ。クエスト終了前に設定を変えようと思っていたんだけど、今のところ初期設定のまま……。


「と、とにかく、俺は城に行きます。サーシャとメドゥーナもついてきて! 王家が滅んだのなら、通行料も取られない!」

「はい!」

「……(こくこく!)」

「そしてセバスさん! 念のために、領のみんなをシェルターに!」

「かしこまりました。合わせて屋敷の見張りも行いましょう。物見櫓にも衛兵を常駐させておきます」

「はい、おねがいします!」


 聖女たちがこれからどうなるのかも、見ておかないといけないからな!


 セバスさんに後を任せて、俺はお城へと向かった。



 * * *



 走りながら、設定画面を呼び出す。

 そして『領内への新規プレイヤー受け入れ』の項目が『個別に許可』になっていることを確認する。

 他に『無条件に許可』と『禁止』があるのだが、ひとまずこのままにしておく。

 どれほどのプレイヤーが、俺の領地に興味を持つかを知りたいからだ。


「領内の設定で出来ることはこれだけか……あとは」

「国王陛下の権限にございますね」


 うむ……大変そうだけど、ひとまず俺が国王をやるしかないのだろう。

 国王になって、他プレイヤーの入国を『全面許可』にしなければならない。


 何故『禁止』ではなく『許可』なのか。

 それは、あえて『許可』にしておいて、最大限の『入国料』を課すためだ。


 このゲームは力づくによる不法入国が可能なので、入国禁止にしたところで、無理やり乗り込んでくるプレイヤーを抑えることはできない。

 不法入国者はその時点でレッドネームプレイヤー(いわゆる赤ネーム)となり、国内の衛兵NPCに追っかけ回されることになる。

 しかしながら、それを実力でねじ伏せるプレイヤーなんて山ほどいるのだ。


 それよりも、あえて入国を許可し、最大限の入国料を課す方が効果は高い。

 どのような腕っ節をもってしても『謎の物流業者』による徴税を逃れることは出来ないからだ。

 入国料として課せる最大金額は9999億9999万9999アルス。

 これだけの額をポンと払えるプレイヤーとなると、かなり数は限られてくる。


(まったく居ないってわけじゃないんだけど……)


 それがMMOの恐ろしいところだ。

 たとえどんなに巨額な入国料を取られたとしても、国を奪ってしまえば取り戻せる。すでに大きな所領を抱えているプレイヤーなら、それくらいのことは簡単にするだろう。

 そういったプレイヤーの侵略を抑えるためには、竜人同盟に参加しなければならないし、たぶんそれが、領主としての俺の最終目標なのだろう。

 だが――。


「くっそ……!」


 俺はネカマで、自前の竜人も抱えていないのだった。

 こんな状態で同盟に加えてもらえるとはまるで思えないが、同盟申請だけは送っておく。


 まもなく、お城が見えてきた。

 時刻はもう真夜中だが、誕生パーティーはまだ続いているようだ。


「お嬢様、奇妙です」

「うん……」


 婚約破棄シーンが終わったのだから、既に解散になっていて良いはずだ。

 やはり、この国はバグっちまっているのか。


(だが……!)


 今はそんなことはどうでもよかった。

 兎にも角にも、早く国王権限を得て、入国制限をしなければならない。


 俺たちは全速力でお城に駆け込むと、脇目も振らず謁見の間へと向かった。


 すると――。


「メエェ〜〜」

「ウモォ〜〜」

「!?」


 なんと、山羊とウシが1頭ずつ、呑気に玉座に座っていた!


「えーっ!?」

「こ、これは……!」

「……(!?)」


 あまりにも予想外!

 そして、シュール……。


 なんだこの光景は!?

 俺たちは、一瞬にして凍りつく。


 さらに――。


「あちゃー、ちょっと遅かったかー」


 後ろから、1人の女性プレイヤーがやってきたのだ。


「……!?」


 振り返るとすぐに、俺はその姿に圧倒された。

 身の丈を超える大剣。

 どこに目を向けたら良いのかわからない程の、エグい漆黒のビキニアーマー。

 ひと目見ただけで、只者ではないことがわかる。


「あああ……」


 銀色の長い髪。筋肉のラインがくっきりと浮かぶ褐色の肢体。

 お姉さんは、あたかもその膂力を誇示するようにして、巨大な剣をクルクル回した。


「あんたが、例の撲殺令嬢さん?」

「は、はい……」


 俺たちはみんな、反射的に身構えてしまう。

 相手はNPCじゃない。

 間違いなく、『中に人間が入った』プレイヤーなのだ。

 この状況で何をしてくるのか、わかったものではない。


 初めての来訪者が、山羊とウシ……そして、何かどちゃくそエロいお姉さん?

 誰がこんなの予想できたってんだよ!?


「ど、どちらさまで……」

「んん? あたしかい? あたしはねえ……」


 長さ2メートル、幅30センチはありそうな大剣。

 そのような大業物を、そのお姉さんはいとも容易く振り回す。


「よっと!」


 そして肩に担ぐと、親指でグッと自らを指しつつ、名乗りを上げた。


「ルナ・エバーフォール。人呼んで『竜人殺しのルナ』!」

「竜人……」

「殺し……?」

「……(クワッ!)」


 はたして敵か味方か?


 それはわからないが、とにかく凄い人が来てしまった――!


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