第27話 チートの匂い


 今日のところはお酒で親睦を深めてくれたら十分だ。

 グルーズさんもいるし、そうそうおかしなことにはならないだろう。


 俺は一目散にアトリエに走っていくと、その中に入った。

 濃密な油絵の具の匂いがする。


「あっ、セバスさん、サーシャ」


 すると2人が先に来ていて、イーゼルの上に乗せられた縦横1メートルはある、大きな絵に見入っていた。

 俺が入ってきても、しばらく反応がないほど見入っていた。


「……あっ」

「……オトハ様」

「ブラムさんの絵が出来たんですね……どれどれ」


 2人の間からその絵を覗き込むと……。


「ふおおおっ!?」


 素晴らしく壮観な絵が、大きなキャンパス一杯に描かれていた!

 それは、俺がゴブリンキングと戦っている光景を描写したものだった!


「す、すげえ!」


 語彙が少なくてすまんが、なんかすげえ!


 左上から襲いかかるは、巨大な棍棒を手にしたゴブリンキング。

 それに対抗するようにして、ピンク色のドレスに盾装備と言う姿の俺が、右下から飛び上がっていく。

 薄暗い決闘の間には、ゴブリンの財宝や地に膝をついた屈強な兵士達の姿などが書き込まれていて、まるで実際に見て描いたような躍動感だ。


 実際には俺は、ドレスに盾という姿では戦っていないし、決闘の間には俺以外の人物はいなかったわけだが、それでもその絵には、ゴブリンの巣討滅戦の全てが、あますところなく描き込まれていた。


「これを想像で描いたんすね……」

「そのようです……」


 セバスさんが感心したように言うが、サーシャに至ってはもはや言葉も出ないようだった。


「その場に近くにいた我々でも想像できなかった光景を、こうもありありと描き出すとは……」

「うん……なんか上手く言えないですけど、大体こんな感じでした」


 金塊握ってアッパーの絵じゃなくて良かった!

 

「お嬢様、わたくし自分を恥じますわ……」

「ど、ドンマイっす……」


 解雇解雇って叫んでいたもんな。

 でもこれほどの絵を描いていたとは、誰にもわからなかったことだ……。


「この絵はやっぱり、かなりの価値があるものなのかな」

「はいオトハ様、この絵はまさに一点ものです。コピー品を作ることは確かに可能ですが、オトハ様の戦いの一部始終を描いた絵のオリジナルということで、唯一無二の価値をもつものとなります」

「ほほう……」


 セバスが丁寧に説明してくれる。

 確かに、絵の価値ってそういうもんだよね。


「つまり、いつものシステムコールで買えるようなものとは、まったく次元の違うものになるんですね?」

「そうです。オトハ様の名声ですとか、時の経過、人々の間での評価などによって如何様にも変化するものです」

「セバスさんの目から見て、如何ほどです?」

「ふーむ……私でも正直計りかねるのですが、婚約破棄クエストの最中にゴブリンスレイヤーの称号を得た公爵令嬢さまというのは、聞いたことがありません。それらの希少性も加味すれば、500万アルスは下らぬものと思います」


 一財産じゃないか!

 ゴブリンの巣って、婚約破棄プレイだとあんまり縁が無いんだな。竜人を仲間にした時点で発生しなくなるし……。

 しかも単騎撃破とか激レアだろう。


 俺達はしばらくその絵を鑑賞した後、その絵を屋敷の玄関に飾ることにした。


【平均忠誠値 : 85.8(↑1.5)】



 * * *



 日が暮れて、通いの使用人は殆ど帰ったのだが、俺はまだちょっと時間があった。

 サーシャとメドゥーナを引き連れて、俺は近くの森の中に来ている。


「よし、ついにこのスキルを試す時が来た!」

「それは……?」


 攻略サイトの画面に表示されているスキル名。

 その名も『ドゥーム・ストライク』だ。


【ドゥーム・ストライク】

 格闘系攻撃スキル。素手専用。

 ボスモンスターを瀕死の一撃で倒すと一定確率で習得。

 全HPとMPを消費して極めて強力な一撃を放つ。残っているHPとMP量に応じて威力が上昇。再使用間隔1分。

 『ダメージ計算式:通常ダメージ×(消費HP÷20+消費MP÷10)』


 まさに一撃必殺! てな技なんだが、一発打つたびに瀕死になるので、実用性は殆どないようだ。

 いざという時の切り札になるかと言えばそうでもなく、これに頼るような時点では、すでに敗勢が決していることが多い。


 しかも素手専用。

 ネタスキル以外の何者でもない。


「まさにドゥーム【破滅】なのですね……」

「……(こくこく)」


 あんだけの激闘を繰り広げておいてトホホーな感じだ。

 ダメージ計算式にのっとれば、今の俺のHPMPがフルの状態で打てばそのダメージは15倍になる。

 金塊を握ってブラウンベアーを殴ったときのダメージが大体15程度なので、このスキルを使えば220前後のダメージとなり、HP200のブラウンベアーであれば、一発ノックアウト出来るはずだ。


 クマを一撃で屠る……。

 もうこれ、ロマンしかない!


「あっ、いた!」


 クマ発見! 悪いが、俺の新技の餌食になってくれ!


「お気をつけて、お嬢様」

「うん、なにかあったら頼みます!」


 サーシャは弓を、メドゥーナは短刀をそれぞれ構える。

 俺は金塊をにぎにぎしながら、ゆっくりとクマに近づいていった。


 ちなみに、同時にゲットした『不屈の闘魂』についてはその効果も取得条件もわからなかった。

 どうやら未発見の称号のようだ。効果が発現するまでは、どういうものなのかがわからない。凄い特殊効果があるのかもしれないが、ただの名誉称号の可能性もある。

 まあ、ボチボチやるしかないな。


「グマッ?」

「こんばんわ!」


 花咲く森の道ぃー、クマさんにーでーあ――


「ドゥーム・ストライク!」


――ギュオオ!


 スキル名詠唱と同時に、拳にみなぎるミステリアスパワー!


「うおおおおお!」


 俺は、早くお逃げなさいと歌いつつ、クマに拳をぶち込んだ!


――バッキャオオオーン!


「グマ゛ー!?」

「うほおっ!?」


 すると、体重数百キロの巨体が、なんと50メートル近くも放物線を描いて吹っ飛んだのだ!


――ドッキャーン!


【ブラウンベアーに232のダメージを与えた】

【ブラウンベアーを倒した。102の経験値を獲得した】


「うわぁ……」


 クマは地面に墜落すると同時に、ポリゴンとなって砕け散った。

 これは酷いネタスキル!


「むぐぅ!?」


 そして、突如として襲い来る全身倦怠感。

 HPとMPがどっちも1になってしまったのだ。


「オトハさま、今ヒールを……!」

「うん……お願い」


 サーシャは、この間のゴブリン戦で経験値が貯まったので、マジュナス先生にヒールを教えてもらった。


 だが、サーシャがヒールをかけるよりも早く、俺の身体が光り輝いた!


「な、なんだ……!?」


 突然の出来事に、飛び上がりそうになるが――。


【『不屈の闘魂』発動! 全能力値30%UP! 瀕死の一撃確率UP! 10秒間無敵!】


「なにぃ!?」


 称号の効果が発動した! なんだこれ!?


「お嬢様……!」

「……!?」


 サーシャもメドゥーナも驚いている!

 そりゃ俺だって驚いている!

 10秒間無敵!? なんだよそれ、チート臭がするぞ!


 やがてその10秒が経過すると、全身を覆っていたキラキラは静まっていった。


「な、なんだったんだ?」

「とにかくヒールを!」


 サーシャがすぐにフル・ヒールを駆けてくれたので、俺のHPは満タンになった。


「どういう発動条件なんだ……?」

「ドゥーム・ストライクがきっかけになったような……」

「……(こくこく!)」


 とにかく、HPかMPが激減すると起こるんじゃなかろうか?

 ドゥーム・ストライクの再使用時間が過ぎたところで、俺は近くの木の幹に向かって再びドゥーム・ストライクをぶち込んだ。


――パシャーン!


 叩いた場所が粉々に吹っ飛んで、木がミシミシと倒れていく。

 うわぁ……自然破壊。


【『不屈の闘魂』発動! 全能力値30%UP! 瀕死の一撃確率UP! 10秒間無敵!】


「キター!」


 やっぱりHPがMPの激減が発動の鍵なのだろう。

 あとは、どのくらい減ったら発動するかだが……。


「ちょ、ちょっと二人とも手伝って!」

「は、はい……」

「……(こくこく)」


 それから俺は、2人に回復してもらったり攻撃してもらったりして、どのくらいHPやMPが減ったら発動するのかを検証した。


 すると。


「HPとMPが両方ひと桁以下か!」


 それが、発動のキーだとわかった。

 さらに言うならば、瀕死の一撃が出やすくなる状況だ。


「えらいピーキーだ! 普通に戦っていたら絶対出ないよ!」

「ドゥーム・ストライクあってこそですね……」

「……(ガクブル)」


 これまた、酷いネタ称号だ!

 取得条件はよくわからんが、格上モンスター相手に死闘を繰り広げると良いのではなかろうか?

 残りHP1で倒すとか、相打ちになるとか、そういった条件が考えられるな。


「どう使えば良いのでしょう……」

「うーん、少なくとも、ドゥーム・ストライクのリスクを減らしてくれるけど……」


 10秒間無敵は結構なものだ。

 これを上手く活用できないものかしら……。


 んっ?


「お嬢様?」

「う、うん……?」

「何か、危ないことを考えていませんか?」

「ぎ、ギクゥ!」


 デスペナ覚悟の大作戦を考えていたのがバレバレだ!


「お嬢様、お願いですから……」

「う、うん……わかってます、サーシャ」

「……(じとー)」


 二人してジットリ見つめられちゃ、そう無茶は出来んわな……。



 * * *



 今日はもう良い時間なので、屋敷に戻ってログアウトすることにする。

 帰る途中、兵舎の様子を覗いてみる。


「そーっ……」


 デリケートな話をしているかもしれないので、そーっと覗く。

 気配察知持ちのオルバさんと、警戒持ちのグールズさんがいるから、意味ないかもだが。


――ふむふむ……。

――誰にもわからんさ……グズッ。

――ンマ……。


 すると、既にお酒はすっからかんで、顔を赤くした3人が神妙な顔つきで話し込んでいた。 


 どうやらブラムさんが聞き手となって、オルバさんにあれこれと話しをさせているようだ。

 酒飲み同士気が合うのかもしれないが、それ以上にブラムさんの能力のような気がした。

 オルバさんはどうやら、少し泣いているらしい。


(あれが感受性ってやつなのか……)


 ブラムさんの特殊能力『感受性』。

 それは絵を描くためだけの能力じゃないのかもしれない。

 想像力だけで俺とキングゴブリンとの死闘を描き出したように、オルバさんの心の景色を、その能力でしっかりと掴んでいるのかも……。


「うーん……」


 そういや、とーちゃんが言っていた。

 最近ではカウンセリングとかも、AIの方が上手くやるようになってきていると。

 今目の前で繰り広げられているのが、まさにそれなのかもしれない。


「…………」


 後ろを振り向くと、サーシャがやはりしょげた顔をしていた。

 ひとまず今は、その場を離れることにする。

 あとは使用人達に任せておいて、問題はないように思う。

 むしろ、俺は無力だ……。


「サーシャ、時々様子を見て、必要そうなら食べ物などを差し入れてあげてください」

「はい、かしこまりました」


 次の日からオルバさんは、ヘビーフルプレートを着て兵舎に詰めるようになった。

 ヘビーフルプレートは装備して歩くだけでも身体が鍛えられるから、運動不足になることもないだろう。


 こうしてオルバさんは、自宅警備員から兵舎警備員にジョブチェンジした。


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