第25話 お父さんを下さい!


 屋敷を出て500メートルほど走ると、一番近くのノックス村に入る。

 使用人の多くがここからの通いで、コヌールさんのオヤジさんもこの村にいる。


「あっ! あれは!」

「なんだなんだ!?」


 高らかな突撃ラッパの音とともに爆走する謎の武装集団。

 それを村人達が目撃して声を上げる。


 そして。


「オトハ様が鍛えていらっしゃるぞー!」

「我らもつづけー!」


 手の空いている村人たちが、次々と隊列に加わってきた!


「おおーっ!?」


 その数、ざっと50人!

 よし、ならば!


「参加してくれた人にはおやつをあげまーす!」


 と言って俺は、その全員に牛乳とリコッタを投げた!


――ウオオオー!?


 俄然、テンションを上げる村人達!

 それでさらに、50人は参加者が増えた!


 ムホー! いいぞー! この調子だー!



 リコッタ×100 牛乳×100


【資金 2843万0570 (-9万2000)】



 民を餌付けして強制エクササイズさせるとは、まさに悪役令嬢の極みぃー!


 さらに装備品をガシャガシャならして、2km先のキミー村に向かう。

 キミー村は麦畑が広がる農耕地帯で、殆ど村人が農作業をしている。ところどころに牛や山羊などの姿が見え、風車がぽつんと1基だけ、のんびりとその羽根を回しているが……。


「うわ! なんかすんげーべさ!」

「領主様だぁ!」

「わあーい! ゴブリンスレイヤーさまだー!」


 農作業中だった殆どの人が加わってきた!


「お仕事ある人はいいんですよー!?」

「なにをおっしゃいます!」

「こんなの朝飯前ですわいー!」

「ボクも走るー!」


 子供からお年寄りまでワラワラとついてくる!

 その数、150人!

 やっぱり全員に牛乳とリコッタを配る!


 リコッタ! リコッタぁー!

 みんな大好きプロテイイイイン!


 さらに3キロメートルほど走って、山間の村であるオトハエ村に入る。

 ここは鉱山と林業の村なのだが……。


「おおーい! オトハ様が走ってきたぞー!」


――なにぃー!

――まざるー!


 鉱山の中で働いていた人たちが、ツルハシやらスコップやらを二刀流にして、ワラワラと湧き出てきた!


「わしらもー!」

「ゆくぞー!」


 木材切りをしていいた人達も、斧やらノコやらを持ってついてきた!


――うおおー!


 結局、総勢300人の大軍団になった!

 キミー村とオトハエ村で加わった200人に、さらにプロテインを配る!


 リコッタ×200 牛乳×200


【資金 2824万6570 (-18万4000)】


 すごい! どんどんお金が筋肉に等価交換されている!

 これぞまさに『錬筋術』だぁー!


「せ、セバスさん!」

「はい、お嬢様」

「村人の筋肉量とか調べられませんかね!?」

「領内格闘力という項目がほぼそれです。アセットステータスに追加すると良いでしょう」

「わかりました!」


 さっそく俺は、領内格闘力を調べてみた。


【領内格闘力 57ベアー】


 単位がクマー!

 これはわかりやすーい!


「57頭のクマと格闘しても負けないってこと!?」

「最低でも相打ちにはもちこめるかと」


 げっ! 相打ちじゃあマズイのでは?


「余裕を持って勝てる数は!?」

「その10分の1といったところでしょうか」


 うーん……。

 村人総出で殴りかかっても、安全に倒せるのはクマ6体か。

 俺だってまだ、装備なしのタイマンだと、軽く死闘になるからな……。


「やっぱり、ゴッズさんとグルーズさんは凄いんですね!」

「2人は領内でも指折りの猛者でございますぞ!」


 よし! この調子で村人全員をゴッズグルーズ級にするぞ!

 領内格闘力600ベアーが目標だあああ!


「よーし! いっぱい食べて動いて強くなるぞおおおー!」


――ウオオオオオー!!


 そうして俺は、さらに牛乳とリコッタを1セットづつ追加したのだった。


 リコッタ×300 牛乳×300


【資金 2797万0570 (-27万6000)】

【領内格闘力 57→62ベアー】


 牛さんありがとおおおおー!



 * * *



 30分ほどで領内をグルッとまわり、約10kmの道のりを経てノックス村に戻ってきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 オトハ


【HP162→170】【MP65→66】


【腕力 41→45】【魔力 17→19】 

【体幹力31→35】【精神力30→45】

【脚力 35→40】


【身長 175】 【体重 62→60】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 やっぱりヘビーフルプレートを着ていると効くな。

 ごりごり能力値があがったぞ。

 突撃ラッパの効果も大きいかもしれない。

 いつも以上に走り込めた気がする。


「では……」


 俺は今、ランを終えたばかりで熱気ムンムンな300人超の集団とともに、コヌールさんの自宅を取り囲んでいた。

 なんかこう、絵面的にスゴイ! めっちゃ体育会系……。


「こんにちはー」


 戦前に建てられた一軒家のごときオンボロ小屋の前で、俺は声をかけてみる。

 いかにも国民的ドラマ「お◯ん」って感じの家の引き戸から、少しやつれた顔をした綺麗なお母さんが出てきた。


「こ、これは……!?」

「すみません、こんな大勢で押しかけて……」


 そりゃ驚くわな……。


――なんだなんだ。

――ついにあのオヤジがしょっぴかれるのか?


 何となく事情を察しているらしい村人の中から、どよどよと声が上がる。


「しーっ」


 俺はそれを静めさせると、コヌールさんと並んで、要件を切り出した。


「オヤジさんを、強制徴用に来ました」

「え!? あの人を!?」


 奥さんはそう言うと、慌てて家の奥に目を向ける。

 当然だけど、すごく焦っているみたいだ。


 俺はその人のステータスを確認する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 マキーニ

身分 中級職人

職業 機織師

年齢 34

性格 せわやき


【HP 48】 【MP 10】


【腕力  7】 【魔力   4】 

【体幹力 6】 【精神力 35】

【脚力  7】


【身長 160】 【体重 42】


耐性   恐怖C 打撃C

特殊能力 機織技能C

スキル 生産(織物)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(アイアンメイスいけるな……!)


 などと真っ先に考えてしまった俺は、筋金入りの脳筋になりつつあった。


 マキーニさんは一言で言えば手に職を持つ女性だ。

 ノックス村は、僅かではあるが商工業の活動があって、なめし革や衣服用生地などの生産販売をやっている。

 旦那さんも、それに連なる仕事をしていたものと思われるが、今はどうなっているのだろう。


 とにかくまずは、顔を拝まねば。


「奥さん、申し訳ないんだけど、領主権限を使わせてもらいます!」

「ああっ……!」


 俺は深く頭を下げると、そのままズンズンと家の中に入っていった。


「……!? だれだ?」


 土間を上がった奥の、床の間のような場所に、一人の大柄な男がうずくまっていた。

 消毒液にも似た、安酒の匂いがする。

 男は俺の侵入に気づくと、暗がりのなかで、ゆらりとその顔を上げた。


「キミーノ公爵家当主、オトハにございますわ」


 何故かお嬢様口調になってしまう!

 まあ、男言葉より響きが柔らかいから良いか……。


「な、なんのようだ……!」


 何かを恐れるようにして、部屋の奥へと下がる男。

 髪と髭が伸び放題で、背筋は曲がり、見るからに不健康そうな風貌だ。


 しかし良くみると、その顔の輪郭は整っており、元は結構なイケメンだったのではと思わせる。

 娘のコヌールさんも美人だし。


 ひとまず、ステ値を確認。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 オルバ

身分 自由民

職業 猟師

年齢 36

性格 気弱


【HP 132】 【MP 10】


【腕力 25】 【魔力  1】 

【体幹力35】 【精神力 9】

【脚力 25】


【身長 172】 【体重 85】


耐性   なし

特殊能力 気配察知B

スキル 罠設置C 罠解除C


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 なんと、コヌールさんの性格は父親似だった!

 でもなぜ性格が『気弱』なお父さんがDVに走るようになってしまったのか。


 身分が自由民というからには、元はどこの村にも所属しない流れの猟師さんだったのだろう。

 気弱な性格で、猟師が務まるのだろうかと気にはなるが、気配察知や罠設置といった、なかなかのスキルをお持ち。

 というか、お屋敷の警備をしてもらうのにうってつけだ!


 運動不足でデブってはいるが、能力値もけして悪くない。

 鍛えれば化ける予感は相当するが……。


「コヌールのお父様ですね」

「……だ、だったらなんだ!?」

「現在、ご職業がないとのことなので、スカウトにきましたの」

「よよよ、余計な世話だ帰ってくれ!」


 うんまあ、予想していた反応だが。


「いいえ、私この耳に聞きましたの。お父様が、娘さんと奥さんに暴力をふるわれているということを……」

「……!?」


 即座に、娘と奥さんに目を向けるお父さん。

 しかも敵意むき出しの血走った目だ。

 すごく、ヤバイ感じしかしない。


「そのことでしたら良いのです! 私のことでしたら、どうかお気になさらないで下さい領主様!」


 だがそこで奥さんが、俺とお父さんの間に割って入ってきたのだ!


「私と娘の稼ぎで、食べていけております! 何の問題もございませんので! どうかここはお引き取りを!」


 さらには、土下座までしてきたのである。

 DVの闇とは深いものと聞くが、これほどとは!


 それに……。


(このゲーム、リアルすぎる!)


 これはもう、ゲームであっても遊びじゃないぞ!?


「むむむ……!」


 どこかで聞いたような名台詞を胸の内で叫びつつ、俺はどうしたものかと手をこまねいていた。

 奥さんはこう言っているが、コヌールは思い出すだけでガタガタ震えてしまうほどのトラウマになっている。

 ここで、おめおめと引き下がる訳にはいかない!


「いいえ奥様、わたくし何が何でも旦那様を連れて行きますわ!」


 理由はなんでもいい!

 とにかくしょっぴくんだ!

 このお父さんを、このまま腐らせておくのも勿体無い!


 だが!


「オトハ様! やっぱり止めて下さい! お父さんに酷いことをしないで!」

「コヌールさんまで!?」


 二人してお父さんを庇った!

 日頃から暴力を受けているはずなのに……。

 こんなことに……なるんだな……DVって!


「コヌール……お前ぇ……!」


 それでお父さん感激かといえば、ぜんぜん違う。

 後ろでぎりぎりと歯を噛み締めて怖い顔をしている。

 既に拳をにぎりしめ、実の娘を殴るつもりだ。


 コヌールさんは、そんなお父さんの胸にすがりつくと、懇願するようにして打ち明ける。


「ごめんなさいお父さん! 全部私が悪いんです! だから後でいくらでもお叱りはうけます! オトハ様! どうかお父さんを連れて行かないで!」

「おまえ……いったい何を喋ったあああー! コヌール!」

「ああっ!」


 押し倒されるコヌールさん。

 さらにお父さんは、その胸ぐらを掴み上げ――。


「どうせ俺の悪口をばらまいたのだろおおお! もうおしまいだ! この、バカ娘がああああー!」


 ひと目もはばからず拳を振り下ろそうとした!


 なんでだよ!? なんでこうなるんだ!


 ここはなんて名前の地獄だー!


「うおおおお!」


――ブウン!


 俺は後先顧みず、コヌールさん押しのけて、お父さんの前へと躍り出る!


――ボコォ!


「あぶしっ!?」


【オルバから3のダメージを受けた】


 いったーい! でも!


「うぬっ!?」

「う、うおおお……! お、お……お父さん!」


 殴り倒された俺は、それでもお父さんの足にしがみつく。

 そしてこの事態をどうに打開しようと、必死になって叫んだ結果――。


「お父さんを、俺に下さい!」

「むほぉ!?」


 とんでもない誤射をしてしまった。


 後で聞いた話だが、この瞬間、その場にいた誰もが白目を剥いたという……。


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