第18話 反省と内政と


 デスペナルティにはもう一つ、1時間のログイン制限というのがあった――。


 目が覚めたら夜中の1時をまわっていたので、俺はトイレだけを済ませて、その日は寝てしまった。


 まあ……ゴブリンキングを倒したから大丈夫だろう。

 そして翌日俺は、学校で何度もうたた寝をすることになる……。



 * * *



「むにゃ……」


 いつもより少し遅い、夜の9時に俺はログインした。

 屋敷の玄関に転がっているのだろうかと思いきや、ちゃんと自室のベッドで寝ていた。


「はっ、お嬢様! 気が付かれましたか!」


 どうやらつきっきりで看病してくれていたらしいサーシャが、俺を見て驚きの声を上げる。

 さらに……。


「まあ! 目を覚まされたのですね! うおーん!」

「ああ、おいたわしやオトハ様! こんなにも痩せてしまわれて!」


 ベッドの両側でおいおい泣いているのは、侍女のペマとオルマだ。

 二人とも忠誠度が高いからな……きっと俺が重症を負ってショックだったに違いない。


「えと……サーシャ、あの後どうなった?」

「ゴブリンどもは全て退治いたしました。それで巣の奥に入ってみたら、お嬢様が倒れておられて……」


 そうか、使用人の誰かが運んできてくれたんだな。

 身分が冒険者とかだと、たまたま通りがかった旅人が助けてくれるらしい。


「他に被害は?」

「ございません」

「良かった、みんな無事で……」

「お嬢様……!」


 俺が呑気なことを言っていると、にわかにサーシャさんの語気が荒くなった。


「私達がどんなに心配したか! 少しはご自愛下さいませ!」

「さ、サーシャ?」

「お嬢様の身に何かあったら、私達はこの先……どう生きていけば良いのですか!」


 と言ってサーシャは、その瞳に涙を溜め、プルプルと肩を震わせるのだった。


「ご……ごめん」


 そんなに心配させていたなんて……。


「いえ……出過ぎた言葉、大変失礼いたしました」


 そしてペコリと頭を下げてくるサーシャ。

 俺もつられて、寝たまま頷いてしまった。


 考えてみれば確かに、公爵家の血を引く者は俺しかいないのだ。

 その俺が死んでしまったら、この領地は一体どうなってしまうのだろう。

 王家の直轄地にでもなるんだろうか?

 だとしたら、必死に俺を守ろうとしてくるのも、わからなくはない……。


「よっこいせ……」


 ひとまずベッドから身体を起こす。

 デスペナの影響なのか、全身倦怠感が凄いな……。

 デスったのが昨夜の1時頃だから、今日はもう、身体を動かすようなことは何もできないだろう。


 ならば。


「サーシャ、今日は内政をしようと思うのだけど、セバスさんを呼んできてもらえますか?」

「はい、かしこまりました」

「あ、あと出来たら、コックスさんに大量の肉料理を……」


 かなり痩せちゃったし。


「はい、もちろんでございます」 


 サーシャはどこか安心したように微笑むと、すぐに部屋から出ていった。


「ふう……」


 自分の腕を見ると、すごくほっそりしてしまっている。

 よくこの腕でゴブリンキング倒せたもんだ。


「お嬢様、よかったらこれを召し上がって!」


 と言って、お人好しのアルマおばさんがくれたのは、カ◯リーメイトのようなお菓子だった。


「よかったら、これも飲んでくださいませ!」


 と、泣き上戸のベマおばさんがくれたのは、透明なビンに入ったエナジー系な飲み物だった。


「あ、ありがとう……」


 世界観がなんかおかしいけど、ありがたく頂いておこう。

 味もまあ、そのような味がした。


 うーん、元気が湧いてくるぜ。

 ところで、どこに売っているんだろうな……これ?



 * * *



「モグモグムシャムシャ」


 ベッドの上で大量のクマステーキを食いながら、公爵家の財務状況を眺める。

 肉はもちろん、俺が大量トレインしてきたやつだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キミーノ公爵家 財務 (単位:アルス)


税率         30%

月間収入:   906万0000

月間支出:   968万5000

内訳

人件費 :   436万5000

王国税 :   500万0000

その他 :    32万0000

返済  :       0

収支  :  ▲62万5000

総資産 : 3億1428万7570

内訳

資金  :    2161万9570

家屋  : 1億5000万0000

土地  :   4000万0000

所持品 : 1億0266万8000

領内状況 (about)

月間生産:   3020万0000

一人平均:    4万8475

総資産 :14億5319万0000

一人平均:   233万2568


プレイヤー:  1

NPC  : 622

計    : 623


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ゴブリンの財宝とドロップ品で、所持品の額が1500万ほど増えている。

 そのうち1000万は俺が装備している金塊だ。


「モグモグ……どうすれば月間収入がアップするんだろう?」


 増税以外でな。

 セバスさんが答える。


「狩猟用の武具を村人たちに配ってはいかがでしょう。ゴブリンを退治したことで大量に手に入りましたので」


 なるほど! それは良いアイデアだ。

 領地の防衛力もあがる!


「さすがセバスさん! 採用!」

「ありがたきお言葉。では早速、配らせましょう」 


 兵舎につっこんであったゴブリン武器は、アルサーディアの不思議な物流網によって、あっという間に配布された。


 そして――。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


月間収入     +18万6000

総資産     ー450万0000 


月間生産        3082万

            (↑62万)


平均忠誠度:       84.3

            (↑1.2)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 すばらしい! 月間収入が増えたぞ!

 元が取れるのはかなり先だけど!


 あと、忠誠度も上がった!


「というか、領民にも忠誠度があるんですね」

「はい、必要であれば常に表示されるよう設定をおこなってください」


 なるほど、表示項目のカスタマイズも出来るということだな。

 設定しておこう。


「総資産が減ったということは、武器は領民たちのものになったのですよね?」

「そうです」

「貰えた人と貰えなかった人で、不公平感とか出てません?」

「そこは上手くやっていますので、ご安心を」


 ふむふむ、流石はセバスさんだ。


「あと、あげた武器を売って酒に変えちゃったりとか……?」

「今の領内状況ですと、考えられませんな」

「武器は不足しているんです……?」

「はい、それに現在のところ村人たちの忠誠度は高く、みな合理的に行動しております。配布した武器を下取りに出して、より強い武器を購入する……ということなら、あるかもしれませんが、生産性を上げるための道具をわざわざ手放すようなことは、しないでしょう」


 なるほど。

 我が領民達の胸には、米百俵の精神が宿っているというわけか。

 どこぞの贅沢王子に爪の垢を飲ませてやりたいぜ……。


「しかしながら、忠誠度が下がるとその刃がお嬢様に向く可能性もあります。お気をつけ下さいませ」

「は、はい、肝に銘じます……」


 妙に忠誠度の低い使用人達への対応もしないとな……。

 あとで個人面談だ。


「ところで、河原で宝石を探したら、結構たくさん見つかるんだけど、宝石加工で儲けたりとか出来ない?」

「お嬢様、それはご慧眼にございます」

「流石はお嬢様です」


 すごい褒められちゃった。

 実はこれ、初期の領地開発の定番なんだけど。


「ではまずは、使用人の中で手の空いている者達にやらせてみましょう。収益の状況を見て、随時、人を雇い入れていけば良いでしょう」

「うん、ベルベンナさんに指揮をとってもらうことにしよう」


 あの人、なんか退屈そうにしていたからな。


「きっと喜ぶと思います。このところ仕事が少ないと嘆いていましたので」

「そうなんだ……」


 職人気質だもんな。

 仕事をきちっとこなすことに、生きがいを感じる人なのだろう。


 素材採集を、何でも屋のポンタとヘンナ、侍女の2人、そしてベンジャミンとダルスさんに行ってもらう。

 ベンジャミンとダルスさんは、モンスターからの護衛も兼ねてだ。


 集めた素材の精製と加工はベルベンナさんだけでなく、必要に応じて裁縫師の2人にも手伝ってもらうことにする。

 それで時間を効率よく使えるし、技能の継承も期待できる。


「あの辺はシルバーウルフが出るみたいだから、時間を決めて必ずみんなで行ってくださいね。兵舎の武器は好きに使ってくれて良いですから」

「徹底いたしましょう。お心遣い、ありがとうございます」


 と言ってサーシャさんは、深く頭を下げてきた。


 これでみんな、暇な時間が減るだろう。

 あんまり忙しくなるのも困るけど、仕事はある程度あった方が良いはずだ。


 さて……次は。


「税率についてなんだけど」


 現実世界でよく言われていることが通用するのか、気になるところだ。


「よく、税率を下げると景気が良くなって税収が増えるっていう理論があるけど、そういった現象は期待できるのかな?」


 この質問には、二人とも少し考え込んだ。


「特に重税が課せられている場合には、そういったこともあると思われます」


 はじめに答えてきたのはセバスさんだ。


「ですがそれは、ある種のパラドックスでもあります。その説が正しいとすれば、税制を撤廃することが、もっとも理にかなった政策ということになりますから……」

「うん、まあ、確かに……」


 税率が0%なら、当然収入も0だわな。

 となると全ての収入を、領主様の戦闘力で賄わねばならない……。


「仮に今、税率を0にしたらどうなるのかな」

「近隣の領地から労働者が大量に押し寄せますな。我が領地で産出されたものには一切の税が発生しませんので、ひたすらに資源を奪取されます」


 ふむー、現実とは違って、思ったより良いことがなさそうだ。

 徴税の仕組みがどうなっているかというと、『ある生産物が発生した土地』の領主に、その売却代金の一部が支払われることになっている。


 例えば俺の領地で、村人がクマを狩ってその肉を得たとする。

 そのまま自分たちで消費すれば税は発生しないが、それを売却する際には税が発生するのだ。

 クマ肉の相場は大体3000アルスだから、その内の30%、900アルスが公爵家の収益になる。


 これはアルサーディアの謎の物流業者によって管理されていて、税逃れは絶対に出来ない。

 たとえ税金が0%の領地に持っていって売っても、生産された領地に対しての徴税が行われるのだ。


 税金は前日分が、日付変更と同時に振り込まれる。

 実は、毎月収入の数字は、今後1ヶ月の間に見込める収入の推計値であり、しょっちゅう変動する。


 使用人達についても同じで、例えばサーシャが河原で拾った宝石を売れば、その代金の30%は俺のものになり、残り70%がサーシャの収入になる。


 また、コックスさんが何か料理を作って1000アルスで売ったとすれば、そのうち300アルスは俺の収入になり、残りの700アルスがコックスさんの収入になる。


 出来るだけ税率の低い土地で生産をした方が、収入は大きくなるわけだな。

 よって村人NPCは、税金の低い土地へと流れる傾向がある。


「労働者の急激な流入は、往々にして領地を混乱させます。ですので、むやみに税率を下げるのはオススメできません」

「関所を作ったりとか出来ないの?」


 関所を通るたびにお金をふんだくるという、中世ではよくあった税制だが。


「それは国王陛下の権限となります。公爵家が独自に通行税を取ることはできません」


 怒られちゃうんだな。

 ちぇー。


「結局、今の税率でちょうど良いのかな?」

「むしろ、民の忠誠度や近隣領地の税率を考えますと、もっと取っても良いくらいです」


 うーん、昔は6割とか7割とか平気で取ってたっていうしな……。

 3割っていうのはむしろ、ぬるいを通り越して、やる気あるのかって数字なのかもしれない。


「王国領では、70%も取っております……」

「げっ!? じゃあみんなうちに来ちゃうんじゃ?」

「そこは、王家は関をつくれますので……」

「あ、そうか」


 関所みたいな建物が実際にあるわけではないので知らんかった。

 高い通行税でむりやり領民を自国に閉じ込めているのだ。


 ちなみに通行税も、謎の徴税組織によって完全徴収されるようだ。

 俺は、領主としての税を納めているからノーカンだけど。


「税率を今より下げると、関を超えてでもオトハ様の領地で働くメリットが出てきます。そうなると、王家との軋轢も強まるかと……」

「それは厄介ですね。税率はひとまず、現状維持か……」


 俺はごく当然のことだと思ってそう言ったのだが、何故かセバスとサーシャは表情を曇らせた。


「いいえお嬢様ここは是非とも」

「増税されることをおすすめします」


 むお、やけにこだわるな。

 そんなに俺を悪役令嬢にしたいのか!


「……説明しても宜しかったですか?」


 そう言うセバスさんは、いつになく厳しい表情だった。



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