第15話 突撃!


――グゲゲゲゲ……

――ギャギャギャー……


「あっ! 来た!」


 その場の全員が身構える。

 洞窟の奥からガシャガシャと装備品をならしてやって来るのは、ゴブリン族の大群だ。

 横三列くらいにならんで、ワラワラと湧き出てくる。


「なんとしてでも食い止めねば……!」


 サーシャが弓を取り出して構えるが、武力で押し返せるような行軍密度じゃない。何か手はないか……!


「そうだ!」


 俺はとっさに閃いたアイデアを実行した。


「システムコール・バイ! 食料! 価格降順!」


【胡椒       5万8000アルス】

【ローストビーフ  2万4500アルス】

【七面鳥の丸焼き  2万2500アルス】

【干し肉        8290アルス】

【クマ肉の煮込み    6400アルス】

【パルミジャーノ    2499アルス】

  ・

  ・

  ・


 どっかの宴会の余り物かな?

 物流がどうなってるのかはわからんが、とにかく御馳走をポンポン取り出して、洞窟にぶん投げる!


「そらそらそらー!」

「お嬢様! 何を!?」


 ありきたりだが、エサで足止め作戦だ!


――キャー!

――ワアアアー!


 おお! 喜んでる!

 そして行軍が止まった……。

 ゴブリン達は、狭い洞窟の中で我先にと肉やらチーズやらを取り合っている。


「なんて贅沢な!」

「……いいなー」


 サーシャさんは驚いているが、食いしん坊のゴッズさんは羨ましがっている。


「命には変えられませんからね! システムコール・バイ! 酒! 価格降順!」


【ジョーン2世VSOP   25万2930アルス】

【ブルゴンヌ上級ワイン   17万3400アルス】

【グレンジャスコール20年 13万1000アルス】

  ・

  ・

  ・


 うわ! お酒は降順ソートするとひどい価格だ!

 ゴブリンには勿体無い!

 というか、王室の浪費が目に見えるな……。


 うーんと……これでいいかな。


【ペールエール(大樽)  10万4000アルス】


 ビールみたいなもんだよな?

 とりあえず3樽くらい出して転がす!


――ウギョギョー!

――ウッヒョー!


 うわー! 飛び上がって喜んでるー!

 流石は酒! 俺はまだ飲めないけど。


 ゴブリン達は横倒しになっている樽をよっこいしょと縦にして、蓋を叩き割る。

 そしてどこからともなく兜をもってきて、それを杯代わりにして回し飲みを始めた。


――ヒャッハー!


 酒だー!?


「お嬢様……こんなにまでして」


 気づけばサーシャは涙目になっていた。

 いえいえ何度も言うけど、命には変えられませんから!


「ねえサーシャ、ゴブリンって仲間にすることは出来ないんですかね?」


 ネットで読んだ小説に、そういうのもあるんですが……。


「それは流石に……お嬢様のカリスマをもってしても無理です」

「そ、そうですか……」

「すぐに、おわかりになると思いますわ」


 ゴブリン達は、しばらく下っ端だけで楽しくやっていたが、やがて後ろの方からズンズンと、倍は大きいのがやってきた。


――グオオオオ!

――キャーン!?


 いかにもジェネラルって感じの重装備ゴブリンは、下っ端共を蹴散らすと、俺が放ったローストビーフを独り占めした。

 そして付着した土をはらうこともなくムシャムシャと食う。

 さらには、樽に顔を突っ込むようにして酒をがぶ飲みした。


――グハハハハー!


 まさに蛮族だな。

 でかい顔をビールの泡でベトベトにして、意気揚々。

 一方、御馳走を奪われた下っ端は口惜しそうに表情を歪めている。


――グヘヘヘ

――クキューン


 だが中には、媚を売って分前をねだる者もいた。

 ああいうのがたぶん、ゴブリンリーダーなどの上位種になるのだろう。

 何だか、人の汚い部分を見せられているみたいで、胃がムカついてきた。

 あえが猿山のお猿さんなら可愛く感じられるのだろうけど、ゴブリンがやると嫌悪感しかないのはなぜだろう……。


「まったく仲間になれる気がしない……」

「ゴブリンの社会性などしょせんあのようなもの、まさに野蛮の権化ですわ」


 ゴブリンの戦力化は儚き夢であったか……むむ?


「ギュフフフ……」


 ゴブリンの一体が、俺の近くまできてゴマすりを始めた。

 ボスにねだるより、俺にねだったほうが期待できると考えたのだろう。

 ちゃっかりしてるな!


「ふむむ……」

「お気をつけくださいませ、お嬢様!」


 当然、仲間にしようなどとは思っていない。

 俺はちらっとゴッズさんに目配せする。

 それからお気に入りのリコッタを取り出して、そいつの鼻先に近づけた。


「クケー!」


 すると、喜び勇んで手を伸ばしてくるゴブリン。

 だがその手が届く前に、ゴッズさんの槍が背中からそいつを貫いた。


「グゲェー!?」


 南無三……!

 次はもう少し可愛いモンスターに生まれてくるんだな。


「ありがとう、ゴッズさん」

「いえいえ、素晴らしいお手並みでございました」

「ははは、ところでこれ食べます?」

「えっ、いいんですかい? ちょうど腹が減っていたんですわー」


 いかにもプロテイン大好きそうなゴッズさんは、俺が渡したリコッタをたった一口で平らげてしまった。


「ウマウマ……わたし、オトハ様に一生ついていきますぞ!」


 そうしていともあっさりと、彼の忠誠度はMAXになったのだった。

 どうやらこの世界、餌付けはかなり有効なようだ!


――オトハさまー!


 その時、マジュナス先生のしわがれた声が聞こえてきた。


「あ、きた!」


 マジュナス先生はセバスさんに背負われていた。

 人一人背負った状態で、馬並みの速度で走ってくるセバスさんは、やはり只者ではない。


「ぜえぜえ……」

「えらいことになりましたのー!」


 と言いながら、案外軽い身のこなしでセバスさんの背から飛び降りる賢者な爺さん。


「ワシも年貢の納め時ですわい、枯れ果てるまで撃ち尽くしまずぞー?」

「いえいえマジュナスさん! 絶対に死なせませんからね!」


 まだ教えてもらいたいことがいっぱいあるんですからね!?


「ふぉふぉふぉ、ひとまずは足止めですなー? アースウォール!」


――ズムムムム!


 洞窟の入口に、分厚い土の壁が築かれた。

 ゴブリン達は酒と御馳走に夢中で、それを気にもとめていない。


 うーん、あの知能の低さはやっぱり、仲間にするっていうレベルじゃないな。

 今のうちに、せいぜい楽しんでおくがいい……。


 そして俺は集まったみんなに、考えていた作戦の全容を伝えた。


 ゴニョゴニョ……ゴニョゴニョ……。


「というわけなんですが、お願いします」

「なんと!」

「大胆な手を思いついたものじゃ!」

「私は反対です……!」


 確かにサーシャならそう言うと思ったが……。


「と言っても、お嬢様はお聞きにならないのでしょうね……」

「うん、ごめんサーシャ」


 どうやら俺の決意の強さは伝わっているようだ。


「じゃあみんなは、出来るだけ被害をださないように持ちこたえていて下さい! そしてマジュナスさん!」

「ほいさぁー」


 俺は先生に、作戦の要を握る要求を出した。


「ヘイトを教えて下さい!」



 * * *



 それから30分後――。


「うおおおおー!」 


 俺はドロワ姿で暗い森の中を爆走していた。


『グオオオオオオオオオオオオオ!!』


 50頭ほどのブラウンベアーを引き連れて。


「うわあああー! 追いつかれたら死ぬうー!」


 もう一瞬でミンチにされちゃうぞ!


 経験値2000と引き換えに教えてもらった魔法『ヘイト』は、モンスターの敵意を引き付けるための魔法だ。

 普通は、重武装したいわゆる『盾役』の人が、敵の攻撃によるダメージを引き受けるのに使う。

 だが今は、それとは別の手段のために使っていた。


「離れすぎてもいけないんだよな……ヘイト!」

『グマ゛アアアアアアアアアアア!!』


 付かず離れず、定期的にヘイトをかけて敵意を剥がさないようにする。

 これはモンスタートレインと呼ばれている技法で、どちらかと言えば悪名高いものであるらしい。

 辺り一帯のブラウンベアーをかき集めてきてゴブリンの巣にぶつけるという、まさに悪役令嬢の面目躍如な作戦だ。


 しかし。


「こえええええええー!」


――ドドドドドドドド!!


 俺の後方10メートルで、眼を赤く光らせたクマの大群が地響きをたてているというのは、想像していた以上に恐ろしい光景だった。


 まもなく屋敷が見えてきた。

 その前を過ぎれば、まもなくゴブリンの巣だ。


「うおおおおい! みんなー!」


 サーシャ達が、小穴から出てきた何匹かを撃退しているのが見えた。

 よし! まだ全然持ちこたえている!


「マジュナスさーん! いまでーす!」


――ほいきたー! エクスプロー……


 遠くでマジュナスさんが、何かの呪文をもにょもにょと唱える。

 すると。


――ジョン!

――ドドドッカーン!!


 洞窟を塞いでいた土壁が、爆裂魔法によって爆破された!


「うおおおおおー! システムコール・バイ! フルプレート!」


【ヘビー・フルプレート  750万アルス】


 この辺で流通している中で、最強の防御力を誇るそれを表示させておき、そのままゴブリンの巣の間近まで肉迫する。


「ストロングネース!」

「ありがとーマジュナス先生!」


 ムクムクっと、全身に力が漲ってくる。

 今の魔法は、全身の筋力を増加させる魔法だ!



【腕力  30(↑25)】 

【体幹力 22(↑25)】

【脚力  25(↑25)】

 


 全ての筋力値が25ずつ上昇!

 そして洞窟突入寸前で、フルプレートを購入して装備!


「ふおおおお!?」


 虚空からポリゴンの粒子がよりあつまり、分厚い鋼の鎧となって俺を包み込んでいった。

 さらには鉄の盾をアイテムボックスから取り出して、二刀流ならぬニ盾流にする。


「ぐううううう!」


 確実に100kgは超えている! 流石に重い!

 一気に全身にのしかかる超重量。

 だが、歯を食いしばってそのまま巣に突っ込む!


「どりゃああー!」


――ガッキーン!

――グギャー!?


 邪魔なゴブリンを蹴散らして突入!

 続いて大量のブラウンベアーがなだれ込んでくる。

 その大質量に、ゴブリンの群れが揉みくちゃにされていく。


『グマ゛アアアアアアアアアア!!』


 さらには、すっかり酔いどれてイビキをかいているゴブリンジェネラルを踏みつけて超えていく。


「ギョ!?」


 だが、目覚めた瞬間にはもうおしまいだ!


「ギャアアアアア!?」

『グオオオオオオオオ!!』


 地べたに寝っ転がったままのゴブリンジェネラルは、夥しい数のクマの足に踏みつけられて、あっといまにポリゴンの欠片と化してしまった。

 油断大敵ってやつだな!


――ガチャンガチャンガチャンガチャン!!


 走ると全身からガン◯ムみたいな音が鳴るな!

 とにかくクマに追いつかれないよう、必死になって走る!


――ブッピガーン!


 時々、盾でゴブリンを跳ね散らかす!


 通路の中は、魔法石のような奇妙な照明で薄明るかった。

 途中で横穴を掘ろうとしている集団を発見!

 そこにブラウンベアーが殺到する!


――ゲゲー!?

――ギャー!?


『グオオオオオオオオオオ!!』

「ふおおおおおっ!?」


 後ろを振り向くと、ただでさえすし詰め状態な場所に、ブラウンベアーが積み重なるようにして殺到し、天井も見えない程になっていた。

 俺は通路に群がるゴブリン達を踏み台にし、その頭上を飛び越えるようにして進んでいく。


 やがてゴブリンとブラウンベアーがミチミチになって通路が詰まり、ブラウンベアーの突撃がそこで止まる。


――ギャーギャー!!

――フングオオオー!!

――ガンガン! バキバキ!

――グシャグシャ! ガブガブ!


 そして狙い通り!

 モンスター同士の共食いが始まった!

 やったぜ!


「ぜえぜえ、はあはあ……!」


 流石に息が切れるな……気分的に。

 ストロングネスがなかったらまともに動けなかっただろう。


 現実世界における俺の心臓の鼓動、そして脳負荷はかなりのものになっているはずだ。

 もう4時間以上連続ログインしているから、膀胱の具合も気になる。

 早いことゴブリンキングを倒してログアウトしなければ……。


――ファイヤーボオール!

――シュゴオオオオオオオオ!


 さらに、マジュナス先生の魔法攻撃が始まったらしく、後方の様子はさらに地獄感を増してきた。

 クマの乱入で大混乱に陥っているゴブリンの群れなど、先生達の敵ではない。


――エクスプロー……ジョーン!

――ドガガガガガガガ!!

――ゲーッ!?


 フルプレートを鳴らしながら走ること200メートル。

 悲鳴と爆裂音が遠のいて、代わりに大きく開けた空間が見えてくる。


「うほぁ!?」


 20メートル四方ほどの石造りの空間は、あちこちに掲げられた魔石の光で照らされている。

 そしてその奥に、ゴブリンキングと思しき個体が、巨大な玉座に腰掛けていたのだ。


「グルルウウウウウ……」

「こ、こんにちわ……」


 あまりの威圧感に、思わず挨拶してしまう。

 現実の俺がちびっていないか心配だ。

 両手に巨大な棍棒を持って佇んでいるゴブリンキングは、ブラウンベアーとそう変わらないくらいデカかったのだ。


「フオオオオ……!」


 攻略情報によれば、そのHPは700。


 やれるのか? 俺!



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名称 ゴブリン・キング


【HP 700】 【MP 0】


【腕力  100】 【魔力   1】 

【体幹力 100】 【精神力 25】

【脚力   80】


【身長 300】 【体重 300】


耐性   斬撃C 打撃C 刺突C

特殊能力 なし

スキル 強打


装備

 大棍棒×2

 ゴブリンプレート


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