*カンバンの惜別

 哀れ、あやかしよ。


 未来を見通すあやかしは、そう言って死んだ。

 雪の降る朝だった。あたりはしんと静まり返っていて、動物はおろか、何者かの影すらない。視界は真っ白で、ざくざくと自分の足音だけが辛うじて聞こえてくるような、そんな雪の朝だった。


 事切れた友のむくろを前に、ぼくは立っていた。ただ、立っていた。なにが起きたのかわからなかった。頭が追いつかなくて戸惑った。涙が流れることもなかった。

 ただ、いつかはこうなるだろうとわかっていた。


 真っ白な空間に、赤い花が咲き乱れる。木陰からそっと覗くように、咲いている。

 横たわった友の身体は汚れていなくて、いっそ赤に塗れていたらよかったのにと思わずにはいられなかった。

 赤い花が美しいと言った友は、その美の目前で死んだ。

 

 彼は、未来を知る代わりに命を落とすあやかしだった。

 それが運命なのだと語った。

 逃れられないならせめて、死ぬ場所くらい選びたい、と。


 ぼくは唯一の一本足で友を見つめた。

 降りしきる雪に埋もれていく体躯。ぼくは人間みたいに器用な指をしていない。言葉も話せない。この場から動くこともできない。こんな雪の日に足繁く通ってくれたのは、彼だけだ。だのに、ぼくは大切な友になにもできない。


 雪が募る。彼を、白が覆う。その白を払いのけることもできず、ぼくはただ、見ていた。声が出せない、ぼくは口をもっていないから。だけど、なぜだか考えることはできるんだ。


 友よ、どうして未来を知ろうとしたんだい。

 そんなことをしなければ、君は死ぬこともなかっただろう。

 何度もここへ訪れてぼくに寄りかかっていたじゃないか。

 あの時間は、あの瞬間は、君にとって簡単に、未来を知るために切り捨てられるものだったのか?


 雪が降る。

 白の景色に埋もれていく。


 忘れ去られた雪山の果て。

 もうじき、ぼくも雪に埋もれて朽ち果てる。


 未来を憂いた友よ、その目には、きっと数多くのあやかしたちに起こる波乱の時代を映したことだろう。

 人間に住む場所を奪われでもするか? あやかし同士で争うか? 絶滅するのか?

 ぼくにはわからないけれど、ぼくがその未来を知ることも、もうない。


 雪がやんだ。真っ白な空間に、木漏れ日のような、柔らかい光がさす。

 ぼくは見えなくなった友を見つめながら、微睡まどろみに意識を投げ出した。











 ある雪山の果て。

 『人里はこっち』と書かれた看板が、雪に埋もれた。











 一本足でずっと立ち続けていた看板のそばには、百年経ったた今でも、未来を知ると死ぬあやかしが眠っているという。

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