第10話 勝手なことをするな!

 LC1426年3月9日――


 天気は快晴。日が高く登るころ、目を覚ましたエロインとともに、真黒は行動を開始した。

「ここからは別行動だ」

「はい。マクロさんは資金調達、私は隊員の募集ですね」

「あぁ。頼んだぞ」

「はい!」


 2人だけで話しているとつい忘れそうになるが、エロインは勇者――すなわち、女神ルーシェの加護を得た、神の代理人という神聖な存在だ。金を集めるという俗世っぽい行いはやりすぎるとその神性に瑕がつきかねない。どうせ人手は足りないのだし、それならその求心力を存分に使って、人を集めてもらったほうがよほど適材適所というものだ。


「ところで俺の上着はどうした? 少し肌寒い。返してくれないか」

 思い出したように真黒が言うと、エロインは少し目を泳がせ、恥ずかしそうに白状した。

「す……すみません。上着をかけていただいていたとは露知らず……盛大によだれをひっかけてしまいました。今、お洗濯していますので……」

「マジかよ……」

 まぁ、服に特段のこだわりはない。このスーツも紳士服店で買った二着目半額で5万くらいの品だ。着込んでヨレヨレだし、どうでもいい。


 *


 別行動を開始したのちの真黒。


 先日倒したゴブリンの死体の残骸を肉屋に持ち込んでみる。


 死体を回収しようとしたところ、すでに野生動物に食い荒らされた後だったのだが、野生動物が食うということは食えなかないということだろう。


 食用に適さないだろうか、売れないだろうか、と、店主にかけあってみる。が、店主はにべもなく首を横に振った。曰く、二足歩行の生物という時点で忌諱されるので味の如何にかかわらず食用には適さない、とのことだ。


 続いて素材屋にも持ち込み、皮や牙、爪なんかが売り物にならないか確認を依頼するが、こちらも店主の反応は同様だった。


「うーむ……倒したゴブリンの肉や素材を売って金に換える計画は成り立たなさそうだな……」


 気を取り直し、行商人へ聞き込みも行ってみる。


 広場で一服している者、商店街を歩いている者、アイーダの店で食事をとっている者などに他の町との行き来で何か困っていることはないかと聞いて回るが、こちらも返事は芳しくなかった。


 曰く、行商に護衛が必要な程度には外は危険とのことだが、ゴブリンは他の魔物と比べて特段危険度が高いということはなく、ゴブリンの拠点を潰したからといって護衛が不要になるということも、護衛の質を落としてよいということにもならない。


「商人から謝礼金をいただくというわけにもいかないか……」


 収益化のめどがつかない。


「一度、エロインの様子を見に行くか……」


 *


 一方エロインは、真黒の指示通り、各所の掲示板に『近く勇者が魔将討伐に乗り出す。我こそはという猛者は教会まで』という募集の張り紙を張って回ったのち、教会の奥の部屋で待機していた。


 そこへ真黒が景気の悪い顔で現れる。ガチャリと扉が開いたとたん、エロインは尻尾を振る勢いで入り口に駆け寄った。


「お疲れさまです、マクロさん!」

「あぁ。そっちはどうだ?」

「町中の掲示板に募集の紙を貼り終わって、待機し始めたばかりなのでまだ誰も……」

「そうか。まぁ気長に待ってくれ」

「マクロさんは?」

「金のメドが全然つかなくてな。もうひと粘りしてみる」


 そう言うと、真黒はのっそりと部屋を出ていく。部屋に一人取り残されたエロインは、しゅん、と尻尾が垂れ下がった。


 ――マクロさん、大変そうだな。それなのに、私はただ椅子に座ってるだけ……


 何か自分にもできることはないだろうか? うんうんと頭をひねり……やがて、少女の頭にピコンと電灯が灯った。


 ――そうだ! ああしよう。


 *


 やがて、募集の張り紙を見た最初の有志が現れた。


 コンコンとドアがノックされ、はい、と応じると、部屋の外の神父が言う。

「勇者様、ともに戦いたいという戦士殿が現れました。お通ししてよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 ガチャ、とドアが開き、やや緊張した面持ちの戦士が姿を現した。


 戦士は室内に入るとおもむろに跪いて言う。

「は……はじめまして、勇者様。お目にかかれて光栄です。自分はなにぶん無知無学なもので、失礼があるかもしれませんがどうかご容赦ください」

「あっ……えーと……お気になさらず。どうぞ、そちらの椅子にお掛け下さい」

「いえ! 勇者様と同じ高さに座るなど恐れ多くとてもとても。自分はここで結構です!」


 王様のように怖いのも苦手だが、こうも距離を取られるのも苦手なものだ。なにぶんエロインの周りには、家族と真黒を除けば王様のように上から来るものか、その他大勢のように下から見上げるもののどちらかしかいない。どう接すればいいかわからず、とりあえず『はぁ……』と返す。


「では改めまして、お名前をお伺いしてよいですか。戦士殿」

「あっ……大変失礼しました! 自分はルドルフと申します。齢36となります」


 36。父よりも年上だ。そんな人間が自分にヘコヘコしている。なんとも居心地が悪いことだ。


「今回はどうして募集に応じていただいたのでしょうか?」

「はい! 自分はかれこれ20年近くも冒険者として各地を彷徨ってきました。行く先々で感じたのはやはり世界は確実に荒廃の一途をたどっているという点。魔物によって滅ぼされた町。魔将がやりたい放題、人を奴隷のように扱っている町。いろんなものを見て来ました」


 勇者と魔王の長きにわたる戦いについては、なかばおとぎ話のように言い聞かせられてはきたが、このようなベテランの冒険者から長年にわたるリアルな経験を聞いたのは初めてである。


 そんな状況だったのか――


 プリマレーノのどこかのんびりした雰囲気とはあまりに違う世界情勢にエロインは内心ショックを受けた。この町が敵の猛烈な襲撃を受けていないことには理由があるのだが、このときの彼女には知る由もないことである。


 ルドルフは続ける。

「だからこの度、勇者様が立ち上がられたということで掲示板を見た時、正直震えました。自分の命はここに使うしかない! と、そう考えた次第でございます」


 男の目は本気だ。穢れのない、純粋に人の世を憂う正義の志士。これは最初から、精神的には大当たりを引いたといっていいだろう。


 本当は能力選考や報酬の話は真黒からすることになっていたのだが、少女の脳裏に真黒の苦心する姿が浮かび上がる。


「あの、ルドルフさん――」

 エロインは、"ある話"を切り出した。


 *


 その夜。レジェンダ邸にて合流した二人は、さっそく本日の成果を報告しあった。


 まずは真黒。

「すまん、結局資金調達の目途は立たなかった。明日は教会にかけあってみようと思う」

 事業として今後も魔将討伐活動を続けたいのであれば、収益構造のスキーム化が必要だ。教会に金を出させるプランは、厳しいかもしれないが、あるといえばある。が、本当は国や宗教団体から徴収するような形は望ましくない。


 が、今回に限ってはゴブリンが金になりそうにないので、そこに頼るしかなさそうだ、というのが結論になりつつあった。


 次に、エロイン。渋い顔の真黒と違い、こちらは太陽のようにツヤツヤと明るい顔をしている。

「ハイ! では次に、隊員募集のほうのご報告です!」


 やけにハイテンションだな? と、不思議な顔をする真黒をよそに、少女は続ける。

「なんと今日1日で、実行部隊に戦士さん2名、魔術師さん1名、それと監視部隊に2名の合計5名が応募してくださいました!」

「ほう……さすが、勇者の名は伊達ではないな」

「ふふふ!」


 なるほど、上機嫌の理由はこれか、と、納得した。確かに、自分は少々勇者の名を見くびっていたようだ。まさか初日から5人も集まるとは、計画は大幅に前倒しできそうだ。早く集まれば集まるほど、多くの日当が必要になるのだがそんなことは問題ではない。洞窟攻略の訓練に費やせる時間が多くなるので、プロジェクトの成功率は上がる。


 ――が。話には続きがあった。


「聞いてください、マクロさん! なんとこの人たちが、タダ! タダなんです!」

「…………は?」


 にわかに真黒の顔色が変わる。が、上機嫌の少女はそれに気づかない。


「マクロさん、お金集めに苦労なさってたじゃないですか。だからなんとかできないかなと思いまして。それで、世界を憂う同志、という形でご協力をお願いしたんです! もちろん私もお金なんて要りません!」


 少女は褒めて褒めて、ナデナデして、といわんばかりにほんの少し前屈みになって頭を差し出す。


 ――が。


「馬鹿野郎ッ!!」


 冷静で物静かな真黒から初めて聞く怒声。


 ビクッ、と、固まる少女。時が止まったように室内が静寂に包まれた。


 間を置いて、真黒がさらに問いただす。


「どうして……どうしてそんな勝手なことをした!」

「えっ……えっ……だ、だって……お金に困ってると思って……」

 しどろもどろになるエロイン。


「お前は何もわかっていない」

 そう。これはその場限りのボランティアなどではない。事業化し、収益化し、継続的に、安定的に、今後も続けなければならない活動だ。勇者の活動とは、ここでゴブリンを倒して終わりではないはずだ。


「自分はこの家でご両親の世話になってればいい。お前は金がなくてもいいかもしれん。だが、お前のもとに集ってくれた仲間たちはどうするつもりだ。野宿しろというのか。野草でも食めというのか。それとも全部まとめてご両親に面倒を見させるつもりだったか?」

「あ……う……っ」

「仕事とはWin-Winの関係でなくてはならない。顧客も、株主も、従業員も、世の中も、皆が幸せにならなければ価値がない。それを忘れるな」


「う……ぐ…………」


「ふぐぅ…………」


 ハッ、と、気づいたときにはもう遅かった。


「ごべん゛な゛ざい゛マグロざん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!」

 少女の涙腺が決壊し、かつてない勢いで大泣きしてしまう。


 そのまま少女は室内を飛び出し、自室にこもってしまった。


 ――やっちまった……最悪だ。


 *


 エロインの部屋の前に立ち尽くす真黒。コンコンとノックをしてみるが、返事はない。そこへ、今しがた帰宅したらしきペールがのっしのっしとやってきた。母君にはすでに陳謝しておいたが、事情は既に母君から聞いているのだろう。


 ――こりゃ、ブン殴られるな。


 と、覚悟を決めるが、意外なほど父は冷静である。


「何をしてる」

「はっ……えー……謝ろうかと……」

「入らんのか?」

「ノックはしてるのですが、返事がないもので」

「謝る気があるなら入れ。そうでないならそんなところに突っ立っていられると邪魔だ。さっさと客間へ戻れ」


 ペールは、それだけ言うと、のっしのっしと不機嫌そうに歩いて行った。


 ――これは……後押しをしてくださったのか。


 真黒はそう理解した。決心して、扉を開ける。


 室内は真っ暗だった。


「エロイン……いるのか?」


 歩みを進めると、しだいに少女のむせび泣く声が聞こえてくる。


 ――少女は、枕を噛みながら声を押し殺して泣き続けていた。


 ズキンと胸が痛む。


「……エロイン……その……言い過ぎた。本当にすまなかった。俺は、あんなにムカついた王と同じことをお前にしてしまった。最悪だ。本当に、最悪の最悪だ。お前は悪くない。良かれと思ってやってくれたことだ。俺が事前に考え方を伝えておかなかったのが悪かった」


 が、少女は泣き止むどころか、押し殺せなくなり声をあげて泣き始めてしまう。


 ――弱った。いったいどうすればいいんだ?


「その……どうすれば許してもらえるだろうか」


 しばらくその場に正座し、反応を待つ。やがて、ようやく言葉を発せられるようになったエロインが言った。

「ち……違うんです。私……恥ずかしくて……」

「恥ずかしい?」

「私、自分のことしか考えてなくて……力を貸してくれるみなさんのことを全く考えず、ただこうしたらマクロさんが喜んでくれる、褒めてもらえるって……私、勇者失格です……皆さんにも、マクロさんにも合わせる顔がありません……」


 ――あぁ……そういうことか。


「プッ……ハハハハハ!」

 真黒は笑い出した。


「う゛う゛う゛う゛う゛っ! ひどいですぅぅぅぅっ……」

「いやすまない。でもな、失敗なんて誰でもすることだ。お前、俺が何回大失敗して何回大恥かいてきたか知ってるか?」

「マクロさんでも……?」

「当たり前だ。失敗しない人間なんていない。むしろ、失敗しない人間なんぞ、いつか失敗したときに立ち直れなくなって潰れて終わりだ。人間、失敗してナンボだぞ」

「そうなんですか……?」

「そういうもんだ。というか、俺だって今まさに失敗したばっかりだろう。自分が悪いのに、こうやってお前を泣かせてしまった。本当に悪かったと思ってる。何か詫びをさせてくれ」

「……じゃあ……」


 ――


「だ……抱っこぉ!?」

「マクロさん……詫びをするって言いました」


 起き上がり、ベッドの上にちょこんと座ったエロインは、両腕を広げて言う。

「王様は怖い人です。怖い人は抱っこしてくれません。マクロさんが怖い人でないなら抱っこしてください」


 ――なんて無茶苦茶な理屈だ。


 釈然としないが、こうなってはしなければ収まりがつかないだろう。


 ――するしかない、か。全く、本当にお子様だ。


 真黒はしぶしぶ、ベッドに座ったままこちらに手を広げる少女を正面から抱き上げた。少女はカニばさみのような恰好で足を交差してしがみついてくる。


「お、おい……」

 一瞬戸惑った真黒だったが、胸に顔を埋め、少女が肩を震わせると、あきらめたように背中を優しくさすった。

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