第30話 山口大尉
半次が生真面目に修行を続けて、更に1カ月が過ぎた。この頃になると修行場の中にも、顔見知りが増える。痩せて背の低い、丸眼鏡の青年と話すようになった。青年の名は
この体格で良く兵役検査に合格したものだ、と思うほど貴史は華奢な青年だった。無口で聞き上手であるが、まるで話さない訳でもない。修行場では海軍の同僚に、一目置かれている存在のようである。
「貴史さんは卑弥呼の宿に、入会されて長いのですか?」
「いやいや、私などまだ駆け出しです。早く卑弥呼様達の、お役に立てるようになりたいと考えています」
生真面目に答える彼を見つめる、半次の目が細くなった。どうやら彼の何かが、半次の琴線に触れたらしい。
「山口 貴史。年齢は20代前半だな。華奢で丸眼鏡をかけていると。10分待ってくれ」
半次は代議士に電話をかけ、貴史の身元を照会した。結果は……
山口 貴史大尉28歳 独身 海軍兵学校を首席で卒業。観戦武官として、清国大使館に勤務。帰国後、軍令部戦史編纂室に勤務。
華奢で小ぶりな体型が、彼を若く見せていたらしい。半次にしては珍しく、対象者の当たりを見誤る。彼は肩を竦めて、会話を続けた。
「兵学校を首席で卒業とは、大変なエリートですねぇ。何で閑職である戦史編纂室なんかに居るんですかぁ?」
「清国観戦武官時に余りの人死を見過ぎて、精神的に不安定になったらしい。 ……何度か自死しかけているようだ」
「……あちらの国情は大変らしいですねぇ」
「親が子を殺し、子が親を殺す。この世の地獄のような有様らしい。帰国後、退官願いも出されたが、同期生に庇われて今の職場に要る様だ」
清国の現状に部外者では無い代議士は、深いため息をついた。その深刻さに驚いた半次は受話器を見直す。
「江田島(兵学校の所在地)の絆ですか。アタシには分かりませんが、強い絆があるんでしょうねぇ」
「彼らの仲間意識は筋金入りだ。山口大尉に何かあるのかね」
「一寸、気になることがありましてねぇ。ありがとうございました」
何か言いたそうな代議士からの電話を、半次は半ば強引に切り上げた。
「半次さんは入会して間もないのに、もう本部でお仕事をされているのですね」
道場で修行中、貴史にそう声を掛けられる。嫌味ではなく本当に敬服しているような話し方だった。
「いや、私の場合は信仰とは関係のない所で、目を掛けて頂いただけでして。そう言う貴史さんは、何度もお告げの席に就かれているのでしょう?」
「そうですね。卑弥呼の宿の海軍窓口のような事をさせていただいていますから、立ち会う機会は多いですね」
「卑弥呼様のお告げは大評判ですね。一体どのようなお力なのでしょうか」
興味本位と思われないよう、抑揚を抑えた声で半次は質問を続ける。暫く考えるような仕草をした貴史は、慎重に口を開く。
「卑弥呼様は、対象者の近い未来や過去等を視る事が出来るそうです。対象者の悩み・苦しみや、卑弥呼の宿に対して敵か味方か等が分かるとの事でした」
代議士の情報と、ほとんど同じことを話す。ひょっとしたら卑弥呼の宿の内情を話した士官とは、貴史なのかもしれない。
「そんな力があれば、戦争だって負けなしじゃないですか」
「……海軍で働く者としては失格ですが卑弥呼様のお力が、そのような事に利用されないよう願っています。」
いきなり国家機密的な話になった。まぁ、それが本当の事であればだが。
「卑弥呼様はどうやって、対象者を理解されるのですか?」
「ただ視られるだけです。ただし、視られた方は、心臓を撫で回されたような感覚を覚えるようです」
お告げの儀式の時の舞や立ち振る舞いは、勿体を付けるための見せかけなのだろう。確かに謁見の間で卑弥呼に視られる直前に、そんな感覚を覚えた。もしかしたら、自分が詐欺師であるとバレているかもしれない。
「なるほど。そういえば卑弥呼様は東京の出身なのですかね?」
「綺麗な標準語を話されますが、稀に訛りが出ますね。恐らく美濃や岐阜の出身ではないでしょうか」
「良くお分かりになりますね」
半次の驚いた表情に、貴史は照れたような笑いを浮かべた。
「ワッチも美濃の出身なんです」
綺麗な標準語を話す貴史の口から、優しい美濃のお国訛りが飛び出した。
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